閑話 ミオラの活躍
しばらく閑話が続きます。
訓練所の中央で繰り広げられるハイレベルな模擬戦、ではなく決闘。
私よりも随分背の小さい年下の女の子が自信満々の男の攻撃を全て受け止め、いなし、避けていく。
魔力の込められた剣を同じく魔力の込められた剣で弾いていくその姿に見惚れる者も多い。
あれは魔闘術という高等戦闘技能だったはずよね。
それをいとも容易く実戦で使い続ける二人のレベルは既に学生の域を遥かに超えて、世界中で見てもトップクラスの実力があると思うわ。
あそこで戦っているのは私と同期で貴族院に入ってきたセシル。クアバーデス侯爵家の息子の従者として雇われてここ貴族院に入ってきた。
私もジンライル伯爵に雇われて息子で跡取りであるリュージュ様の従者としてここに来ている。
従者として貴族院に入った場合、講義や訓練を受けるのは基本的に自由だと言われたので私は自分を磨くために可能な限りの訓練に参加している。しかもここにいる間の生活費は貴族院の学費は全て伯爵が出してくれるというのだからとても助かる。
難点はリュージュ様が年相応よりもかなり女性好きのようで隙あらば私に触ろうとしたり、着替えを覗こうとしたり。ひどい時は夜這いまでされそうになったことか。あれ以来部屋には必ず鍵を掛けるようにしてるけど。
ともかくもっと自分を磨いてより良い貴族様に仕えることが出来れば今後の人生も安泰だ。
これでも自分の容姿には自信があるから、見た目だけならいつ声が掛かってもおかしくはない。
けれど今あそこで決闘しているセシルがいるおかげですっかり私は日陰の女になっている。
来年でもう二十二になるというのに結婚どころか将来すら危ぶまれているのは多少幼い容姿な上、胸に女らしい膨らみが乏しいあの子の要因によるところは大きい。
キラキラと流れる森の木漏れ日を思わせる金髪、優しくも鋭い眼光放つエメラルドのような瞳、お伽話で聞かされた妖精のような姿に目を奪われる男の多いこと。
ガラスを打ち合わせたように澄んだ声で話してみればいろいろと残念なところが多く、そこが返って魅力的に映る。
そして貴族院での講義の成績は優秀、戦闘能力は剣も槍も弓も扱え魔法の腕も最高レベルの魔法使いと聞いた。
あんな子がいたら私なんてそりゃ影も薄くなる。
けどあの子はよく私に話し掛けてくるから私も何となくいつもいろんなことを話す仲になった。
妹みたいで可愛いけど頭も良くてすごく強い。
なんであんな子が私と仲良くしてくれているのかよくわからないけど、今は彼女を応援している。
黙って観ている間にその圧倒的な実力で王国騎士団長にも勝利したというエイガン殿を倒していた。
私はセシルが入学試験でカイザックと戦ったのを間近で見ていたし、訓練中にはいつも本気を出していなかったのも知っていたけどまさか王国でも指折りの実力者を無傷で圧倒するとは思わなかった。
正直同じ従者としてこんなに力の差があるのは悔しいけど尊敬も出来るし、何よりあの子はいい子だしね。
ほら、なんだかんだ言ってエイガン殿を殺したりしなかった。
さて…貴族の息子とは言ってもあのキラビーノム様。
意地汚く生きようとするのは間違いないし悪いこととは思わないけど、正式なものとして行われたこの決闘の最後に水を差すような真似は許されない。
あの子の名誉のため、そして他の貴族から声を掛けられるかもしれないからちょっと探りを入れておこうかしら。
決闘も終わり、外部からやってきた人達が帰るための通路。
ここは今完全に解放されているため出入りが自由になっている。
私はそこで柱の影に隠れながら通る人を一人一人観察していた。
そして最も人の通りが多くなった頃、その人物は現れた。
安っぽくないダークブラウンのローブを羽織り、フードを目深に被った人物。ただでさえ怪しいのにその人の背は外部の人にしてはかなり小さく何よりも丸い。
少し前に見たキラビーノム様の特徴と完全に一致する。
確信めいたものを覚えた私は柱の影から出てその小さくて丸い人物の前に躍り出た。
「どちらへ行かれるのですか、キラビーノム様?」
「なっ…ななな、なに、何を言っている? わた、私はキラビーノムという者ではななな、ないぞ!」
そんなに慌てた声で言葉にも動揺が入りまくってるのに、怪しくないとでも言うつもりなの?
「先程貴族院の衛兵がキラビーノム様を探して院内を駆け回っていると聞きましたので時間の問題でしょう。大人しく縛につかれた方がよろしいかと」
これは嘘よ。
衛兵どころかまだセシルも気付いてない。
だからこそここで逃がすわけにはいかないわ。
「くっ、くそっ!」
しかしキラビーノム様には効果覿面だったようで慌ててその場から走り去ろうとする。
けど、遅い。
従者クラス上位から落ちたことのない私どころか、周囲にいる外部のお客様から見ても遅いだろう。
これなら王都の西通りを駆け回っている子ども達の方が遥かに速い。
私はキラビーノム様に簡単に追いつくとその首根っこを捕まえて猫のようにぶら下げた。
「はっ、離せ! 貴様、無礼だぞ!」
私に捕まったキラビーノム様は手足をジタバタさせるが、当然そんなことで逃げられるわけもなく、暴れたことによってフードがズレてその素顔を周囲に晒してしまうことになった。
「本当にキラビーノム卿だ。まさか決闘をしておいて逃亡するとは…」
「貴族としての自覚も無ければ覚悟もない。あれでは遠くないうちにゼッケルン公爵家の力も無くなっていただろう」
「まるで子豚のようですわ…醜い」
散々なことを周りから浴びせられたキラビーノム様は当然暴れる気力を無くし、観念したのかすっかり大人しくなった。
「皆様ご協力に感謝致します。私リュージュ・ジンライル様に仕える従者ミオラが今回の決闘相手であるリードルディ・クアバーデス様へキラビーノム様をお連れします」
片手を胸に当て僅かに頭を下げて騎士の礼を取る。
何人かからでも承諾を得られればこの場を辞してすぐにでもセシルの元へと連れて行ける。
「ほう…。ジンライル伯もなかなか優秀な者を雇っているようだ」
「なかなかに見目も良いではないか。息子の側室に良いかもしれぬ」
思ったより良い評価が得られてる?!
しかも側室とか?!そしたら私も貴族の仲間入りよね?
正室との仲次第では最悪なことになるけど…。
そう思って「息子の側室に」と言い出した人を見ると…まさかのゴルドオード侯だった。
つまりババンゴーア様のお父様。
脳筋一家に迎えられたらそれこそ貴族らしい生活どころか毎日鍛錬ばっかりの日々になっちゃうわ!
光栄なことではあるけど、まだ確定したわけでもないので私は勢い良く頭を上げると「ではっ!」と言い残してその場を辞することした。
その後、リードルディ様やミルリファーナ様と話しているセシルの元へ向かい手に持ったままだったキラビーノム様を渡すとセシルだけでなくリードルディ様やミルリファーナ様からもとても感謝された。
カイザックもその場にいて「お手柄だな」と相変わらずキラキラした笑顔で喜んでくれた。
これがご褒美でもいいかもしれない。
いやせめてカイザックに一日デートしてもらうくらいは要求してもいいわよね?!
自分の顔が赤くなっていたことは自覚していたけど、カイザックの前でモジモジしていたのをミルリファーナ様に見つかってしまった。
「うふふっ。今回のお礼はリードルディ卿から何かお出ししなければなりませんが…いかがでしょう? 全て片付いた後でパーティーをして、その場にミオラ殿をお誘いするというのは?」
「うむ。良い案だと思う。ミオラ殿、その際はセシルを通し招待状を渡すので参加してもらえるだろうか」
「は…はっ! 過分な報酬をいただき恐縮です。しかし、よろしいのでしょうか?」
「ふははは! リュージュ卿には俺から話をしておこう。手柄を立てたセシル殿の友人に礼がしたいとな!」
あぁ…リュージュ様はババンゴーア様みたいな筋肉モリモリの人は苦手だから二つ返事で了承しちゃうわね。あとでネチネチ言われるかもしれないけど、あと数ヶ月の辛抱だもの。
とりあえずパーティーには参加する旨を伝えると彼等はキラビーノム様を連れて早速王宮へと向かうようで慌ただしく控え室を出ていった。
残された私はあの中に入れなかったことを少し残念に思いながらもその場を後にするのだった。
セシルから招待状を受け取ったのはそれから一カ月が過ぎた頃だった。
その時にはキラビーノム様だけでなくゼッケルン公爵家の処分は既に決まっており、粛々と執行されている途中だった。
ただセシル達が王宮に行ってる間にエイガン殿が先生に重傷を負わせた上で逃走するという事件が起きてしまい、あの決闘が汚されたような気がした。
そのことを決闘相手だったセシルに尋ねてみたけど、あまり気にしていないようでいつも通り綺麗な顔でふんわりと笑いながら話してくれた。
「どうでもいいよ。あんなのをいつまでも覚えてて暗い気持ちになるよりも宝石を眺めてた方が楽しいもん。ミオラも冒険者として追跡するとしても絶対無理しちゃ駄目だからね?」
やらないからっ。
Sランク相当の相手を捕まえるとか王国騎士団とか、それこそ同じSランクの冒険者じゃないと無理よ。
…目の前に例外がいたわ。セシルは別格よ。
というかセシルの宝石好きも筋金入りよね。
五年次になってからは上級生に絡まれることがないからか体のあちこちに綺麗な宝石のついた装飾品を身につけるようになっている。
お店で売っているような派手で金をふんだんに使った品のない物ではなくミスリルやその合金で作られていて、その全てがキラキラしてとても華やかに見える。
主張し過ぎず身につけているセシル自身の魅力も引き立てる、そんな一品物ばかりだ。
しばらくセシルを見つめ過ぎていたらしく、目の前の残念少女は急に顔を赤くし始めた。
「な、何よミオラ。私の顔に何かついてる?」
「…ふふっ、何でもないわ。それより招待ありがとう。必ず参加させてもらうわね」
「うん、私も楽しみにしてるよ!」
私に一通の招待状を渡すためだけに現れた彼女はそのまま来た廊下を回れ右して戻っていった。
やっぱり、可愛いわねぇ…。
さて、折角の招待だし服選びも気合い入れてカイザックを誘惑しなきゃっ!
今日もありがとうございました。




