第230話 クアバーデス侯爵領の危機
セシル視点に戻ります。
卒業まであと十日。
貴族院では卒業試験も終わり、その結果もそれぞれの生徒へと返された。
国民学校の卒業試験も同じくらいの時期なのでユーニャももう結果を受け取った頃だと思う。
「セシル、結果はどうだった?」
「ミオラ。はい、見ていいよ」
「ん、どれどれ……。…はぁ? 何よこれ!」
驚きというより最早怒りの声を上げるミオラ。
驚いたクラスメート達の視線を一身に浴びることになったけど、ミオラは全然気にした様子はない。
「何って、卒業試験の結果だよ」
「だから、それがおかしいって言ってのよ! 総合評価Sで総合一位って…従者クラスじゃ初めてじゃないの?」
レベルが上がってるせいか記憶力も前世に比べてかなり高く、歴史や地理の試験も楽勝だった。
戦術論なんかの成績は一位を取れていないものの講義系の学科試験の総得点は二千点満点中で十点しか落としてないので一位。
それに加えて訓練系の実技試験でも馬術や礼儀作法で少し点数を落としているものの、千点満点中で二十点近く落としたけどやっぱり一位。
二位がどれだけの点数だったかわからないけどカンニングだの、不正だのと騒がれるレベルを超えてるから文句のつけようはないだろうと思っている。
「はぁ…やっぱりセシルには敵わなかったかぁ…」
「ミオラはどうだったの?」
「総合二十一位よ。けど、結局まだ士官先の貴族様は決まってないのよね」
それはミオラが高望みしすぎだからじゃないの?
とは言わず「卒業までに見つかるといいね」とだけ話して私達は講義室で別れた。
ここまで来るともう卒業式までやることはほとんどない。
せいぜいが部屋の片付けくらいだけど、私はリードにも引越用の魔法の鞄を渡しておいたので前日に放り込んでしまえるし、最後の掃除も私の魔法で簡単に済ませられる。
魔道具も完成してアイカに渡したし、私の秘密基地はしばらくそのままにするつもりだから本当にやることがない。
あとは卒業後にどう動くかだけど、ひとまず故郷の村に戻って家族と少しだけゆっくりしたら王都に戻ってアイカ達と合流、それからヴォルガロンデを探す旅に出ることにしている。
世界のあちこちを回りながら宝石も探してヴォルガロンデを見つける。
それが終わったらユーニャとお店をやっていこうと思ってる。
なかなか良い人生プランじゃない?
英人種になったら寿命がすごく長くなっちゃうけど、最初に楽しい思い出がたくさんほしいもの。
講義室にいてもやることのない私は主人であるリードの成績を確認すべく貴族クラスのある校舎へと向かうことにした。
途中ベルギリウス公爵令嬢であるミルル…ミルリファーナの従者カイザックと少しだけ話して一緒にAクラスへと向かった。
この後はお昼ご飯を食べて自主訓練するくらいなので、少しくらい時間が早くても問題ない。
カイザックと二人並んで貴族クラスの廊下で端に寄って空気になっているとリードとミルルのいる講義室が騒がしくなった。
ガラッ
騒がしい声がした少し後にAクラスの担任が講義室から出ていった。名前は忘れたけどその先生は私達に一瞥をくれることもなく立ち去っていった。
貴族はわざわざ従者に見向きしないということを体現している先生なのであれはあれで良い手本なのかもしれない。
私はあんまり好きじゃないけど。
「セシル、待たせたな」
「カイザック、ご苦労様」
さっきの先生の背中を見送っていたら講義室からリードとカイザックが出てきた。
彼等ももうほとんど受けるべき講義がないので最近は自主訓練をするか図書館で自習するくらいで大半の時間を持て余している。
「リードルディ様、今日もよく晴れておりますので中庭で昼食のご用意を致します」
「あぁ、任せる」
リードが先に歩き始め、私はその後ろをついていく。
ミルルとカイザックは日差しが気になるようでガゼボで昼食にすると言って私達と別れた。
中庭に着き、適当なベンチに腰を下ろすリード。
しかし夏の暑さが気になる時期なので本来ならベンチもなかなかの熱さになっているのだが、私の持つ四則魔法の熱操作でベンチの熱を奪い、周囲の気温を過ごしやすい程度まで調整するとジャケットのポケットを改造した魔法の鞄から昼食セットを取り出した。
「どうぞ」
「あぁ、ではいただこう」
リードは渡されたサンドイッチを掴んで一口で半分ほどを食いちぎる。
ここに来た時は全部食べるのに何回も口をつけたのに今では大きくなったものだね。
「うん? どうした、私の顔に何かついてるか?」
「…いえ、大きくなられたなと思いまして」
あまりにじっくり顔を見ていたらリードに気付かれてしまった。さすがにちょっと恥ずかしい。
「そうだな…。貴族院に来て五年。早いものでもう卒業、成人だ」
「えぇ。リードルディ様は卒業後は領地へと戻り、領主となるべく今後も勉強の日々となられるでしょうが…既に一人前の男性です」
「一人前か…。結局セシルには一度も剣を当てられなかったがな」
自嘲的に笑うとリードは手元のサンドイッチから遠くの空へと視線を移した。
夏はまだ始まったばかり。よく晴れた青空に何を映しているかはわからないけど、全てが彼の思った通りの未来ではないということだろう。
「ふふ…卒業までまだお時間はあります。存分に挑まれてください」
「よく言う。私はまだお前に本気を出させてすらいないというのに」
ここしばらく毎日のようにリードは私に挑んできているけれど、その全てを完全にあしらっているので心が折れても仕方ない。
だからと言って手加減など絶対にしない。
それは最初から決まっているルールだからね。
「今や王国最強戦力と名高い金閃姫に全力を出させるような相手などいるのか?」
「そうですねぇ…。ここ最近ではあまり記憶にございません」
「だろう? まぁ最後まで諦めずに足掻いてやるさ」
そう言って半分やけくそになって残りのサンドイッチに食いついた。
私は彼がサンドイッチを喉に詰まらせないように冷たい紅茶を保温瓶からカップへと注いで近くに置いた。
自分のものもそのまま口をつけずにカップに注ぐと保温瓶をジャケットのポケットへと片付けた。
「リードルディ様!」
しかしそんなのんびりとした昼食をとっていた私達の元へ一人の男子生徒が大声を出して近寄ってきた。
確かリードの手駒として情報収集をしてくれている男爵家の跡取りだったはず。
「どうした?」
「はい、急ぎご報告したいことが」
彼はリードの近くまで来ると跪いて視線を周囲に巡らせた。
それを見てリードも私に頷いてきたので、すぐに遮音結界を使って中の話し声が聞こえないようにすると、男子生徒はすぐに話し始めた。
「つい先ほど入った情報なのですが、クアバーデス侯爵領にて魔物の大量発生が起こったと。その規模からするに連鎖襲撃が起きていると推測されます」
「なにっ?! どれだけの規模なんだ?!」
「は…、詳しいことはまだ未確定ですが…魔物の数、凡そ五万」
「ごまっ…?!」
リードの手から食べかけのサンドイッチが地面へと落ちる。
それにしても…。
「何か兆候はなかったのですか?」
「どうやら調査に出ていた冒険者達が全く戻らず気付くのが遅れてしまったようなのです」
なるほど。
それなら仕方ない、か。
しかし五万なんて膨大な数、一体どこから…。
そこまで考えて私の頭に以前オナイギュラ伯爵領へ行った時に見た光景が浮かんだ。
あの時探知で探った時、目に見える範囲に凄まじい数の魔物がいた。それぞれの強さも脅威度Bが大半だったけど中には脅威度Aもいたし僅かだけど脅威度Sの魔物もいた。
あれではほとんどの冒険者では手も足も出ない。ランクAの冒険者でも脅威度Bの魔物を何体も続けて相手には出来ないのがこの世界の常識だ。
「それで領主様…クアバーデス侯爵様は?」
「クアバーデス侯は現在被害状況の確認とベオファウムの住民の避難、壊滅した村の状況把握などで奔走されてらっしゃいます。しかしあまりに急な事態で騎士団の用意が整うのにあと一日はかかるかと思われます。住民の避難が完了するのは…間に合わないかと…」
ここまで情報が届くまでの鮮度を考えて、後一日。
その間に住民の避難。確かに間に合わない、かな。
「リード、緊急事態だから言葉遣いは戻すよ。今すぐ私達二人分の欠席届を出そう。その後私が最速でベオファウムまで連れていく」
「あぁ、わかった。時間がない、すぐに動くぞ。おい、お前は引き続き情報を集めておいてくれ。特に王都での動きだ」
「はっ!」
それからは早かった。
リードが提出した欠席届により私達二人は卒業式まで時間を取れた。私は私で寮に戻らない可能性もあったので、部屋の荷物を全て回収しておく。
貴族院の入り口で待ち合わせてすぐに王都を出ることに。
さぁ急ぐよ!
「な、んだ…あれは…」
リードを抱えて飛行魔法で王都からベオファウムへ向かって飛んでいるとベオファウムの更に先に見える地平線が黒くなっているのが見えた。
あの地平線のあたりに森が見えるはずので黒いのは見間違えじゃないけど、本来の森の位置よりかなり手前に来ているのがわかる。
パッと見て森と勘違いするほど密集したそれは報告にあった魔物の集団で間違いない。あれなら確かに五万くらいはいてもおかしくないけど、一番奥は森になっているのでまだどれだけ潜んでいるかわからない。
「急ぐよ」
「あ、あぁ…」
かなり飛ばしてきたのでベオファウムはすぐそこだ。
私はリードを抱えたまま更に速度を上げると町の入り口を通り越して領主館へと直行した。
領主館の玄関先ではナージュさんが指揮を取りながらメイドさん達を避難させているところだったので、そのまま上から声を掛けつつ地面へと降り立った。
「リードルディ様……ここは危険でございます。早く王都へお戻りに…」
「馬鹿者! 私はすぐに父様のところへ行く! ナージュはここで引き続き避難指示を、セシルは一緒についてこい!」
まだ何か言いたそうなナージュさんを置き去りにリードはスタスタと領主館の中へと向かっていく。
私もナージュさんの前を横切り後をついていくと、領主館の中では玄関先に避難する者達の荷物が既に用意されていた。
その様子も一瞥だけして二階へと足を進めると廊下を走るリードの後ろ姿が目に入った。
やれやれ…廊下は走るなってもっと小さい頃から教えてきたのになぁ。
今日もありがとうございました。
少し前に文字数が百万を超えていました。
文字を垂れ流しているだけかもしれませんが、達成感はすごいです。
まだまだ垂れ流しますよっ(笑)




