第275話 ロジンとオズマ
クアバーデス侯爵領からやっとディックを迎えることが出来た。
とりあえずセドリックにディックの教育は任せているけど、勉強以外の時間はずっと部屋に籠っている。
というのも、ディックの部屋には魔道具を作るための設備をいろいろと設置したからね。
たくさん本もあるし、魔石だって相当な数を用意しておいた。たくさん勉強して自分の特技をしっかり伸ばしていってほしい。
勿論、貴族となったので礼儀作法や歴史、地理、文学、算術などの勉強もたくさんあるけどそれは今から頑張ればいいだけのこと。
体力作りはミオラ達に一任しているのでやり過ぎない程度に鍛えてもらい、自己防衛くらいは出来るようにしてもらうつもりだ。
あ、でも彼の貴族服はアイカ製で私の装飾品がいくつもついているので防御だけはとても高いよ!
多分脅威度Aくらいの魔物の攻撃くらいならあの服着てるだけで撃退出来るはず。
自重? 何それ美味しいの?
「さて…私は私の問題を片付けちゃおうかな」
「セシーリア様、こちらはいかがなさいますか?」
「うん…まぁ無視は出来ないよねぇ」
執務室の机の上に置かれた二通の手紙。
一枚は王妃様…シャルラーン様からの手紙。四日後にここにカリオノーラ様と一緒に来るとのこと。これはまぁいいや。前回のお茶会で仲良くなれたし、普通に歓待しよう。
もう一枚はミントウイェ伯爵から。
「ねぇセドリック。ミントウイェ伯爵ってどんな人だっけ?」
セドリックは元々アンジュイム伯爵として当主をしていたから王国内の貴族について明るい。
私も覚えなきゃいけないんだけど、興味が無さ過ぎて全然頭に入ってこない。
「ミントウイェ伯爵は財務大臣であるローレンス侯爵の補佐、副大臣を任されております。しかし清廉潔白なローレンス侯と違い、私腹を肥やすことにばかり熱心な男ですので他派閥の者からはかなり嫌われておりましたな。事実黒い噂の絶えない人物ですぞ」
「黒い噂って?」
「予算の横領、水増し。袖の下は一方通行。彼の屋敷には潤沢な資産で買い求めた財宝や美術品が溢れ、地下には違法奴隷が相当数繋がれているのだとか」
「え…奴隷って…そんなの見つかったらすぐ拘束されちゃうでしょ?」
「ですから全員を地下に拘束し、二度と日の目は見せないのだそうです」
「……昔からそういう貴族は一定数おります。違法奴隷など当たり前。他人が持っていて自分の持っていないものほど欲しくなる。実際ジュエルエース大公様の時代でもそういう輩が希少な宝石を求めて屋敷を訪ねてきたことはございます。中には無理矢理押し入ろうと門番を殺した者も…」
どの時代も持つ者のところにはいらない嫉み妬みが集まっちゃうんだろうね。
しっかしミントウイェ伯爵ってのは屑だね。
出来れば関わり合いになりたくない相手だけど…。
「そんな人がなんで私に招待状なんて送ってきたんだろ?」
「恐らくセシーリア様の身に着けておられる装飾品に目が眩んだのでしょう。そのどれもが王都では誰も持っていないような美術品とも言える神々しい輝きですので…それを欲してしまったのではと。あの男の考えそうなことですな」
「…そのような豚がセシーリア様の宝石を手に入れようなど烏滸がましい…いえ、価値の解らぬ豚が触れて良いものではありません」
お、おぅ…正に豚に真珠ってこと?
なんかステラが最近やたら私を崇拝してくるうえにとても攻撃的になってきてるね。
少しでも害意を見せた相手には容赦しないタイプなのかな。最近の私によく似ている気がする。
「『同じ伯爵として今後付き合いも増えるだろうから一緒に食事でもして仲を深めよう』…ってことだよね、これ?」
「ですな。食事に一服盛ることしか考えておりますまい」
「えぇ…そんなバレバレなことする?」
「ミントウイェ伯爵自身はそこまで頭の回る男ではありませんからな」
「短絡的な、典型的な屑ですね」
「うん、私もそう思う。ついでに言えばこんな招待は無視してもいいんだけどね。『都合合わずとならば私の心は月の無い夜を歩むが如く、身を裂かれる思いとなりましょう』って…これ絶対暗喩でしょ?」
暗喩ですらないかもしれないけど。
断ったら月の無い夜は気をつけろって…大昔の不良かよ。
「あともう一つ。ミントウイェ伯爵は今は凋落したゼッケルン公爵と強い繋がりがありましたので、セシーリア様を強く恨んでいる可能性が高いかと思われます」
「…あぁ、奴隷、かぁ」
なんでゼッケルン公爵家が潰れたことと私が結びつくのかと思ったけど、あの家は違法奴隷を扱っていたからだね。でも実際それをやったのはリードやババンゴーア卿、ミルルやニーヤ達だったはずだ。私がやったことはせいぜいその話をスムーズにするため、エイガンと決闘して勝ったことくらいなのに逆恨みもいいところだよ。
「屋敷の警備には問題ありませんので、主に外へ出られるセシーリア様とユーニャ様には当面護衛をつけましょう」
「…普段から私一人じゃ出掛けさせてくれないくせに…」
「何か?」
心配性のセドリックが護衛をって言ってるけど、私が屋敷の外に出る時は大体ミオラかリーアが一緒に来るんだよね。
けどこの王都、いや王国内に私を害することの出来る人物がいるとは思えない。
ユーニャでも普通の人間相手に遅れを取ることは考えにくいけど暗殺者とかに狙われたらわからない。なのでそこはロジンかオズマを護衛につけるようにしよう。不意打ちさえ防ぐことが出来ればユーニャには傷一つつけられないはずだしね。
ついでにお守りで毒とかの状態異常を防いでくれるような魔石を渡していつも着けているガントレットに入れておいてもらおう。
「あ、でも屋敷内でもディックには常に護衛をつけておいてね」
「承知致しております。分隊長を含めた二体を必ず側につかせております」
ふむ…。
それじゃとりあえずこの件はお断りっと。
シャルラーン様の方は四日後なのでステラにまたスフレパンケーキを用意してもらわなきゃ。
そんなことがあった二日後。
冬のアルマリノ王国。
今年はそれほど寒さはないものの、時折ちらつく雪に使用人達は襟を立てている。
今もリーアが当番の為に門へ歩いている姿が目に入ったけどさすがに寒そうだ。何か考えてあげた方が良さそうだなぁ。
特に昨夜は随分賑やかで忙しそうだったし、ご褒美の意味も含めてさ。
「おはようございますセシーリア様」
「おはようステラ。昨夜は何か変わったことでもあった?」
「いえ、特に変わった問題はございません」
問題ない、ね。
あれば報告してくるだろうし、ステラがそう言ってるなら気にする必要もないかな。
屋敷のすぐ外に堆く積まれた何かの山があるけどあれは問題のうちに入らないってことだもんね。
それから着替えを済ませて食堂へ向かうとそこには既に出勤前のユーニャがいて、今はカップを両手で持って温かいものを飲んでいた。
ちなみにあのカップはクドー作のアダマンタイト製。水をたっぷり入れたバケツと同じくらいの重量があるんだけど、その分非常に頑丈に作られている。
「おはようセシル」
「おはようユーニャ」
軽く挨拶を済ませると早速ステラが朝食を運んできた。
とりあえず一日の計は朝食から。しっかり食べよう!
今日の朝食は焼き立てのパンと蒸し鶏と葉野菜のサラダ、それとポトフにゆで卵。
前世の感覚からすると朝からかなり重いメニューだけど、ユーニャは私の倍は食べている。これには理由があって、ユニークスキル『暴力』を手に入れてから妙に燃費が悪いらしくすぐにお腹が空いてくるのだとか。
強い力はやっぱり何かしらの代償が付きまとうのかな。
「あ、そういえばセシル。今日は屋敷にいるの?」
「うん。明後日来られるシャルラーン様とカリオノーラ様を迎える準備もしなきゃいけないからね」
「どこかで時間取れるかな?」
「別にいつでも大丈夫だけど…どうかした?」
朝食を食べ終わってゆっくりとお茶を飲んでいるくらいだ。私はユーニャほど時間に拘束されているわけじゃない。
「カンファさんが話したいことがあるから時間の都合を聞いておいてほしいって言われてたの」
「うん? いつでもいいけど…なんだろう? じゃあ今一緒に行こうか」
「え…。…セシル、貴女は至宝伯家の当主なのよ? いくらヴィンセント商会が大きくても向こうが出向いてくるのが当然でしょ」
「あー…未だにそういうの慣れなくてね」
「あはは…まぁわかるけどね。それじゃカンファさんにはいつでもいいって言っておくね」
「わかった。ステラも覚えておいてね」
キッチンカートの隣に立つステラに伝えると彼女から了承の言葉を得られたので、それまでは好きにさせてもらおう。
そしてお茶を飲み終わったユーニャを玄関まで送りに行くと私自身は裏庭へと向かった。
広い裏庭に出ると真ん中でロジンとオズマがそれぞれ分隊長クラスのゴーレム相手に訓練しているところだった。無論、それを狙ってやってきたわけだけど。
「おはよう、二人とも。頑張ってるね」
「「セシーリア様! おはようございます!」」
なんだかんだしばらく過ごす内に結局身内での話し方が普通になってしまったのは仕方ないんだよ。
だっていつも堅苦しい話し方なんて出来ないでしょ。
…あれ?
「オズマ、槍の穂先が曲がってるよ?」
「え? うわっ?! 本当だ……嘘だろぉ…これ雇われる前に買ったばっかだったのに…」
「あぁ…分隊長クラスでもBランク冒険者達が普通に身に着けるような武具で出来てるからね。彼等のメンテナンスはクドーがやってるからちょっとくらいの不調も直しちゃうけど…。ロジンの剣もちょっとくたびれてる感じがするね?」
「…はい…けど、武器を買うのも馬鹿にならないんで…」
ふむ…。我が家の使用人達が仕事中に使う武器とあればそれはこっちが手配するのが筋というものじゃないだろうか。
警備の仕事はお願いする。しかし武器は持ち込みでって…ただでさえ身体を張る仕事をしてもらってるのに武器や防具みたいな消耗品を個人に負担させるなんて以ての外だ。
「ごめん…今まで気付かなくて。その壊れちゃった武器や防具の代金は払うよ。それとクドーに話して新しい武器と防具を用意してもらうようにするから、夕飯の後に時間を取ってもらえる?」
「え…いいんですか?! クドー様って…セシーリア様の武器を作ったすごい人なんじゃ?」
「クドーがすごいことは間違いないけど、使用人達が安心して振るえる武器を用意するのも福利厚生の一種かなと思ってね。クドーには話をしておくから、夕飯の後玄関ホールで待っててくれる?」
「わかりました! やったーーーーっ!!」
彼等は自分の持ってる武器を放り投げる勢いで大喜びしている。
クドーの武器を使ったら普通の店売りの武器なんて使う気無くなっちゃうからね。その分しっかり彼と打ち合わせしてほしい。
「さて、武器は後でなんとかしてあげるから…今は私と模擬戦でもしよっか」
「えっ……セ、セシーリア様と、ですか…?」
「うん。やっぱりちゃんとした訓練した方が成長しやすいからね。ゴーレムとの戦闘もいいけどここでの仕事は専ら対人戦になるはずだからさ」
「……は、はい…お、お手柔らかにお願い、しますぅ…」
それは保障しかねる。
それからしばらくの間、裏庭には彼等の悲鳴が響いていた。
起きてきたアイカが二人にポーションを掛けてあげるほど消耗しきったロジンとオズマだったけど、きっちり訓練させるために昼食の時間まで走り込みをするように言い渡しておいた。
ちゃんと追い込んであげないと成長しないからね!
うん…こういうことしてるとクアバーデス侯の領主館で騎士団相手にしごいてあげたのを思い出すなぁ…。もうちょっと良い人がいれば警備の人間を増やすのもいいんだけどね。
今日もありがとうございました。
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