閑話 ユーニャの思い 後編
前回よりもより踏み込んでしまっています。
セシルがいつも使っている書斎のドアを開けると、広い部屋の真ん中に応接セットが置かれ、その奥にある執務机が目に入る。
部屋の両脇には天井近くまで備えつけられた本棚が並び、いくつもの資料や本が置かれている。
その中にはカーバンクルとヴィーヴル商会の売上推移や雇い入れた者達の情報もまとめてある。
それぞれの店の資料を取り出してセシルの執務机に置くと、いつもセシルが座っている椅子に腰掛けて資料を読んでいく。
パラリパラリと、恐らくモルモさんが上げた報告書と試算表を読んでいく。
最初の頃は毎週報告していたせいで細かい数字がたくさん並んでいるものの、二カ月くらいした時にセシルから月一で良いと言われ、更には利益の一部を使ってより儲けられそうなところへ投資するよう指示されたので、それからはランディルナ家に入れるお金も減っていってる。
その代わり、どこにどれだけのお金を注ぎ込んだかを細かく報告しているせいで紙の量は減っていない。
何せどんな商売でどんな人がやっていて購買層までも報告させられる。確かカンファさんは店にではなく貴族や芸術家、発明家にまで手を出していたので私の比じゃないはず。
けれどその報告書一枚一枚にセシルの手書きで注釈がつけられている。それは商品の詳細だったり、店主の考え方だったり、報告内容が足りないものを全て書き出してあった。
やたらモルモさんに細かく指示されるなと思っていたら全てセシルの差し金だったんだね。
確かにセシルは私にあんまり強く物を言わないからモルモさんを通じて伝えているのだろうけど、このくらい直接言ってくれていいのに。もっと話がしたいのに。
カーバンクルの報告書を読み終わると続いてヴィーヴル商会のファイルを開いた。
…うん。私の物とは数字の大きさが違う。
報告書の中身もかなり濃い。
さすがだなぁ…。私なんてまだまだだよ。これだけ書けばセシルも納得しちゃうんだね。
というかなんでセシルは国民学校商人科を出た私よりも商人の知識があるの? 貴族院ってそんなことまで教えてるの?
「はぁ。…セシルが理不尽なのは、今に始まったことじゃないかぁ…。…あれ?」
ヴィーヴル商会の報告書に途中から見慣れない物が混じり始めた。同じヴィーヴル商会なのに報告書も試算表も別にしてある。
そもそもこの『会員店』って何? 二号店か何かなの? 私聞いてないんだけど?
「…なんか商品も見たことない名前のものばっかりなんだけど…。『ローター』? 『張り型』? 『装着型』? なにこれ?」
セシルの言うことはたまによくわからない言葉が混ざるし聞き取れないこともあるけど、これもその一部なのかな?
それにしても…単価がすごいね。この『パイルドライバー』って何かわからないけど、一つ白金貨五十枚もするのに月に十個以上売れてる。
あ、こんなとこにメモがある。
『引き出しに封印した物の出番は近いか?』
何のことかな?
私は悪いと思いつつも執務机の引き出しを開けてみた。
一番上には王宮提出用の白紙が入っている。提出先、題目、内容、日付なんかが書いてある同じ紙が数十枚。その下にはインギスさん用の物もある。そして。
「ひっ?! …こ、こここれって…」
そこにあった『物』は彩りの豊かな宝石の塊だった。
何度か見たことがある、魔物で出来た宝石でフォルサイトと呼ばれている宝石だ。
けれどその塊はただの塊ではなかった。
自分の心臓の音が聞こえるんじゃないかというほどドキドキしている。すごくいけないものを見てしまったような。
けど、すごく嫌な物にも見えた。寒気がするような。頭の奥底で、強く拒絶するような。
所謂、男性のアレを模した『物』だった。
セシルが宝石好きなのはすごくよく知ってるけど、まさかこれも宝石で用意しちゃうなんて。…あれ、じゃあ封印してたのがこれってことは、二号店で売ってる商品もこういうのに関係した物ってこと?!
セシルが、そういうことに興味あるなんて、知らなかった…。いや、うん。同い年なんだし、別に変なことじゃないよね。私なんて毎日セシルのことを想っては大変な思いしてるんだし。
ひょっとしたらセシルも、毎日じゃなくてもたまにそういうことしてるのかな?
宝石で作られたソレを持ちながら、セシルが毎晩そういうことに励んでいると思うと、妄想が、どんどん止まらなくなってくる。
まずい。そんな風に考え出したらムズムズしてきちゃった。急いで部屋に戻って鎮め…。
そんな風に考え出したところでふと、私に目にセシルの私室へと繋がるドアが目に入った。あそこは私室と言ってもベッドとテーブルが置いてあるくらいで、他は全て観賞用の置物ばかり。置物なんて言えば庶民的に聞こえるけど全部宝石に関係するものばかり。びっしりとアメジストが詰まった岩や巨大なアクアマリン。他にもフォルサイトで出来た鳥型の魔物や獣型の魔物がそのまま置かれている。あれだけでも一般人が一生豪遊して過ごせる一品なのは新興とは言え今一番勢いのある貴族家当主だけのことはある。
クローゼットもあるけど、夜会用の服くらいしか無い。
そしてステラもセシルが視察に出てからは入ることもない、よね?
導かれるようにフラフラとドアに向かうと誰に聞かれるでもないはずなのになるべく音を立てないようにそっとドアを開けてセシルの私室へと忍び込んだ。
魔物の置物はちょっと作りが精巧すぎて怖いけど、それ以外は窓から月明かり差し込むばかりのとても静かで落ち着いた部屋だ。
そのままゆっくり歩いてベッドまで行くと倒れ込むように布団へと飛び込んだ。毎日ステラが交換しているはずなのに、少しだけセシルの匂いがする。
ベッドの上で泳ぐように体を動かして枕まで辿り着くと、そこに顔を埋めて思いっきり息を吸い込んだ。
「はぁ…セシルの匂いだ…。すぅぅぅ…はぁぁぁぁ、すぅぅぅぅ…」
いけない。もう止まれそうにない。
ガチャガチャと両手両足につけられたセシル曰わく『拘束具』を外して床に置くと、もう一度枕に顔を押し付けた。
そしてそのままの格好で自分の手を下に伸ばして、スカートを捲り下着の中に滑り込ませるまでは全く躊躇しなかった。
うん。我慢だよ私。これ以上は駄目。
何とか二回で落ち着けた私を褒めてあげたい。
そのままハンカチで汚れてしまった手を拭いて布団の上で丸まっていると、何だかセシルがすぐ近くにいてくれるような錯覚さえ感じられる。
あぁ、やっぱりセシルに会いたいなぁ…。
そんな私の思いが通じたのかはわからない。
けれど、いきなり部屋の中に濃密な魔力が流れ込んだと思ったら一番聞きたかった人の声が響いた。
「…うん、成功かな? 二人とも問題ない?」
「ちょっと酔いそうになったくらいのもんやな。後は何もないで」
「俺もだ」
そこにはセシルがアイカさん、クドーさんと共にいきなり現れていたのだった。
「セ、セシル…?」
「へっ? ユーニャ? ……なんで私の部屋に?」
頭を傾げるセシルと私が見つめ合っていると、アイカさんはクドーさんの腕を取ってニヤリと、いやニタリと笑った。
「ほほん? ほなウチらこれからちょーっとやることあるさかい、また明日の朝になぁ。ユーニャ、これ貸したるわ!」
そう言って私に放り投げてきた小さなポシェットを受け取った。何が入ってるのか気になるけど、今はそれよりセシルが目の前にいる。
「…アイカってば、相変わらずだなぁ。あれじゃクドーも大変だよね?」
「セ、セシル…」
「うん? どうしたの? というか、なんで私の部屋に?」
セシルは『装着』と唱えると、いつも屋敷で着ている服に着替え、私のすぐ近くに腰掛けた。
月明かりしか入ってない部屋だけど、すぐ近くにいてくれるおかげでその顔がとてもよく見えた。
あぁ、セシルだぁ。
「まぁ、細かいことは聞かないけどね。私がいなくて寂しかった、とかかな? なんて」
えへへ、といつものようにちょっと困った顔で笑う。
前よりもちょっとだけ大人っぽくなったセシルだけど、そんな仕草は昔からちっとも変わっていない。
いつも私が困った時には駆けつけてくれる。私の大好きな人。
「うん。すごく、寂しくて…。ここならセシルの匂いがして、セシルがいてくれるみたいな気がして。でもセシルがいなくて、寂しくて、セシルが…。あの…セシルね、私ね!」
「どうどう。ちょっと落ち着いてユーニャ。寂しい思いさせたのは申し訳ないけど、今はここにいるからゆっくり話そうよ。ね?」
そして靴を脱いでセシルもベッドに上がってくると、私のすぐ隣へとやってきた。
…さっきちょっとしちゃったけど、まさか匂いとかしないよね? バレてないよね?
僅かな衣擦れの音がしてセシルが私の横に寝転がった途端、ふわりと髪から花の香りがしてきた。
「ふふ。昔、ちっちゃい時に何回かこうして一緒に寝たことあったよね。なんだかちょっと懐かしいかも」
「私を盗賊から助けてくれた時も添い寝してくれてたってアイカさんにも聞いてるし、何度か手を繋いで一緒に寝てくれたでしょ?」
「あー、まぁそうなんだけどね。こんな風に穏やかに寝ていられるのはってことで」
頬を掻きながら言い訳してくるけど、やっぱりいつものちょっと困った笑顔だった。
こんなにすぐ近くにいると私の心臓のドキドキがどんどん大きくなっていく。ひょっとしたらこの音聞こえてるんじゃないかって心配になる。
「けど、卒業してからユーニャも一緒に住んでくれて良かったよ。いろいろ、いっぱい助けてもらってるし。これからもよろしくね」
そっと私の顔にセシルの手が添えられた。
いつも剣を振るっていたはずなのに、その手は痛むこともなくすべすべで柔らかいままで、とても安心する。するけど、それ以上に私の思いが抑えこんでおけなくなってきた。
だから、その手を取ってセシルに覆い被さって組み敷いてしまった。
「ユーニャ? えっと…まだ怒ってる? 寂しくさせたのは謝るけど、一応仕事だし…」
「怒ってないよ。会えてすごく嬉しい。でも、もう私が我慢出来ないの。ずっと好きって言ってるの知っててこんなことされたら我慢なんか出来るわけないよ?」
「え、あ、いや。ちょっ、ユーニャ? あの、その、ね? こういうことはもうちょっと待ってほしいっていうか…もう少し大人になってからでもいいかなって…」
真っ赤になって動揺しているセシルはすごく可愛い。本当に嫌なら無理矢理私を跳ね退けることくらい出来るはずなのに、そんな素振りは全くにない。
言い訳ばっかりしてるけど、きっとセシルだって本当はそんなに嫌がってなんか無いに違いないよ。だって貴族には同性愛者が多いって聞いてるし、セシルもそうなっちゃったに違いない。
「もう私達成人してるよ。それに私もずっと我慢して待つつもりだったのに、セシルにこんなことされたら無理だよ…んっ」
「え、ちょユー、んんっ?!」
ちょっと無理矢理だったけど、ついにセシルにキスしてしまった。してしまったし、セシルも全然抵抗してないんだからもう出来る限りしてしまっていいってことよね?
合わせた唇を少し開けて舌をセシルの口へと差し出すと閉じられた歯に当たってしまってそれ以上進めない。押し付けるように唇を合わせているせいで時々お互いの歯が当たってガチガチと音がしていたけど、ようやくセシルも少しだけ口を開いてくれたのでお互いの舌を絡ませることが出来た。
ピチャリ、ピチャリと暗く静かな部屋でそんな水音がしばらく響いていた。
「ぷはぁ……はぁはぁ。セ、セシル…」
「はぁ、はぁはぁ…ユーニャ…だ、駄目だよ…? 私まだ、心の準備が…」
「…うそ。だって、机にこんなの入れてたじゃない…」
私はこっそり持ってきて枕の下に隠していたソレをセシルの目の前に突き出して見せた。
「えっ?! って、それは、その…えっと……ね?」
「だから、私も今心の準備するから。セシルも今準備しよ? ね?」
「『ね?』ってそんな可愛く言っても駄目だってばぁ…」
「あぁ…嬉しい。セシルに可愛いって言ってもらえる日が、来るなんて」
「いや、ユーニャは前から可愛いって。だから、ね? 今は止めよ? ね?」
「でもセシルの方が私よりもっとずっと可愛くて格好いいよ。だからもう、止まれないの」
セシルと会話しているのはすごく楽しいけど、いつまでもこのまま前に進めないのは拙い。だから何か言いかけたセシルの唇をもう一度自分の唇で塞ぐと彼女の柔らかい体を触りながら少しずつその身を包む服を脱がしていく。
また静かな部屋に水音と衣擦れの音が響いていく。
けれど夜はまだまだこれからだから。
今日は私達にとって素敵な、忘れられない記念日になる。
今日も読んでくださってありがとうございました。
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