Mission-36 『中止と罰とレクレーション』
猫寺はバイトに行き、猫はどっか行った。
てなわけで、俺はまた一人になってしまったという訳だ。
そんな一人と一匹が帰った今でも変わらず中庭の渡り廊下に座っていた。
本来ならばさっきまでの校舎内散策に戻るのが自然なのだろうが、一度腰を落ち着かせてしてしまったためこのまますぐに立ち上がり歩き出すのが億劫になってしまったからだ。
まぁ、何も考えず動かずにボーっとするだけの時間も必要だしな。
このまま体育館から微かに漏れる音をBGMにでもして、ちょいと一休みするか。
どれくらい時間が経っただろうか?
「ふーっと、な」
ちょうど数分前に部活動説明会で吹奏楽部の番でも回ってきたのだろう。
体育館から聞こえてきている音が確かな音楽に変わり始める。そして、それが終わり今度は音楽が拍手の音に変わったところで俺は立ち上がった。
「よし」
同時に俺はおもむろにカバンの中からあるものを取り出した。
それは体育用のハーフパンツ。結局今日は今まで穿かなかったが念のために家を出るときにカバンに入れてきたものだ。
それを周囲をキョロキョロと見渡して人の視線が無いことを確認した後にゆっくりとスカートの下へと身につける。
「ふぅー、やっぱズボンだと落ち着くなぁ」
数時間ぶりくらいのズボンの感じは中々に素晴らしい。
というか女子はよくスカートのこの感覚が大丈夫だよな。やっぱ昔から穿いてる慣れかな。まぁ、そりゃそうだ、十八年間着たことなかった種類の服をいきなり着れば違和感あるか。
…いや、俺の場合は十八年間じゃないな。大昔、可愛い可愛い言われて身内にスカート穿かされたことあるんだった…。
あー、余計な忌まわしき記憶を思い出しちまった。忘れよ忘れよ。
よし、話を戻そう。俺がスカートの下にズボンを穿いた理由はというとそれは単純明快だ。
ボーっとして何もしない時間が続いてから、動きたくなったわけだ。
我ながら何とまあ本能で生きていることかと、思わなくもないがしょうがない。こういう人間性なんだから。
というわけで学内散策はこれにて中断。
まぁ、結構歩いたしそこそこ学内構造も把握できたから及第点くらいはあるだろう。あとはまたの機会にってな感じで。
「よし、行くか」
そうして立ち上がった俺は昇降口まで歩き出した。
ちなみにここでもひとつやることを済ませる必要がある。
クラスがわかったことで下駄箱の位置もわかったからだ。
朝適当なところに入れた靴を回収し、三年一組の下駄箱まで移動する。
「えーっと…、おっ、あったあった」
思った通り、そこには『葦山蒼葦』と書かれた下駄箱があった。
そこに上履きをしまって、手に持った靴を履く。
よし、これで後は準備完了。あとは目的地に向かうだけだ。
そうハーフパンツを穿いたのは運動がしたいから。そして、学校で運動といえば部活だ。部活動説明会に出ているやつら以外はおそらく普通に部活やってるだろうから、つまり俺はそこにできれば混ぜてもらいたい的な腹積もりなわけよ。
本命はサッカー部だな。多分、隼平は説明会だろうけど、彰の方はいるだろうからスムーズに話が進みそうだしな。
そんなことを考えながら昇降口を出ると、
「おっ」
いきなり前方を男子生徒が走って通過した。
運動着なことからおそらく外周でも走ってるんだろう。この学校の外周っつーと結構距離ありそうだし、走り堪えありそうだな。
何部だろ?
「って、彰?」
しかし、その疑問の答えはすぐに目の前に現れた。
「うりゃあああっ!」と叫びながら、結構なスピードで俺の目の前を見知った顔が通り過ぎたのだ。ちなみに俺には気づかなかったようでそのまま見る見る背中は小さくなっていった。
つーかはえぇな、あいつ…! どう考えても長距離走るペースじゃねぇぞ。
ん? でもちょっと待て。彰が走ってるってことは、
「あれサッカー部か~」
…さて、いきなり出鼻を挫かれちまったぞ。
俺の前を次々とサッカー部と思われる男子生徒が走っていく。つまり今は外周の時間なわけね。こりゃ参加は望み薄だな。
うーん、サッカー部がダメとなると、どーすっかなぁ…。とりあえず一度校庭見てみっか。
ここで考えていても仕方ないのでそう結論を出すと、俺は再び歩き出した。
そんなに昇降口から校庭までの距離は無かったため、すぐ校庭に辿り着く。
「あれ?」
当然学校がでかけりゃ、校庭も同じくでかいものだ。マジでサッカーも野球も陸上も他の部活も一緒にできんじゃねぇかってくらいのでかさだ。
まぁでも今はそこではない。俺が驚いたのはでかい校庭の中にあるでかいサッカーグラウンド、その中にサッカー部と思しきやつらがいたのだ。
ん? じゃあ外周走っていたやつらは何だったんだ?
そう疑問に思いながらも俺はそのサッカーグラウンドへと近づいていく。
すると、その二十人ぐらいのサッカー部員の中に見知った顔を一つ見つけた。
「おーい、隼平!!」
少し遠めだがそう名前を呼ぶと、隼平はこちらを振り返って少し驚いた様に手を上げた。
俺も片手を上げると、そのまま隼平の前まで小走りで到着する。
「もう説明会ってやつは終わったのか?」
「ん、ついさっきサッカー部の紹介は終わったよ。それでこれからは入部希望者の向けにちょっとレクレーションの試合でもしようと思ってね」
「ほぉ~、そりゃ面白そうだな」
「うん、本来なら面白いはずなんだけど…今ちょうど困りごとの真っ最中でね」
言葉を濁す様に隼平が苦笑する。
その苦笑とここに集まっているサッカー部の人数から何となくだが俺は状況を察した。
「あれか? 走ってる連中絡みか?」
「鋭いね、その通り。説明会の間は通常練習をしててくれって言っておいたのに、来てみたら情けないことに勝手に試合をしててね。それも全員ノリノリで。というわけで、残ってた部員全員おしおきの外周コースとなっているわけ」
「アホだなぁ…。まぁ気持ちはわからんでもないけど。で、その結果レクレーション試合の人数が足んなくなったと」
「恥ずかしい話ね」
そう言って隼平が頬をかく。
確かにそれは彼らにとっては困りごとだろう。しかし、同時に俺にとっては待ってましたとばかりの状況だった。
なぜなら俺は体を動かしたくてここに来たんだから!
「じゃあさ、代わりに俺を混ぜてくれよ。運動したい気分なんだ」
「…え?」
そう俺の意気揚々な言葉に隼平がポカンとした声を漏らした。