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第231話 連鎖襲撃

 領主様の執務室の前に着くとドアは開かれたままで、中ではリードと領主様とで言い合いをしていた。


「父様! 騎士団は打って出ないのですか?!」

「ゼグスには魔物が向かってきている方向の門で防衛線を敷いてもらっている」

「我がクアバーデス侯爵領騎士団であれば魔物の集団如きに遅れを取るはずありません!」

「馬鹿を言うな。あれだけの数の魔物を騎士団が相手に出来るわけがない。町の住民を一人でも多く避難させるために門の前に陣取ってもらっているのだ」

「ですがっ!」


 私が部屋の外から中の様子を見ていることに気付いた領主様は嘆息を吐きながらも、目の前にいる息子の言うことを一つずつ否定している。

 人手が足りない今、少しでも使える人間を増やしたい。

 そのために納得させて協力してもらいたいのだろう。

 しかしリードはそんな領主様の心境をわかろうともせず、騎士団と自分達で何とか魔物を退治しようと思っているようだ。


「話の腰を折って申し訳ありませんが…」

「セシルか。応援を連れてきてくれたのは助かるが…自分の息子ながらここまで聞き分けが悪いとは思わなかった」

「それをこれから教育なさるのでしょう?」

「そうだな。…というか、お前も随分貴族に対する言葉遣いが身についてきたじゃないか」

「恐縮です。それより情報の共有をしていただきたいのです」

「あぁ。リードルディ、ひとまず攻勢に出ることはない。お前もまずは話を聞け」


 領主様は手のひらを突き出して尚も食い下がろうとするリードを制すると立ち上がって手ずから紅茶の用意をしようとした。


「代わります」

「あぁスマンな。えぇっと茶葉は…」

「領主様、私がやりますのでどうぞお座り下さい」


 寧ろ邪魔だから。

 執務室でクラトスさんが紅茶を入れているのを何度か見ていたのでどこに何があるかは大体把握している。

 ポットのあった戸棚の引き出しから瓶に入った茶葉を取り出すと魔法で熱湯を作り出してお茶の用意を始めた。

 私が三人分の紅茶を用意してソファに腰掛けるのと同時に領主は話し始めた。


「さて。まずは魔物がどこから現れたかは、ベオファウムに来るまでに見てわかってるな?」

「はい。南の大森林から溢れてきているようでした」

「そうだ。昨年セシルからも注意はされていたし、冒険者ギルドでもお前が金を出して調査させていたな」

「ですが多少魔物の数や強い魔物の出現があったくらいでここまですごい数の魔物が現れるとは思えません」

「…原因はわからん。だが現実の問題として今ベオファウムに大森林からは溢れた魔物が向かってきている」


 領主様はそこで一度紅茶に手をつけた。

 私とリードも同じように紅茶を啜る。

 さすがに貴族院でいつもリードに飲ませていたものより高価な茶葉を使っているようで、品の良い渋みが口の中に広がり鼻から華やかな香りが抜けていく。

 心なしか気分も落ち着いてくる。


「兆候はあったかもしれんがここ最近は調査の報告も上がってきておらず、そのため対応が遅れてしまった」

「調査報告が上がってこなかったというのは?」

「大森林に向かった冒険者達が全て魔物に殺された、と見ていいだろうな。騎士団の一小隊も向かわせたがそれも今から四日前だ」


 四日前に調査に行った騎士団が戻っていないなら、そっちも魔物にやられてしまった可能性が高い。

 普通は伝令として一人だけでも町に戻すだろうけど、それすらも出来ないほどにあっという間にやられてしまったか、伝令を出した後に追いつかれてしまったか、かな。


「わかりました。とりあえず過ぎたことを言っても仕方ないですし、これからどうするかを教えていただけませんか」

「これから、か。ひとまず王都へは使いを出した。陛下に王国騎士団を派遣してもらい、王都とベオファウムの間で魔物の討伐に当たる」

「ベオファウムは捨てるのですか?」

「…仕方あるまい…」

「父様! 私は反対です!」

「お前は黙ってろ!」


 領主様に怒鳴られたことでリードは一度挟んだ口を閉ざした。


「王国騎士団にあの数の魔物を殲滅出来るんでしょうか」

「出来なければ王国は滅ぶ」


 あっさり言ってのけた領主様だけど、その顔はしっかり青褪めている。

 自分の領地から出た魔物で王国が滅ぶようなことがあれば歴史に名を残すほどの大罪人と言っても過言じゃない。

 騎士団長はランクS相当と聞いてるし、脅威度Sの魔物がいても何とかすると思う。その代わり他の魔物とは戦えなくなる可能性が高い。

 オッズニス殿くらいの実力者がたくさんいれば脅威度Aの魔物までならある程度なんとかなるだろうけど、数万もの魔物を殲滅するにはあまりにも厳しい。


「セシル、お前も騎士団に合流して魔物の討伐に当たってほしい。リードルディ、お前は避難民と共に私の代わりに王都へ戻り陛下へと奏上し指示を仰げ」

「…父様は…どうされるのですか…」

「私は……ここに残る」


 その言葉を聞いたリードの顔は怒りとも悲しみとも取れるような複雑なものだった。それでも何も言わず、拳を強く握り締めたまま顔を伏せた。

 ホント、大人になったね。

 悲しいけど、それも領主としての役目だ。そのことをリードは貴族院で学んできたはずだから。


「ところでセシル、お前は村の様子は確認したか?」

「え? 村は領地の端ですし、大森林から溢れてきてるなら魔物の通り道じゃないですよね」

「…魔物は大森林の南東から王都方面へと向かっている。場合によってはお前の村にも被害が出ているかもしれん」

「…うそ……」


 私の呟きを聞いたか聞いてないか、領主様はそっと顔を背けた。

 うそ、嘘だ…。


「と、父さんや母さんから救難要請とか…」

「こちらですら魔物の発見が遅れたくらいだ。救難要請があったとしてもとても間に合わない、と思う」


 …確かに父さんも母さんも普通の人に比べたら強いけど!

 それはあくまでも一般人と比べたらの話。

 母さんの魔法だってすごかったけど、私みたいに馬鹿みたいなMPがあるわけじゃない。

 万が一の、最悪な事態を想像した私の身体はガタガタと震えて膝がテーブルに触れてしまった。


ガチャン


「あ……」

「…すまない。配慮が足りなかった。だが私も今は余裕がないのだ。許せ」


 領主様の言葉は私の耳には入っているものの、頭には全然入ってこない。

 村には父さん母さんだけじゃない。ディックもいるし、ハウルやキャリーもいる。いろいろ良くしてくれたおばさん達やいつも遠くの畑から挨拶してくれたお婆さんだって…。

 いや待って待って。

 いくらなんでもそんな大量の魔物が出てきたらみんなだってちゃんと避難するはず。それこそ今この時ですらベオファウムを目指して歩いているかもしれない。

 …そういえば前にハウルとキャリーに渡した御守りに位置登録(ポイント)を付与しておいたっけ。あ、ディックに渡した御守りにもだ。

 私は領主様やリードがこちらを見ていることも気にせず、彼等の居場所を探るべく魔法名を呟いた。


位置探査(サーチ)


 位置登録(ポイント)を使った場所や付与した魔石の場所を調べる魔法を使うと頭の中にそれがある場所の方向と距離が思い浮かんでくる。

 アドロノトス先生に貰った魔法書に載っていたものだけど、一般的な魔法ではないため二人とも首を傾げている。

 リードが横から「それは?」と聞いてきたけど、今はそれどころではないので無視させてもらう。


「…あった……けど…」


 ディックの魔石だけはダイヤモンドで作ったのでハウルやキャリーのものよりも反応が顕著でわかりやすい。

 そのため、ディックの持っていた魔石がまだ村にあることがはっきりわかってしまった。

 けど慌てて置いていったのかもしれない、よね?

 しかしハウルとキャリーに渡した魔石の反応は村から少し南に行ったところに一つと、逆に北西に半日歩いた場所あたりで見つけた。

 南にいるってことは魔物と戦ってる?

 自衛団なんだしそれもあり得る。まだ戦闘中なんて随分頑張って訓練したんだね。

 町から少し離れたところにあるものはキャリーが誰か家族に渡したものかな? あの子のことだからハウルについて一緒に戦ってるに違いない。

 盛大にわざと勘違いした私は自分でもわかるほどに顔から血の気が引いてることがわかった上でようやく口から声が出た。


「いか、なくちゃ…」

「いや…しかしセシル。お前の村まで馬車で四日はかかる。今から行っても…」

「だ、大丈夫です。わた、私飛べるし…」


 うまく呂律の回らない私をおかしくなってしまったと勘違いした領主様は両目を手で覆うと大仰に首を振った。


「父様、セシルの言うことは本当です。私はセシルに抱えられてここまで空を飛んでやってきました」

「だがあの村は魔物の集団の更に向こうだ。飛行型の魔物もいるだろうしいくらセシルといえど…」


 リードと領主様が話している間にも私はソファから立ち上がり、テラスへと繋がる窓に進んでいく。

 窓の向こうは避難を始める領民達がこぞって門へと歩いており、門の向こうにもかなりの人がいると思う。

 こんなところを魔物に襲われたらベオファウムの住民達はほぼ皆殺しになると言っても過言ではない。


カチャ


 そして私が窓を開けてテラスに出たところでようやくリードと領主様が話し合いを中断させてこちらを向いた。


「セシル?!」

「おい、まさか今から…」

「ごめんなさい。私行かなきゃ」


 後ろから二人が何とか止めようと声を掛けてきている気がするけど、それどころじゃない。

 普段よりもうまく魔法が使えないくらい動揺しているけど身体が浮き始めるとどんどん加速して空へと上がっていくことが出来た。

 上空から眺めると魔物の集団がベオファウムに近付いてきているのがよくわかる。

 そこまで速度があるわけじゃないけどこのままだとあと一日もすれば町に辿り着いてしまう。

 けど今はそれより村のみんなを、ディックや母さん父さん、ハウルやキャリーを助けなきゃ。

 自然と身体が村の方を向き、徐々に速度を上げて飛行していく。魔物の集団近くに来ると飛行型の魔物であるグリフォンやインプ、グレムリンなど襲いかかってきたけど光剣繊(レーザーブレード)で細切れでして他の魔物の餌になった。

 遠目にはギガースや天然物のゴーレムも見えたのでランクA冒険者相当の実力者がそれこそグロス単位で必要かもしれない。アルマリノ王国にそれだけの人数がいるかどうかはわからないけど。

 そうして飛行していくとようやく魔物の集団が途切れる。

 横目に見ればまだまだ森から溢れてきているので、あくまでも横切ったに過ぎないのだと思う。

 魔物がいなくなったことで飛行する高度を下げて、地面から十メテルくらいのところを飛び続ければ一つ目の魔石の反応がした場所までもうすぐ。

今日もありがとうございました。

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