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元・傲慢令嬢は二度目の人生で平穏に暮らしたい! 〜地味な加護だと思っていたら、神の権限を解読できる力でした〜  作者: 星きあさ
第2章 魔法学園編

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第56話 後悔をしないために


 トビアスに前の人生のことを話してから、リディアは不思議な気持ちでいた。


 これまでリディアは、前世の愚かな自分を、今の家族や友人に知られることを何より恐れていた。


 前世を知る者は、自分しかいない。


 だから、他の誰かに知られるはずもないし、知られる必要もない。


 ずっと、そう思っていた。


 けれど、フィオナが何者かに狙われている可能性に気づいてしまった。


 そして、その危険を知っているのは、今のところ自分しかいない。


 もし、またフィオナが狙われたら。


 自分一人の力だけで、それを阻止できるとは到底思えなかった。


 フィオナを守らなければならない。


 けれど、正体すら分からない相手から、たった一人でどうやって守ればいいのか見当もつかない。


 その重圧が、知らず知らずのうちにリディアへ重くのしかかっていた。


 けれど、トビアスにすべてを話したことで、その重荷がほんの少しだけ軽くなったような気がした。


 知られたくなかった、前の人生の自分。


 傲慢で、愚かで、フィオナを傷つけた自分。


 それを知られてしまったことなど、今はもうどうでもよかった。


 人生をやり直しているなどという、到底信じてもらえそうにない話を、トビアスは受け止めてくれた。


 そして、フィオナを守るために協力すると言ってくれた。


 一人ではない。


 そう思えるだけで、これほど心が軽くなるとは思わなかった。


 安堵と喜び、そして感謝。


 さまざまな感情が入り混じり、リディアはどこか救われたような心地だった。

 

そんなことを自室で考えていると、エマが一通の手紙を持って入ってきた。


「失礼いたします。トビアス様からお手紙が届いております」


「トビアス様から?」


 リディアは礼を言って手紙を受け取ると、すぐに封を開いた。


『ベアトリクス嬢の件について、父上に相談した。王国裁定院からも許可を得られたよ。明日の午後、ベアトリクス嬢のもとへ行こう』


(トビアス様……!)


 こんなにも早く動いてくれたことが嬉しかった。


(ありがとうございます)


 心の中で礼を言いながら、リディアは手紙を大切に折り畳んだ。


 そして、そのままアルヴィスのもとへ向かった。


 部屋の前に立つと、少し緊張しながら扉を叩く。


「お父様、リディアです。入ってもよろしいでしょうか?」


「ああ、リディアか。入りなさい」


「失礼いたします」


 部屋へ入ると、アルヴィスは机に向かい、何かの書類に目を通しているところだった。


 書類を机へ置き、リディアへ視線を向ける。


「それで、どうしたんだ?」


「先日、魔法学園で起こった事件について、お話があります」


「ああ、あの件だね。確か、ベアトリクス嬢が拘束されていると聞いているが」


「ええ。ベアトリクス様が拘束される前に、少し気になることがあって、彼女とお話ししたのです」


 リディアは右手の中指にはめた指輪へ視線を落とした。


「その時、マグダレーナ先生からいただいたこの指輪が反応しました。ベアトリクス様には、精神干渉魔法を受けた痕跡が残っている可能性があります」


 アルヴィスの表情がわずかに変わった。


「精神干渉魔法……?」


「はい。それで、私が今調べている解除魔法を使えば、何か分かるのではないかと考えています」


 アルヴィスはすぐには答えなかった。


 しばらく考えるようにリディアを見つめてから、静かに口を開く。


「……私は、あの事件についてはすでに全容が明らかになったと聞いている」


「はい」


「だが、リディアはまだ解決していないことがあると考えている。そういうことかな?」


「そうです」


 リディアはしっかりと頷いた。


「昨日、トビアス様にも相談しました。トビアス様からアイゼン公爵様へ話を通してくださり、王国裁定院から面会の許可もいただけたそうです。明日の午後、ベアトリクス様のもとへ伺うことになりました」


「なるほどな……」


 アルヴィスは腕を組み、しばらく黙り込んだ。


 やがて、小さく息を吐く。


「私の本音を言わせてもらえば、正直、この件にはこれ以上お前を関わらせたくない」


「……お父様」


 予想していなかった言葉に、リディアは戸惑った。


「精神干渉魔法が関わっている可能性があるというのなら、何者かが裏で動いているということになる。どう考えても危険すぎる」


「それは……」


「父親として、危険だと分かっている場所へ娘を送り出したくはない」


 アルヴィスはまっすぐにリディアを見つめていた。


 リディアは自分の手を強く握った。


 ここで引き下がるわけにはいかなかった。


「……どうしても、駄目でしょうか」


 リディアは父の目をまっすぐ見返した。


 フィオナが再び狙われるかもしれない。


 それを知りながら、何もしないことなどできない。


「ここで何もせずにいたら……私は、ずっと後悔して生きることになってしまいます」


 アルヴィスは黙ったまま娘を見つめていた。


 やがて、静かに尋ねる。


「……どうして、そこまでしてベアトリクス嬢を調べたいんだ?」


「……」


 リディアは答えられなかった。


 アルヴィスにも、すべてを話すべきなのだろうか。


 前世のこと。


 そこで自分がベアトリクスと同じ事件を起こしたこと。


 そして、ローレンツへの疑念。


 前世で見た家族の失望した顔が頭をよぎる。


 口を開きかけては、言葉を飲み込む。


 そんな娘の様子をしばらく見つめていたアルヴィスは、諦めたように肩の力を抜いた。


「……分かった」


 リディアが顔を上げる。


「今は話せない事情があるんだな」


「……申し訳ありません」


「理由は、今すぐでなくてもいい。いつか話せるようになった時に聞かせてくれればいい」


「ありがとうございます」


 リディアは深く頭を下げた。


 アルヴィスはしばらく何かを考えていたが、やがて静かに頷いた。


「王国裁定院から正式に許可が出ていて、トビアス君も一緒なのだろう。それなら、今回の面会は構わない。ただし、決して無理はするな」


「はい。では、明日、トビアス様と共にベアトリクス様のもとへ行ってまいります」


「ああ。気をつけて行ってきなさい」


 もう一度礼をして、リディアは部屋を後にした。


 自室へ戻ると、すぐに机へ向かう。


 アルヴィスからも了承を得られたこと。


 明日は予定通り同行できること。


 それを短い手紙にしたためると、リディアはエマへ渡した。


「これをトビアス様へ届けてもらえる?」


「かしこまりました」


 エマが手紙を受け取り、部屋を出ていく。


 一人になったリディアは、右手の中指にはめた指輪を見つめた。


 明日、ベアトリクスにかけられた精神干渉を、本当に解くことができるのだろうか。


 解除魔法は何度も練習している。


 けれど、実際に精神干渉を受けた人へ使ったことは、一度もない。


(トビアス様がくださった機会を、絶対に無駄にはしない)


 不安がないわけではなかった。


 失敗するかもしれないという緊張もある。


 それでも、もう一人ですべてを抱え込む必要はない。


 そのことが、今のリディアには何より心強かった。

 

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