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Mission-69 『罰とベンチと見つめる瞳』


「はい、あと三本」


 ――ピーッ、と隼平が吹いた笛の音と共に俺が口頭で伝える。

 

 しかし、それを伝えられた相手は返事はしなかった。いや、できなかったと言った方が正しいかもしれない。

 何故なら今まさにゼェゼェと荒い息を吐きながら、死にそうな顔でダッシュを繰り返しているからだ。

 それが誰かと言えば、もちろん御門彰くんである。


 時刻は夕暮れ時。

 サッカーグラウンドではサッカー部諸君がゲーム練習をしている中、俺と隼平は部品のベンチに並んで座り女学生Aに約束した彰に対する厳罰を実行中というわけだ。ちなみにここにはサッカー部の練習の予定を乱した罰も含まれているらしい。


 その罰の名前は『地獄の耐久ダッシュ&プッシュアップ』。

 なんでもお馴染みの罰らしく、それを言い渡された彰は引き攣っていた顔で苦笑していた。そして流れでその監視役を引き受けた俺はその苦笑の意味を今まさに実感していた。


 『地獄の耐久ダッシュ&プッシュアップ』

 その名の通り、それはダッシュとプッシュアップつまり腕立て伏せをただひたすら続ける罰となっている。

 具体的にはダッシュ×五本→腕立て伏せ×十回を交互にやり続けるというものだ。ちなみに今回は罰ではなく厳罰のためダッシュ×七本→腕立て伏せ×十五回にレベルアップしている。

 そして、この罰の肝は回数に終わりが無いという点にある。なんと体力が本当に限界の限界を迎えそのままぶっ倒れるまで続くという昭和スポコン漫画もビックリの超ハードな内容となっておりま~す。


「見てるだけでも疲れてくるな」


「うん、だからやってる本人は地獄だろうね。まぁそれに値するやらかしがあるから同情の余地はないけど」


「というか、これがお馴染みになってるってここのサッカー部はそんなスパルタなのか」


「うーん、練習がそこそこハードという点は否定しないけどそれとこの罰は無関係かな。なにせこれができたのは二年前で、対象になったのはほぼ毎回彰だし」


「…衝撃の事実。メチャクチャトラブルメーカーじゃねぇか、あいつ」


「まぁ、メチャクチャトラブルメーカーだね」


 そんな会話を呑気にしていると、


「もうだめ…! げん…かいっ…!」


 ちょうど何度目かのダッシュ七本を終え、何度目かの腕立て伏せに移ろうとした瞬間にそんな断末魔と共に彰が膝から崩れ落ちた。

 

 ああ、ようやく終わりか。

 それを見て、何の疑いもなくそう思った俺だったが


「嘘だね。本当に限界だったら、そんな声を出す前に崩れ落ちるはず」


「え?」


「ほら立って、彰。立たないと、明日もこれやらせるよ」


「ええっ!?」


 いつの間にか、隼平は鬼教官へと変貌していたらしい。

 でも、流石にそれはなぁ…。明らかに限界っぽいしあんまり無理させても、と俺は思ったのだが、


「ちっ…!? 流石隼ちゃん、バレてしまったか…」


 隼平のそんな言葉に彰は渋い顔を浮かべると「うおおおおおおっ!」と声を張り上げながら腕立て伏せに移行したのだ。

 …いや、演技だったんかい!? どうやら俺の彰に対する目利きは当てにならんらしい。

 というか、逆にこいつはあの一瞬でよく見抜いたな。


「彰と聖也と俺はそこそこ長い付き合いだからね。ぶっちゃけ、多少の演技を見抜くくらい訳ないんだよ」


 そんな俺の心中を察してか、解説する様に隼平がそう言う。

 ま、確かに仲良さそうだもんな。


「へぇ~。そんであいつは昔からああなのか」


「昔からああなんだよこれが…。中学のときも中々だったけど、高校に上がってからはさらに加速してるね。でも、友人とは言えどもその色恋沙汰に口を出すのも変な話だしね。その結果、外部に迷惑が及んだ場合こういうわかりやすい罰則を与える決まりになってるわけ」


「大変だな…」


「大変なんですよ…」


 とほほ…という擬音が聞こえてきそう表情の隼平に、同情たっぷりにそう言いながら肩をポンポンと叩く。

 苦労してるんだな、こいつも。苦労の種類は全く違うけど何か親近感湧いてきたな。

 お互いに苦労の絶えなそうなこの一年を乗り切ろうぜ、隼平。



 そして、数分後。


「あっ、あれはマジのやつだね」


 先程の指摘通り、更に何セットか後の腕立て伏せで声もなくバタリと倒れた彰を見て隼平が呟く。

 傍から見れば完全に事故映像である。


「よし、葦山さん。冷えたスポーツドリンクで彰を甦らせえるとしようか」


「いや、それで甦るのかよ。――ったく、単純なやつだな」


 そして、からりと干からびた彰の元へカラリと笑い合いながら俺と隼平は近づいていったのだった。


 これにて禊――完了。


 

 ――そして、俺はこのとき気付かなかった。

 

 隼平と仲良くベンチに座り彰の罰を見守っていた俺を憎々しげに見つめていた女子生徒の存在に。

 ループの足音が俺に再び忍び寄ろうとしていた。


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