第26話 三か月という期限
三か月。
言葉にすると短いが、制度にとっては十分に長い。
ギルドの公式通達が出たのは、翌朝だった。
《試行運用期間:三か月》
《判断結果による非致命的損失は、ギルドが一時的に引き受ける》
《期間終了後、制度は再評価される》
文章は淡々としている。
だが、その一行一行が重い。
◇
掲示板の前で、冒険者たちが立ち止まる。
「……三か月だけ、か」
「責任を取るって書いてあるぞ」
「マジで?」
ざわつきはするが、浮ついた感じはない。
期待よりも、戸惑いが勝っている。
《最適化》が、静かに評価する。
——安心感:中。
——過信:低。
——緊張感:維持。
いい反応だ。
守られると分かった瞬間に油断する現場は、だいたい長持ちしない。
今回は、違う。
◇
地方ギルド。
セラ・ミールは、その通達を何度も読み返していた。
三か月。
期限付き。
一時的。
「……逃げ道じゃない」
小さく呟く。
これは、猶予だ。
練習期間だ。
彼女は、依頼書を一枚取り上げる。
《倉庫周辺の魔物排除》
《危険度:低》
《補足:住民往来あり》
以前なら、ここで止まっていた。
だが、今は違う。
「条件付きで出します」
線を引く。
「人通りが多い時間帯は避ける」
「完全排除でなくても、接近防止を優先」
誰かの顔を思い浮かべながらではない。
通達と、現場の条件だけを見て決める。
手は、震えていなかった。
◇
一方、王都。
エドガーは、書類の山を前にしていた。
三か月分の負担。
三か月分の調整。
三か月分の責任。
楽ではない。
むしろ、最悪に近い。
「……背負うって、こういうことか」
独り言が、空気に溶ける。
だが、不思議と後悔はなかった。
現場に線を引かせるなら、
管理側が重さを引き受けなければならない。
それを避けてきた結果が、今までの歪みだ。
◇
その夜。
宿の部屋で、俺は机に向かっていた。
やることは、もう多くない。
新しい紙を書く必要もない。
掲示板に立つ理由もない。
ただ、期限を守る。
《最適化》が、今日の総括を出す。
——制度移行:開始。
——依存再発:未検出。
——最大リスク:期限直前。
期限があるから、人は動く。
期限が近づくから、判断が歪む。
問題は、そこからだ。
◇
数日後。
小さな報告が、いくつも上がり始めた。
《成果:限定》
《被害:なし》
《判断:妥当》
似たような文言が並ぶ。
劇的な成功はない。
だが、致命的な失敗もない。
それでいい。
◇
ある冒険者が、ぽつりと言った。
「……失敗しても、終わらないんだな」
その一言が、何よりの成果だった。
◇
窓の外を見る。
街は、相変わらず回っている。
三か月という期限は、
世界を甘やかすためのものじゃない。
**世界が、自分で立つための猶予**だ。
俺は、椅子に深く腰掛け、目を閉じた。
期限が切れたとき、
自分はここにいない。
それが、この仕組みの条件だ。
うまくいけば、誰も俺を必要としなくなる。
うまくいかなければ――
それは、俺の敗北だ。
だが。
どちらに転んでも、
この三か月は、無駄にはならない。
そう確信しながら、
俺は静かに灯りを落とした。
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