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マキナのマホウ -machina magia-  作者: 今泉
Dearest Heart
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8 トモダチ


「ふぅ……」


 欠伸を噛み殺しながら伸びをする。ふと時計を見るともう随分と時間が経っていたようだ。図書館の窓から差し込む夕日に一瞬目が眩みそうになる。この季節になると暗くなるのが早いな、と我ながら少しジジくさいことを考えてしまった。


 マキナが家に来てから二週間、慣れとは恐ろしいもので前はあれだけ警戒していたくせに今となっては元々一緒に住んでいたかのように自然に接している。

 冷静に考えれば未だに正体のわからない不思議機能の備わった自称アンドロイドなんて不可解極まりないもの、二週間も側に置いておくなんてどうかしている。

 だけど、何故かマキナといるとそう言った警戒心が薄れてしまう。マキナを見ていると不思議と安心した気分になる。本当に不思議でならない。まさか警戒心を解くような謎の電波でも発しているのか? いやそんな馬鹿な。


「うん?」

 

 視界の隅、窓の外に最近よく見る顔が見えた。あいつの顔を見るのももう飽きたな。そんなことを面と向かって言えば(たちま)ちあいつは妙な口調で捲し立ててくるだろうが。こちらに気付かれると面倒だから見つからないように少し隠れるか。


 ……いや、待て。五十実の奴……どうしてそんな顔をしている?


 偶然視界に映った五十実の表情はいつも見るような、いつも俺やマキナに見せるような暢気な笑顔ではなく、まるで感情などどこかに置いてきたかのような虚ろな目をしていた。そんな目をした五十実は俺は見たことが無い。

 いつもへらへらと笑って俺の神経を逆なでするようなことを言ってはにやにやと楽しんでいるような、そんな表情しか見たことが無かった。


 何かあったのか? まぁいつも馬鹿みたいな話しかしない五十実にもいろいろとあるのだろう。課題が多く出されたとか教授に叱られただとかそういう下らない問題かもしれないし第一部外者の俺が関わる必要もない。放っておくか。

 

 でも何故かあいつのあんな表情を見ていると何だか妙にもやもやする。具体的にはあいつの頬をこねくりまわしたくなるような、そんな衝動に駆られてしまう。

 "なんでそんな陰気くせぇ顔してんだ"とあいつに一言言ってやりたくなる。あいつと関わっても碌なことにならないのに、それでも俺の足は自分の意思を置き去りに動き出していた。






「おい」


 見かけた場所よりも随分と進んだ先にいた五十実に声をかける。こいつ意外に歩くのが早いな。

 自分でも思った以上に急いでいたらしく、少しばかり息が上がってしまった。だがそんなことこいつに悟らせてはならない。何故か、だなんてそんなのバレたら恥ずかしいからに決まっている。


 俺が声をかけた瞬間、五十実の肩はびくっと驚いたように見えた。しかし五十実はそんなこと気にもかけず、俺に氷が溶けたのような暖かい笑みを返す。


「あ、先輩! どうしたんですか? 珍しいですね先輩の方から話しかけてきてくれるだなんて。はっ! これはもしかして先輩の好感度が上がって新たなイベントが解禁されたとか!? なるほどこれはテンション上がりますね!」


 五十実の表情はいつものものに戻っていた。訳のわからない妄言はともかく、その様子はさっきまでとは打って変わっていつもの調子を取り戻していた。

 心配しすぎだったか? ともかくこう話しかけてしまった以上は少し探りを入れるか。

 俺は五十実と向き合い、五十実はそれを見て気をつけの姿勢になった。軍隊のマネでもしているのか?


「五十実、何かあったのか?」


 下手に回りくどい言い方よりもストレートな言葉を選んだ。もし五十実に何かあったのならそう聞けば答えてくれる気がしたから。

 俺の問いに五十実は少しだけ何かを考える素振りを見せ、そして事も無げに答える。


「何か、ですか? うーん……特にないですね! いつも通りですはい!」

 

 何故か妙に機嫌が良さそうな五十実。その笑顔は先程見せた凍り付くような無表情とはかけ離れたものだった。

 いつも通り、か。何かあったに違いないと思ったのは俺の思い違いだったのか? 五十実が俺に気付かれたくなくて嘘を吐いている可能性もあるが。


 いや、違う。それを含めて"いつも通り"だったのか? あの感情の見えない顔も、いつも通りの表情だったというのか。

 俺は言葉に詰まる。このまま"何でもないならいいんだ"と帰してしまってもいいのだが、何故か今の俺にはそれが出来なかった。


「先輩こそどうしたんですか? 急にそんなこと言いだして」

「別に。お前がえらく暗い顔して歩いてたのが見えたから気になっただけだ」

 

 そう答えると五十実は一瞬だけ表情が抜け落ちたように"え?"と声を漏らした。その後何事もなかったかのようにやけに嬉しそうに声色を変える。


「せ、先輩が私の心配を……、これは本格的に先輩ルートに入ったと考えるしかない……! ちょ、ちょっと待ってください今セーブしますんで」


 やれるもんならやってみろセーブとやらを。


「そんなことはどうでもいいんだよ。どうせ今日もうちに来るつもりだったんだろ。そんな暗い顔して来られたんじゃ陰気臭さがうちにまで移っちまう」

「お、わかってますね先輩。陰気臭さ云々は聞き捨てなりませんが今日も今日とて不肖五十実舞衣、マキナと先輩に会いにカチコミに行くつもりでした」


 ヤクザかお前は。

 心の中でツッコミを入れながら平静を装う。まずい、だんだんあいつのペースに乗せられてきた。このままでは聞きたいことが聞けなくなってしまう。


 なぁ五十実、お前何か隠していないか? そう口から出かけた瞬間、俺はふと思う。


 それは、そんなに大切なことか?


 別に五十実(こいつ)が俺の知らないところで何をしていようが知ったことではない。俺に対して何も言わないというのなら俺が聞き出そうというのは出過ぎた真似なのではないだろうか。

 俺と五十実は特別な仲というわけでもない……ということにしている。それは本人同士の暗黙の了解で、不可侵である。だからこその今までの"距離"だった。


 それがなんだ。ここ数日一緒に居る機会が多かったからって五十実の友人にでもなったつもりか? 俺が? 冗談じゃない。そんな気も無いくせに。

 

「先輩、どうかしました?」


 五十実の少し心配そうな声にハッと我に返る。また悪い癖が出てしまっていた。物事を悪い方悪い方へと考え込んでしまう癖。何を考えていたかなんて絶対に教えられない。


「なんでもねぇよ。夕日が眩しかっただけだ」

「そうですねぇ。私は好きですよ、夕焼け空も」


 咄嗟に出た言葉は特に意味もない言葉。取り留めもなく深く考える必要のない言葉。それは俺たちの理想の関係を表しているようで、そんな言葉も朧げに消えていった。






 帰り道、二人並んで家の道を歩く。地面に描かれた影法師などには目もくれず五十実は俺に話しかけてくる。

 他愛もない話からマキナについての話など、話題は尽きることなかった。本当にこいつは黙ったら死ぬんじゃないかってくらいいつも喋っているな。


 そうこうしているうちに部屋の前まで来てしまう。扉を開けるとあまり抑揚のない声で出迎えられた。


「おかえりアラタ、いらっしゃいマイ」


 マキナの声に俺たちは各々適当に言葉を返す。家に帰れば誰かが出迎えてくれる。そんなこと俺の人生では数えるほどしかなかったのに、今ではこうして自然に受け入れることが出来ていた。


 俺はマキナと出会ってから少し変わった気がする。それは喜んでいい変化なのだろうか。ずっと一人で育ってきて、一人でいることに慣れ、他者と交わることを拒んできた俺が。しかもそれが嫌でないときてる。まったく、どうにもおかしい話だ。

 

「あ、マキナテレビ見てたの?」


 部屋の奥へと行くと俺がこの間マキナのために買った中古の小さいテレビの電源が付いていた。マキナに少しでも外を知ってもらうために買ってみたのだが、存外効果があったらしくマキナはよくテレビを食い入るように見るようになった。

 何か悪い影響でも出なければいいのだがなんて、ふと本当にマキナの父親にでもなったかのようなことを考えてしまう始末だ。

 そしてマキナの変化はまだある。


「アラタ、お茶入れる? マイもそれでいいかな」

「ああ、頼む」

「ありがとーマキナ」 


 マキナは自主的に行動するようになっていた。少し前までは俺が言わないとほとんど何も行動を起こさなかったのに、今では自分の意志を持つように行動している。

 いや、言い方が悪いな。マキナは今、自分の考えで"生きている"のだ。

 そのきっかけはあの日、マキナの生活用具を買いに行った時だろう。マキナにさせた経験がマキナを成長させている、その実感を持つには十分な結果だった。


 自分の手で電気ケトルで湯を沸かしお茶を入れる。最初は俺がやっていたことだったが、いつしかマキナがやるようになっていた。

 俺の行動を見て学び実践する。マキナにはそれが可能になっていた。まだ難しいことは教えていないがこの分なら教えれば料理とかも出来るかもしれないな。まあ俺自身が料理なんて簡単なのしか出来ないからあまり期待は出来ないが。


 三人分の湯飲みを運んでくるマキナ。その動作に危なげはなかった。

 湯飲みを受け取ると寒空の下歩いてきて冷えきった手が暖かい湯飲みによってじわりと溶かされるようだった。


 俺が一言"ありがとう"と告げるとマキナは"どういたしまして"と言う。その表情には薄らと笑みが隠れていた。 

 今思い出したがマキナの変化はもう一つあった。それはほんのりとだが笑うようになったのである。前に見せたときのような笑顔ではなくまだ少しぎこちなくはあるのだが、それでもマキナは顔に感情を表すことが出来ていた。感情を顔に出す、か。そんなの俺にも難しいのにな。


 マキナが入れてくれたお茶を飲み一息つく。自分以外が入れたお茶はどこか優しい味がするようで、少し飲み干すのに躊躇いを感じてしまう。また少し、ちびちびとお茶をすすると五十実が口を開く。


「さーてマキナ、今日は何しよっかー」


 ここ最近の五十実はマキナにいろいろ教えているらしい。細かいことは知らないが悪影響ありそうなことはしていないようなので放置している。そのおかげなのかマキナも今では人並みに生活が出来ている。


 一週間ほど前、一つの問題が発生した。それはマキナの着替えと風呂についてである。

 薄々勘付いてはいたが直視していなかった問題に頭を悩ませた結果、全てを五十実に丸投げするというとてつもなく情けない醜態を晒してしまったのだ。その時の五十実の表情は今までの人生の中で5本の指に入るくらいに腹立つニヤつき方だったことを不意に思い出してしまった。

 あそこまで虚仮にされたのは一生の不覚だぞ。まあいくらアンドロイドとはいえ少女の姿をしたマキナの着替えや風呂を俺が手伝って白い目で見られるよりは、渾身の煽り顔で"意外と純情なんですね"と馬鹿にされる方が……、いや待てどっちがマシだったんだ? どっちも癪だぞ。

 まあその甲斐あってマキナは一人で脱衣所で着替え風呂にも入れるようになったから良しとするか。ちなみにアンドロイドではあるが水に弱いとかそういった機械的なことは無いそうだ。むしろ風呂に入るのは嫌いじゃないらしく、じっくりと時間をかけて入っているようだった。


 ふとくだらない思慮に耽っていると五十実がカバンからノートと子供用の教科書を取り出していた。


「よぉしマキナー、これなんて書いてあるか読める―?」

「……読めない」

 

 マキナと五十実のやり取りを遠巻きながら伺う。何やらマキナに文字を教えているようだ。

 マキナに対していろいろと試したところ、実はマキナはあまり文字を読むことが出来ないという事実が判明した。ひらかなやカタカナくらいは読めるようだが、漢字となるとてんで駄目なようだ。

 普通に会話していたから失念していたが識字能力とは幼いころから学んでいないと身につかない。学校が無い地域などで識字率が低いのはそのためだ。

 なので少しずつだが俺がマキナに文字を教えていたところそれが五十実にバレ、私もマキナに勉強教えたいと講師役を買って出たのだ。

 意外と面倒見があるのか単に面白がっているだけなのかはわからないが、今日は子供のころの教科書まで引っ張り出してきたらしい。


「へへー、これはねー"あい"って読むんだよー。誰かを好きだっていう気持ちのことでー……。うーん」


 五十実が何かを考えるような素振りを見せる。やがて何かを閃いたように言った。


「先輩先輩、愛ってなんだと思います? 出来れば誰かの受け売りじゃなくて先輩の言葉で教えて欲しいんですけど」


 五十実は爛々とした目ですげぇくだらないことを考えていたらしい。どうしてそんなことを俺に聞くんだ。そんななんて答えても火傷しそうな質問に答えてやる義理など無い。 

 俺が当然のように"知るか"と一蹴すると、五十実は不機嫌そうな顔を見せた。勿論その顔も無視するが。


「マキナ―、将来こんな風になっちゃだめだよー。こんな愛情の欠片もないような人になっちゃ」

「そう? アラタは愛情が無いの?」


 マキナを使って抗議するんじゃねぇ。

 それにしても愛情が無い、か。俺に愛情という感情があるか、と問われればわからない、と答えるしかない。

 いつの間にか誰かを好きになる、という感情を失っていたのかもしれない。だがそうだとしても困ることなんてない。むしろ誰かを好きになるなんてあまりにも悲しいこと、しないほうが良いに決まっている。

 だから俺に愛情が無いのかと問われたらきっと"無い"と答えるのが正解なのだろうな。

 だが、俺はその答えを口に出すことはしなかった。答えを出すことを怖がるかのように誤魔化したのだった。

 




 五十実とマキナは引き続き漢字の勉強をしているようだ。俺はというと妙に居心地が悪く二人と少し離れてパソコンをいじっていた。特に見るものも調べることも無いのだがあの二人に混ざって何かするのは気が引ける。


 こう遠目で見ていると二人はまるで姉妹のようだった。性格は真逆と言ってもいいくらいに違うがそれでも仲の良い姉妹のように絶えず会話を交わす。その姿が少しばかり羨ましく思える。俺には兄弟がいないからな。

 もしも俺に兄弟がいたら今のようにつまらない人間にはなっていなかっただろう。だがそんなこと考えてもどうしようもない。俺は与えられた材料で人生を作っていくだけだ。


「ねぇマイ、ちょっと聞いてもいい?」

「んー? なぁにー? お姉さんに何でも聞いてごらんなさいっ」


 マキナから質問することは珍しく、俺も少し聞き耳を立てる。五十実は上機嫌に反応していた。


「トモダチって、なに?」


 何処かで見かけたのだろう。マキナの質問はまるで子供のように純粋なものだった。だからだろうか、五十実の顔に現れた一瞬の陰に気付けたのは。


「友達ってのはねー、一緒に遊んだりする仲の良い人達のことだよー。私とマキナみたいにね」


 五十実の答えにマキナはいつもの様に"そう、わかった"と言って話を終わらせることはしなかった。マキナの長い黒髪が少しばかり揺れる。まるで俺にも答えて欲しいかのようにマキナの視線は此方へ向いた。


「じゃあ、アラタとマイはトモダチが他にもいるの?」


 純粋さは時として意図せず棘を生むこともある。どうしてそんなことを聞くのだろうか。俺は少し間を置き、そして事も無げに答える。


「居ねぇよ、そんなもん」


 たとえ真実であったとしても、それが残酷なものならば嘘をついても良い。俺はそう思っている。

 だがこんなこと嘘を吐くにも値しない些細なことだと判断した。だから俺は目線をパソコンから離すことなく正直に答えた。

 静かに"そう"と返すマキナの声色にどこか寂しさを感じる。そしてマキナの質問は五十実へと向けられた。


「私ー? 私はねー、友達100人くらいいるよー」


 五十実が指先でペンをいじりながら答える。

 嘘だな。俺は瞬時にそう判断した。

 五十実は普段から余計なことばかり言うが、逆に口数が少なくなる時がある。それは嘘を吐いているときである。恐らく嘘がバレないように慎重になっているんだろうが少なくとも俺にはバレバレだった。

 しかしマキナはその言葉を疑うことはしなかった。素直に信じたのかそれとも空気を読んだのか、俺にはマキナのほうがよくわからなかった。



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