第274話 ディックがやってきた!
ユアちゃんのダンジョンで話をした日、オリジンスキル『ガイア』の検証をしてからアイカ達と合流してから私達は屋敷に戻った。
結論から言うと、ガイアは確かに魔物を宝石や金属、鉱石に変える能力だった。私が望んだ宝石に変えることも出来れば、何もしなければランダムだったけど一番多かったのは『フォルサイト』だ。
ずっと前にカンファさんのお店で買ったことがあるので持っているのだけど、確か当時も魔物が宝石になったもの、と言われていたはず。さすがに冗談だろうと思って聞いていたけど、どうやら本当だったらしい。
私が購入したものはどうしてフォルサイトになっていたのかわからないけど、強い魔物ほど美しいフォルサイトに変わる。
表面はオパールのような虹色を讃え、宝石自体の色は一体の魔物でもいろいろ変わる。なので場所によってはバイカラーのようになっていることもザラにあるのだけど、それこそ三色、四色重なっていることすらもある。
サファイア、アメジスト、ルビーのようなグラデーションになった宝石はその場でカットして手の平サイズのルースにしちゃったくらいの極上品でした。ご馳走様です。
何よりも脅威度S相当の魔物だと色も濃く、透明度も高い非常に美しい宝石だけど、それよりも魔石として活用した場合だ。
例えばBB弾くらいのサイズの水晶を魔石にした場合、内包魔力は最大で百万くらいだけど、脅威度Sの魔物のフォルサイトの場合はそれだけで一億近くの魔力を込められる。
なので屋敷の地下に設置してある巨大水晶を同じサイズのフォルサイトにしてしまえば百倍近い容量の魔力を蓄えておくことが出来ることになる。
もし変更するとなればステラとも相談しないといけないし、そもそも可能かどうかという問題もあるので一旦保留することにした。
この私の欲望の権化であるオリジンスキルガイアだけど、勿論問題もある。
それは、信じられないことに…消費魔力が百億もあるということ…。
私ですら二回使ったら魔力がほとんど無くなって魔渇卒倒を起こしそうになったほどだからね。
好きなだけ使えるわけじゃないから使いどころを考えないといけないよね。
ちなみに今日一番の収穫はブラックドラゴンをフォルサイトに変えたものです!
全長七十メテル。全高四十メテル。超巨大なドラゴンがブレスを吐き出した瞬間にゲンマを使って宝石化したので見応えも抜群すぎる一品です。
大きすぎて飾るところがないのがとっても残念だよ。
他の小さなものはいくつか欠片にして持ち帰っているので、今夜の私の相棒だよ!
じっくりねっとり可愛がっていただきますしちゃうよ!
ダンジョンから戻った後もしばらくは時間を見てユアちゃんのところに通って魔力や転生ポイントを譲渡していた。
それはメルからアドバイスされた通り、件の時空理術の魔導書を譲ってもらうためだ。
MPだと〇・〇一のレートではあったけど私の有り余るMPなら余裕!
…と思っていたんだけど、どうやら一日で百万くらいまでしか受け付けてくれないらしくて毎日一万ずつしかダンジョンポイントが貯まらなかったんだよね。
そこで転生ポイントを試したところ、こちらは制限がなかったため毎日脅威度Sの魔物を百匹ほど倒してからその稼いだ転生ポイントを譲渡することで諸々合わせて毎日百二十万ずつくらい貯めることが出来た。
そんな生活を続けながらしばらく経った日。
「やっと今日が来たよ…。どれほどこの日を待ち侘びたか…」
「そうですな。セシーリア様がこの日が楽しみすぎて日捲りカレンダーを作り始めた時は私も祖父にでもなった気持ちで眺めておりました」
「セドリック…孫いっぱいいるでしょ」
「それはそれ、これはこれでございますので」
穏やかな笑みで庭を見つめる彼の横顔を見ると本当に楽しみにしていただろうことはよくわかる。
今日はようやくディックがクアバーデス侯爵の領主館からこの屋敷へと来る日だからだ。
本当に、ずっと待ってたよ!
庭にあるガゼボでゆっくりお茶を飲んでいると門からオズマが走ってくるのが見えた。
彼もそれなりの冒険者ではあったけれど、ここに来てからミオラやリーアにしごかれて最近はまた少し実力を上げている。
もう少し強くなったらクドーに言って新しい武器を渡してあげてもいいかなと思っている。
ちなみに使ってる武器は槍なのでミオラからの指導は常に熱が入っているみたいだ。私と訓練した時は早々にダウンしてしまったのが尾を引いているんだけどね。ミオラから「そんなことでセシーリア様をお守り出来ると思ってるのか!」って怒られてたもん。
「セシーリア様! ディッカルト様がご到着されました!」
「わかった。すぐ行く」
オズマが呼んだ『ディッカルト』とはディックに付けた貴族名だ。
駆け出して迎えに行きたい衝動を抑え、努めて冷静な声で返事をしたのは後ろにセドリックが控えているからだ。
なるべく普段から当主らしい振る舞いをするようにと口うるさいからね。正論だからちゃんと従ってるけど。
そしてオズマとセドリックを連れて門まで歩いていくと、そこにはちょっと良い服を着て馬車から下りたディックが所在無さげにキョロキョロしている姿があった。
「ディッカルト、遠くからご苦労」
「ねえっ…セシーリア姉様のお呼びであれば苦労など、ありません」
ディックも必死に私へ駆け寄りたい衝動を我慢している節がある。
でも今は他の人も目もあるし気を抜いて良い相手なのかどうかわからない上に私が貴族としての対応をした為に、それに追従する形を咄嗟に取ったのだろう。
頭の良い子だよね、本当に。
「ゼグディナス殿、道中の護衛感謝する」
「はっ。クアバーデス侯より自身と同じように対応する旨窺っております。つきましては主人より手紙を預かっております」
私はセドリックに視線を向けて受け取らせると、早速彼等を歓待するために屋敷の中へと招き入れた。
護衛をしてきたのはクアバーデス侯爵領騎士団の精鋭が十名。勿論全員知ってる…というか少なくとも数十回は叩きのしている相手ばかりだ。
「ゼグディナス殿とディッカルトは私と共に来ていただこう。騎士団の諸君は疲れた身体を休めると良い。セドリック、案内を頼む」
私が指示するとセドリックは恭しく頭を下げて騎士団の面々を連れて屋敷へと入っていった。とりあえず先にあちらを遠ざけておいた方が私も気が楽だからね。
「…お疲れ様、ディック。ごめんね、呼び寄せるのが遅くなちゃって」
「うぅん、ねえねも大変だってクラトスさんに聞いてたから大丈夫」
少しだけ屈んでディックを招き寄せるとそっとその身体を抱いた。そのまま頭を撫でてあげるとディックも私の背に手を回してぎゅっと力いっぱい服を掴んできた。
体格はあまりよくないけど、頭は良い子だからきっといろいろ気を使ってたところもあるかもしれない。ここでなら羽を伸ばせるだろうし、しばらくはしっかり甘やかしてあげないとね。
「…セシ…ーリア様? そろそろ案内を頼みた…お願いしたいのですが…」
「ぷっ…。もう周りには誰もいないから普通に話していいですよ、ゼグディナスさん」
「……はぁあぁぁぁぁぁぁぁっ…。いや助かった。もしセシル嬢が貴族になったことで突然偉そうにし出したんだとすれば昔のように話すわけにもいかんからなぁ」
「私がそう簡単に変わるわけないでしょ」
「…違いない」
そう言ってごつい顔をくしゃっと歪めて笑った彼と一緒にしばらく笑い合うと、私はディックの手を引きゼグディナスさんと三人で屋敷の中へと入った。
ゼグディナスさんを応接間に通して寛いでもらい、その間に私はディックを用意しておいた部屋へと案内した。
「ここがディックの部屋だよ」
「うわぁ…。領主様の屋敷でも立派な部屋だったけど、ここはもっと広いね!」
「領主館ではどこに泊まってたの?」
「前にねえねが使ってた部屋だって聞いたよ? ファムお姉ちゃんがすごく優しくしてくれたよ」
あぁファムさんね。
きっとディックに私の影を見て必要以上にお世話していたに違いない。
私のディックをお世話とかけしからん…いや、ありがたいね。今度お邪魔する時には十分なお土産を持ってお礼しないと。
「それじゃ荷物の整理をしたら用意しておいた服があるからそれに着替えてくれる?」
「この服じゃ駄目なの?」
「うぅん…ディックも貴族になるからね。ちゃんとした貴族服を用意しておいたんだけど…着たくないかな?」
「そんなことないよ。ねえねが用意してくれた服ならちゃんと着るよ」
「ありがとうディック。あ、それと紹介しておくね。ステラ」
「はい」
私が彼女の名前を呼ぶとステラは何もないところからすぐに姿を現した。
「彼女はステラ。この屋敷のメイドなの。家事は何でも出来るから困ったことがあったら、私かステラ、それとさっきいたセドリックに言ってね」
「初めましてディッカルト様。セシーリア様よりご紹介いただきましたステラと申します。セシーリア様にはディッカルト様を自分と同じように扱うよう言付かっておりますので、どうぞ遠慮なくいつでもお呼びください」
「ねえね…今、このお姉ちゃん、いきなり、出てきた…ような?」
「すぐ慣れるから大丈夫だよ。それじゃステラ、ディックの着替えを手伝ってあげて」
「畏まりました」
ステラにディックの着替えを任せると私は彼の部屋から出ていくことにした。
いくら血の繋がった姉弟といえど年頃の男の子の着替えを見るのは女子としてあるまじき行為だからね。後ろから一人で出来る、そんなに見たら駄目、とか聞こえるけど羨ましいとか思ってませんとも。
…思ってないよ?
「ゼグディナスさん、お待たせしました」
「おぅ、寛がせてもらってるぞ」
応接間に戻ってきた私はゼグディナスさんに向かい合う席に腰を下ろした。
そこには既に騎士団の案内から戻ってきていたセドリックが控えており、すぐに私の分のお茶を用意するために動き出した。
「というか、セシル嬢? 俺に対して敬語で話す必要はないからな?」
「あははは…なんか癖でつい。じゃあこれからそうするよ」
「まぁ俺もいつまでも『セシル嬢』なんて呼んでちゃいけねぇがな」
「公式の場じゃなければ好きにしていいよ。それにしても本当に遠くからお疲れ様でした」
「それが仕事だからな」
私はセドリックが用意してくれたお茶を一口飲むとテーブルの上に置かれた手紙が目に入った。
さっきゼグディナスさんが持ってきてくれたクアバーデス侯からの手紙だ。いつまでも後回しにするわけにもいかないから今この場で読ませてもらおう。
魔法の鞄ではなく亜空間庫から小さなナイフを取り出すと封蝋を外して中の手紙を抜き出した。
「えぇっと……。うん、なるほどね」
「セシル嬢、なんて書いてあったんだ?」
ざっと目を通したところで手紙を畳んで封筒の上に置いたところで、中身が気になったゼグディナスさんが声を掛けてきた。
普通は貴族同士の手紙の中身なんて聞かないのに…あんまり余計なことを知りたがってるとどこかで痛い目を見るよ? 今回のは特に問題のない、とても安全な手紙だったけどさ。
「うん。村の人達全員の埋葬ととりあえずの墓地が出来たっていう報告。だから今度ディックと一緒に墓参りでも行ってこいってさ」
「あぁ…大分セシル嬢のことを気にしていたからな。報酬も渡さずに済んだし、相当ご恩に感じておられたぞ」
はは、と乾いた笑いを返しておいたけど、別に今もお金に困ってるわけじゃないしね。
ここの使用人は全員が住み込みで食事付きということもあってかなり賃金が安く済んでいる。具体的には毎月白金貨五枚くらい。
叙爵する時に貰ったお金だけでも五年は何もしなくても彼等に給料を払い続けることが出来るしね。
現在は収入がないけど、それももうすぐ終わる。
「とりあえず、クアバーデス侯には近い内に伺うとだけ伝えてね。まだちょっと王都でやることがあるからさ」
「わかった」
「じゃあゼグディナスさんも部屋に案内するよ。セドリック、お願いね」
後は全部セドリックへと丸投げすると、ソファーに身体を預けて大きく息を吐いた。
さて…これでディックも迎えられたし、面倒な仕事だけを片付けていこうかなぁ…。
今日もありがとうございました。
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