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マキナのマホウ -machina magia-  作者: 今泉
Dearest Heart
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9 可哀想なシンデレラ


 ここ最近、目覚めの悪い朝を迎えることが多くなった。その理由ははっきりしている。過去の自分を夢に見るようになったからだ。

 マキナと生活するようになって昔の自分とマキナを照らし合わせてしまうのか。それともマキナに昔の自分のようになってほしくないのか。その警鐘のように子供のころの夢を見る。

 

 俺は何かを振り払うように布団から出て洗面台で顔を洗う。しかしタオルを洗濯したまま用意するのを忘れていたことに気が付き、近くに代わりのタオルが無いか探す。するとマキナが真っ白なタオルを持ってきてくれた。


「はい、アラタ」

「おう、サンキュ」


 マキナはいつもの朝と違ってタオルが置いていなかったことに気付いたようだ。

 まったく、良く出来たアンドロイドだよ。少し前まで見ているだけだったのにもうお手伝いさんの真似事のようなことまでやってのける。その成長を少しばかり嬉しく感じる朝だった。


 適当に朝食を用意し、ネットでニュースを見ながらパンを一かじり。マキナも俺に倣ってかパンをもそもそと食べていた。

 最初は要らないと言っていたのに、案外食べることも好きなようだ。ゆっくりとパンを咀嚼する仕草は見ていて少し微笑ましい。好物の甘いカフェオレも自分で入れられるようになっていた。


 さて出かけるか、といつもの様に大学へ行く用意を済ませ立ち上がろうとしたとき、マキナが俺の服の裾を掴んでいることに気が付く。


「マキナ?」


 マキナはじっと俺の眼を見つめる。そしてマキナにしては珍しく少し歯切れの悪い様子で言った。


「アラタ、今日は私と一緒に居て欲しい。ダメ?」


 その小首を傾げる仕草、誰に倣ったのだろうか。大方五十実が仕込んだものだろうがそれがまたセリフと合わさってが妙なくすぐったさを感じる。

 

 マキナは日々成長している。それは俺や五十実からしたら嬉しい変化だ。だからこそその変化に敏感になっていた。

 まるで妹どころか我が子を育てる親のような気持ちになるのは、こんな経験したことなかったからだろう。それにより自分がどんどんマキナに対して甘くなっていくのがわかる。

 まるで親馬鹿だな。この俺がそんな感情を抱くようになるなんて、世の中何が起こるかわからないもんだ。


「ああ、わかった。いいよ」

 

 どうせ大学なんて行くだけ無駄だ。俺が行かないことにより教授や他の学生は困るだろうが俺の知ったことではない。いつもわからないことを俺に丸投げするような木偶どもは少し痛い目を見たほうが良いだろう。

 俺をその気にさせたのはそんなことよりも俺には今は目の前のマキナの変化のほうが重大だったからだ。






「アラタ、ここは?」

「ショッピングモールっていう場所だ」 


 俺はマキナを連れ隣町のショッピングモールへと足を運んでいた。以前行った都会の街よりも馴染みがある分、知り合いに出くわす危険性があるがその時はその時だ。適当に妹だとか言って誤魔化そう。どうせ深く突っ込んでくる知り合いなんていないのだから。


 "先輩、鏡ってみたことあります?"


 うるせぇ。

 不意に幻聴のような言葉が聞こえた気がして咄嗟に心の中でツッコミを入れてしまった。

 勿論近くにあの五月蠅い後輩がいるわけもなく、無意味に少し辺りを見渡してしまう。

 前に五十実に指摘されたことを思い出してしまうとは、自分でもマキナと俺が兄妹ってのは無理があると思っているということか。


 マキナの今日は一緒に居たいという訴えは本人にも理由がよくわからないらしく、折角だからどこか出かけるかと提案したら素直に頷いてくれた。   

 マキナには自分でもわからない要素がたくさんある。もし今回のがマキナが成長する兆しならそれをみすみす逃す手はない。

 だから少しでも刺激になるかと思いショッピングモールへと連れてきたのだった。幸い今日は平日なためあまり人は多くない。これなら訝しまれる心配も少ないか。


 多くの店が点在している光景にきょろきょろするマキナ。いろいろと興味を惹かれるものが多いようだ。


「どこか見たいところとかあるか?」

「アラタが行きたいところが良い」


 またか。マキナの決まり文句のような言葉に内心少し残念に思う。

 出来ればマキナがしたいことを教えて欲しかったのだが。まぁ色々見て回ればマキナの好みに合ったものが見つかるかもしれないな。気を沈めるにはまだ早い。

 俺が先導して歩きだそうとした時、マキナは言葉を足すかのようにこう告げた。


「私は……、アラタと一緒に楽しめるところに行きたい」 


 俺と一緒に楽しめるところ。そう言ったマキナの表情はどこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。




 このショッピングモールは県内でも有数の規模であり、数多の店舗が所狭しと並んでいる。それ故に雑誌やネットでは一日じゃ足りないだの何度だって来たくなるだのそういったうたい文句で有名だった。

 しかしそれは多くの女性と一部の男性による評価で、最初から買うもの、回る店を決めてから行くタイプの人間からしたらその広さは却って鬱蒼とした気持ちにさせる。だからこういった用でもなければあまり近付きたくない場所だった。


 しかし今はどうだろう。隣で物珍しそうにショーウィンドウの中の玩具を眺めているマキナを見ているとこういったウィンドウショッピングも偶には悪くないと思える。

 

 だがマキナは見るだけ見てそれらを欲することはしなかった。


「少しくらいなら買ってもいいんだぞ?」

「ううん、いらない」


 そう言って次の店にターゲットを絞るマキナの表情は満足げだった。

 別に遠慮しているわけでもなく本当に"見る"ことが楽しいようだ。安上がりで有り難いと言えば有り難いのだがそれだけだとマキナの変化がよくわからないな。もう少し様子を見ることにしようか。




 店を見て回ること数時間、休憩をはさみながらでも段々と疲れが出てきた。流石一日じゃ足りないと銘打っているだけある。

 だがマキナは疲れた様子を見せていない。アンドロイドだから疲れないのか若さ故の体力の多さなのかは判断出来ないがまだまだ元気いっぱいな様子だ。

 もう何件目になるかわからないが、マキナは一つの店の前で立ち止まった。


「アラタ、これなに?」


 マキナが指を指したのはショーケースに飾られた小さなオルゴールだった。

 少し古めかしい木箱に入ったオルゴールはアンティークのような雰囲気を醸し出していた。だがこれは本物のアンティークというわけではなくそういうデザインの量産ものだろう。

 古いオルゴールは価値があるのかやたら値段が張るが、今ここにあるのはどれも手頃な値段だった。

 俺はオルゴールというものをマキナに説明する。軽く店内を見渡してみると見本用に置いてあるオルゴールを見つけたのでマキナを連れ店内へと入った。


 マキナは小さなオルゴールをしげしげと見つめる。

 余程珍しいものに見えたのか。手本にと俺がオルゴールのねじを回し置いてあった棚の上に戻すと、間もなくオルゴール特有の金属と金属がぶつかる無機質な音色が響きだす。

 簡素であるのに何処か暖かくなるような、そんな音色だった。


「……綺麗な音だね」


 マキナの感想に俺はただ"ああ"とだけ答える。

 オルゴールの音色を最後に聞いたのは何時だったかなんて覚えていない。だが俺には少しだけ懐かしく感じる。 

 哀愁漂うと表現すべきか。綺麗であり儚い。無機質であり尊い。本当に不思議な音だ。まるで誰かのように……。




「本当に良かったの?」

「ああ、それは俺が欲しかったから買ったんだ。家に置いておこうと思ってな」


 俺の手の中には先程買ったオルゴールが入った袋が下がっている。その袋をマキナは気にするように眺めていた。  

 きっとマキナも俺と同じくこのオルゴールを気に入ったのだろう。それだけでも今日ここに来た甲斐があったというものだ。

 そしてもうひとつ。ついでと言ってはなんだが、俺は同じ店で見つけたあるものも購入していた。


「マキナ。ちょっといいか」


 マキナはいつもの無表情で俺に近付く。俺は袋から小綺麗に梱包された小さな箱を取り出した。


「それは?」

「これはマキナへのプレゼントだ」


 包みを開き、箱を開けるとそこには小さな白い羽のような形をした髪飾りが入っていた。そして、その髪飾りをマキナの綺麗な髪に付ける。

 スマホを自撮りモードにし鏡のようにマキナにその姿を見せる。マキナは少し不思議そうな顔をしてこういった。


「かわいい髪飾り。アラタ、かわいい?」

「ああ、かわいいよ」


 意外にもその言葉はすんなりと俺の口から出た。自分でももう少し躊躇うかと思ったが、その後のマキナの顔を見て自然と納得がいった。


「うれしい。アラタ、ありがとう」


 柔らかいその笑顔を見られたのはきっと、俺がその笑顔を見たかったからなのだろう。普通の女の子のような、そんな普通の笑顔を。


 マキナも嬉しい時には笑うし悲しい時には悲しい表情をする、そんな"普通"になれるんだ。

 今はまだ表情は硬いときが多いけど、このままいけばきっといつかもっと自然に笑えるようになるだろう。そんな予感がしていた。




 日も傾きかけそろそろ帰ろうとしたとき、モール内の休憩所の木製ベンチに座り一人すすり泣く少女の姿があった。

 年齢はまだ5にも満たないくらいか。周りに保護者らしき大人がいないところを見ると恐らく迷子だろう。

 後生大事そうに買い物袋を抱える姿はさっきのマキナとどこか重なるところがあった。違うとすれば見た目と表情か。親と買い物に来て何かを買ってもらったはいいがその後逸れてしまった、そんなところか。


 見つけてしまった以上は無視して去ることは出来ないか。一人ならまだしもマキナもいる。近くの迷子センターにでも連れていくべきなのだが、俺が話しかけて変に怯えられてもそれはそれで話がこじれそうだ。

 近くの店の店員にでも事情を話して保護してもらおうかと決めかねていると、マキナが"ちょっと待ってて"と持っていた袋を俺に預け少女の元へと近付いていった。


「大丈夫?」

「ふぇ……? お姉ちゃん誰……?」


 俺が止める隙も無くマキナは少女に話しかけていた。

 少女は驚いた表情でマキナを見上げる。そして驚いたのは少女だけではない。俺も大いに驚いていた。


 マキナは少し屈むと少女に目線を合わせた。俺はマキナの突然の行動に息を飲む。突然の出来事に俺はどうしていいのかわからなくなっていた。

 マキナを止めるべきか? 今まで他人との接触をなるべくしないようにしてきたマキナだ。そのマキナが突然他人に話しかけたらいったい何が起こるかわからない。

 しかしマキナは善意で声をかけたのだろう。それを俺には止めることは難しかった。


 俺は少し遠巻きにマキナ達の様子を見守ることにした。マキナの邪魔をしないように、それでいて何かあったらすぐに駆け付けられるように。

 マキナは少女の隣に座る。個々からは会話の内容がうまく聞き取れないのでマキナ達の死角に入る位置に移動した。傍から見たら怪しい人物に見えるかもしれないが仕方あるまい。


「どうしたの?」


 マキナは抑揚のない声で語り掛ける。まるで旧知の仲かのような対応に少女は少し戸惑っていたようだが余程心細かったのかぽつぽつと今の自分の状況について語り始めた。


「そう、ママがどこかに行ってしまったの」

「うん……。さっきまで一緒に居たのに……」


 やはり大方の予想通り少女は親と逸れた迷子のようだ。

 まさか子を置いて帰ったとは考えにくいし、放送で呼びかけでもすればすぐに見つかるだろう。少し安心する。  

 けれど、俺は少女を迷子センターに連れていくことを躊躇ってしまった。

 今もこの子を探しているであろう親には悪いが、もう少しだけマキナと少女のやり取りを見守っていたかったんだ。


 普段あまりしゃべることのないマキナが少しずつだが自分から少女へ語り掛けていた。名前は何か、どこに住んでいるのか、何をしに来たのか。そんな当たり障りのない"些細な世間話"が今のマキナには確かに出来ていた。

 そしてマキナと少女が会話を進めるにつれて徐々に少女の表情は暗いものではなくなっていた。


「そう、ユメはママが大好きなの?」

「うん! ゆめ、ママもパパも大好き! 今日もね、ママがゆめの好きなご本買ってくれたんだよ!」


 余程嬉しかったのか"ゆめ"と名乗る少女は持っていた買い物袋から一冊の本を取り出した。

 遠目にしか見えないがどうやら子供用の絵本のようだ。子供が持つには少し大きいサイズで、恐らく親が読み聞かせをするために買ったものだろう。それを子供が持っているということは相当その本を読んでもらうのが楽しみだったということが窺える。袋の中にはまだ本がいくつか残っているようだった。

 

 少女はその後も親との思い出を語っていたが途中で親と逸れたことを思い出したのか、急に言葉が沈んでいった。

 ここまでか、と俺が迷子センターに行くように伝えようとしたとき、マキナの口が再び開く。


「ねぇユメ、その本、どういうお話なの?」

「う、うーんとねぇ……。まだわかんない。おうち帰ってから読んでもらうつもりだったから……」


 少女はそこまで言うと何かを閃いたかのように顔を上げる。その表情は期待に満ちたものだった。


「そうだ! まきなお姉ちゃんこのご本読んでよ!」

「本を?」


 マキナは無表情を変えずに聞き返す。だが俺には少しばかり困ったような表情にも見えた。微かだがマキナの表情に影が差した気がする。 

 恐らく本を読むということに慣れていないためだろう。しかし俺がここで力を貸すわけにはいかない。俺に出来ることのはただマキナをそっと見守ることだけだった。


 マキナは一瞬だけ考えるような素振りを見せ、そして少女の提案に乗った。二人の足と足の間に一つの絵本が広げられる。


「私、文字を読むの得意じゃないから……」

「そうなの? ひらがなは読める?」

「ひらがななら……読める」

「じゃあ大丈夫! 一緒に読も! ゆめも漢字はまだお勉強してないけど漢字の横にひらがなで読み方が書いてあるから。こーゆーのをふりがなって言うんだってママが言ってた」


 子供用の絵本なので漢字には全てふりがなが振ってあるらしい。恐る恐る漢字が読めないことを告げたマキナはうっすらと安心したような笑みを浮かべた。

 

 そうしてマキナと少女は一つの絵本を交互に読んでいく。マキナが少女に読み聞かせるのではなく、互いが互いに物語を読んであげているような、そんな光景だった。まるで年の近い姉妹のようだ。俺はそう感じていた。




「こうしてシンデレラは王子様と幸せに暮らしたのでした」

「めでたしめでたし!」


 最後の文を読み上げると二人でそっと絵本を閉じた。

 二人が読んだのは何の変哲もないシンデレラの物語だった。だが二人にとっては新鮮なものだったらしく、読み終えた二人は達成感に包まれていた。


 少女が"面白かったね!"と笑みをマキナに向ける。するとマキナは慣れない様子でぎこちなく笑みを返した。

 マキナの笑みは緊張していたのかどこかほっとしたような笑みだった。そしてそれは俺も同じで、マキナが一つのことをやり遂げたことに対し安堵のため息を吐く。


「ゆめ!?」

「あ、ママ!」


 マキナと少女が絵本の感想を言い合っているとやがて少女の母親らしい少し痩せ型の女性が現れた。

 恐らく楽しそうにはしゃぐ少女の声を聞きつけたのか。随分と探し回ったらしく少し息を切らした様子だった。


 少女はベンチから勢いよく立ち上がり母親の元へと駆けていく。その様子をマキナは少しぼうっとした様子で眺めていた。

 少しして少女は事情を母親に説明したらしく母親とともにマキナの元に戻ってきた。


「娘の面倒を見てくれていたようで、本当にありがとうございました。なんとお礼を言っていいやら……」

「ありがとねお姉ちゃん! まきなお姉ちゃんのおかげでゆめ寂しくなかった!」


 嬉しそうにぶんぶんと腕を振る少女。マキナはそれに右手を微かに振り答えた。

 母親の登場により俺は少し位置を移動したためマキナの顔はこちらからはよく見えなくなっていたが、多分マキナは笑っていたのだろう。少女の笑顔の大きさがそれを物語っていた。


 マキナは絵本を袋へと戻し少女に返す。その際にマキナと少女は少し会話をしていたようだったが俺には上手く聞き取れなかった。

 そして親子が手を振り去っていくと、俺はマキナの横に空いた穴を埋めるようにそっとマキナの隣に並んだ。






「どうだった?」


 茜指す空の下、俺たちは帰りの道を歩く。二つの影は交差することもなくただ一点を指(さし)示(しめ)していた。

 マキナは親子と別れてからほとんど口を開かなかった。だがマキナの表情は暗いものではなく、何か考え事をするような複雑なもののように見える。


 初めて俺と五十実以外の人間に触れマキナはどう思ったのだろうか。  

 一体何を考え、何を感じたのか。俺はそれが気になってしょうがなかったが、あえてすぐには聞かなかった。  

 きっと時間を置いた方が考えもまとまるだろう、そんな単純な理由だった。俺はマキナの考えを尊重したかったのだ。

 マキナはそっと目を瞑り、息を吐くように語り始めた。

 

「トモダチって言ってくれて、嬉しかった」


 トモダチ。最後の別れ際にした会話はそれだったか。

 マキナが聞いたのか少女が言い出したのかはわからないが、あの少女は確かにマキナにとっての数少ない友達になったのだろう。

 マキナは友達を作りたかったのか。もしかしたら今日俺を引き留めたのもそれが原因だったのかもしれない。マキナ自身にもわからない、そんなあやふやな欲求でも確かに存在するのだろう。  

 友達が欲しいという単純であたりまえな欲求が。


 俺は"そっか"とだけ返した。本当はマキナにもっと友達を作ってやりたい、そんな気持ちもあったのだが、そううまくはいかないものだと俺はそれを心のうちに仕舞うことにした。


 マキナは人間ではなく、アンドロイドである。そしてそれを知っているのは今現在俺と五十実だけだ。そしてマキナを作った張本人か。


 何度も言うがマキナは普通じゃない。普通の人間として生まれてはいないし、普通の人間にはない能力を持っている。

 だとしたら普通の人間として生きてはいけないのだろうか。その答えは俺にもまだわからない。そしてその判断を誤ったとき、誰より傷付くのはマキナ本人だろう。

 俺はそんなマキナを見るのが恐かったのだ。自分のことではないくせに、いや、自分のことじゃないから余計に怖いのか。

 俺が傷つくだけだったらどんなに楽だったか。俺は自嘲気味に口角を上げた。


「ねぇ、アラタ」


 気が付けばマキナはこちらを見ていた。俺は思わず口元を隠したがマキナはそんなこと気にしていない様子で語り掛ける。


「シンデレラって、幸せになったのかな」


 マキナの口から出た言葉は俺の予想とは大きく離れたものだった。


 シンデレラが幸せになったか。 

 そんなの一国の王子に見初められ大きく人生を好転させたのだから幸せ以外の何物でもないだろう。

 だがマキナは物語を違う視点から見ていたようだった。


「シンデレラは最後王子様と一緒になったけれど、結局母親や姉たちとは仲直りしなかった。それは良いことなの?」


 俺はハッとする。もしかしてマキナはシンデレラのストーリーを最初から家族の仲直りの物語だと思っていたのだろうか。

 もしもシンデレラが家族と仲良くしたい、そう思っていたのならこの結末は必ずしもハッピーエンドとは言えない。

 王子と結婚して、それで今までの家族と縁を切るとなったらそれは余りにも無情だ。

 マキナが読んだ絵本にはそこまでは描かれていなかったが、シンデレラが継母と姉たちにこれからどう接するのか、マキナはそこが気になったようだ。

 そして、マキナはシンデレラに感情移入したらしい。


「シンデレラは……かわいそう」


 マキナはそうぽつりと呟いた。何故かわいそうだと思ったか、大方予想は出来る。だが俺はマキナから直接聞くことにした。

 俺の"どうしてだ?"という質問にマキナはうっすらだが悲哀の表情を見せる。マキナのこんな表情初めて見たな……。


「シンデレラは家族と仲良く出来なかった。そして最後には逃げるように王子様と結婚した。シンデレラは家族を捨てたの?」


 シンデレラは継母と姉たちに奴隷のように虐げられて生きてきた。

 だがどんな形であれ、家族は家族だった。

 御伽噺は王子様と結婚しめでたしめでたしで終わるが現実だったらそこで終わりではない。

 妃として迎えられる以上は元々の家族の待遇も決めなければならない。

 シンデレラは果たして継母たちを家族として向かい入れるのか。それとも今まで散々奴隷として扱ってきた家族と縁を切るのか。それはシンデレラ本人にしかわからない。


 現実的に考えれば前者はありえないだろうな。

 シンデレラの妃とするならその家族も同時に調べ上げられるはずだ。そうしたら家族がシンデレラに対してしてきたことは王子にすぐにバレてしまうだろう。

 そんなことになったら向かい入れられるどころか極刑まではいかなくても国を追われる可能性はある。

 もしそんな事実など無いとするならば、そもそもシンデレラの存在自体無かったことにするしかない。そうなれば自然と継母たちはシンデレラと縁を切るしかないのだ。

 どのみち和解するという道は無いだろう。マキナはここまで考えていたのだろうか。


「家族と縁を切るのが、シンデレラにとって一番の優しさだったんだろう」


 俺は緋色の空を見上げながらそう答えた。目線の先には少しばかりの雲が見える。この分なら今日は雨が降ることないだろう、と俺は現実から目を背けるように下らないことを考えていた。

 

 マキナは"そう"と小声で相槌を打った。俺の言葉が伝わったのかはわからないが、そのすぐ後、マキナは優しい笑みを俺に向けた。


「じゃあ、私は幸せだよ」

 

 突然の言葉に反応に困る。そして俺は"どうしてだ?"と聞いていた。

 まるでその答えを渇望するかのようだった。


「私にはアラタとマイがいるから。アラタもマイも、どちらも捨てたくないから……」


 だから幸せだ。マキナは確かにそう呟く。俺はその言葉の意味を深く聞き返すことはしなかった。

 

 少ししてマキナは再び口を開く。しかし出てきた言葉はさっきまでの会話とは全く関係のないものだった。


「夕日、綺麗だね」


 マキナのその言葉はまるで照れ隠しのように聞こえ、俺は堪らずいつものそっけない言葉で返した。



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