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第229話 もうすぐ卒業

 エイガンとの決闘からふた月が経過していた。

 季節は変わって春。

 温かく、柔らかな日差しが差し込む中庭のベンチでリードの講義が終わるまでのんびりと魔法陣の開発に勤しんでいる。

 すぐ近くに紅茶の入った保温瓶を置いてある。

 前世では魔法瓶と呼ばれたこの容器だけど、本物の魔法があるこの世界で『魔法瓶』と呼ぶのはいかがなものかと思い単純に『保温瓶』と名付けた。

 実はこれ、携帯電話を作ってる間の気分転換に作ったもの。

 一つの魔法陣で温度をプラスとマイナスの方向にそれぞれ傾けることの出来る機能を持たせて保温出来る時間をかなり引き延ばした。

 それに加えてちゃんと魔法瓶らしく中の容器と外の容器の間に空気の入る層を設けたことでその温度をだいたい五日間くらいは維持出来る。勿論中の容器の加工は私の鉱物操作で簡単に済ませた。

 見た目も芸術同好会の人に頼んで可愛い花柄で緑色の図柄を描いてもらい、ガラスで覆ったので消えることもない。

 なかなか良いものが出来た。

 ちなみに欲しいと言ってた人がいたけど自分の分しか作る気になれなかったので今のところ持ってるのは私だけだ。

 ユーニャとお店を開いたら店頭に並べる予定なのでそれまでは待ってほしいね。


 それにしてもあの後はいろんなことが起きて大変だった。

 今はとても平和だけど、ここまで落ち着くのにそれなりの騒動があった。

 まず決闘終了後、エイガンが医務室に運ばれていき回復魔法での治療を受けていた。

 その隙に乗じて逃げ出そうとしたキラビーノム卿をミオラが捕まえてくれた。どうもこの手の卑怯者のやることはわかるみたいで絶対に逃げると思っていたミオラは貴族院の生徒が使う通路ではなく一般の人が使う方の通路で見張っていたらしい。

 そうしたらビクビクしながらこそこそと人と人の間をまるで隠れながら進むまぁるい子どもを見つけると、それがキラビーノム卿でその場で他の一般参加者と一緒に捕まえると私達のところまで連れてきてくれた。


 そして決闘が行われた後すぐに国王陛下との謁見が予定されていたため、リードとミルル、ババンゴーア様、キラビーノム卿は揃って登城。

 私も途中まではついていったけど、謁見の間に入ることは出来なくて従者用の待合室で待っていた。

 鐘半分くらいの時間で戻ってきたリード達は満面の笑みを浮かべていたっけ。

 しかしこの件はこれで終わらなかった。

 ようやく解決かと思った私達は陛下の計らいで王城で一泊して翌朝貴族院の寮へと帰ったのだけど、そこで聞かされた話にびっくり。

 なんとエイガンは治療が終わるとそのまま治療を担当していた先生に攻撃、重症を負わせた後貴族院から逃亡したのだという。

 貴族院内がさっきまで行われていた決闘について盛り上がっており、警備の目も甘くなっていた隙を狙われたようだった。

 おかげで警備の人達は学院長から大目玉を食らい、それこそ数日間寝る間も惜しんで捜索に当たった。

 けれど結局エイガンが見つかることはなく、ついには王国騎士団、冒険者にまで捜索という名の手配書が回ることとなった。

 でも見つけても決して手を出さず応援を呼ぶようにきつく言われていた。

 そりゃそうだよね。

 王国でも屈指の実力者なのだからそこらの騎士や冒険者じゃ手に負えるはずがない。

 ちなみに私もその依頼を受けようとしたんだけど、ギルドマスターに却下された。

 なんでもエイガンが一番狙っているのは私だろうから、わかりやすいところにいてくれた方が助かるとのこと。

 私が捜索に行くのが発見も討伐も可能性が一番高いのに解せぬ。

 そんなわけで二か月経過した今でもエイガンの捜索は行われているものの、未だ発見には至らず。

 帝国か神聖国にでも逃げ込んだんじゃないかと専らの噂だ。

 でももう私の関知するところじゃないし、あれだけ圧倒的な実力差で痛めつけたのだから私に関わろうなんて気にはならないでしょ。

 もし私か私の親しい人に関わるようなことがあれば問答無用で排除するけどさ。


 そしてゼッケルン公爵家は騎士団の捜査が行われた後、当主と長男は斬首刑が決まった。

 数人の奥様と三男以下の兄弟姉妹は貴族籍を剥奪された後国外追放となった。

 キラビーノム卿はというとまだ未成年ということもあり生かされている。

 しかし王城の地下牢に拘束されたままであり、数年して成人した暁には人知れず処刑されるんだって。

 ということでゼッケルン公爵家はお取り潰しとなり、この国は三公四侯という図式に変更されることになった。

 するとどうなるか。

 現当主の次の世代、つまりリード、ミルル、ババンゴーア様、そしてネイニルヤ様は一つの派閥であるため世代交代すると同時に王国の貴族達を仕切れる立場になる。

 三公四侯で成り立つ貴族会議では出された議題に対して過半数の票を得ることで可否が決まる。この四人で派閥を作っている以上、自分達の思うままに次の王族会議へと投げかけることが出来るというわけだ。

 あとは形骸化してきている王族会議なのでよほどのことがない限り、貴族会議で上がってきた議題が却下されることはないそうだ。

 勿論彼等四人の理想とするものが完全になるためには時間がかかるだろうけどね。

 ともかくこれでリード達の目的も達成出来たわけだ。

 私もエイガンをぶっ飛ばしてすっきりしたし、ひとまずはこれで一区切り。


 折角だからといつものメンバー六人とネイニルヤ様とウェミー殿、そして今回影の活躍者であるミオラを誘って貴族御用達のレストランで揃って食事をすることになった。

 相変わらず仲睦まじいネイニルヤ様とウェミー殿が大人の魅力をふんだんに醸し出しつつ、いい歳になってきたミオラも負けずと何やら怪しい気配を出していた。

 折角の外食なので給仕もせず、しかも今回だけは従者も同じ席についてのディナーだったので私は何も見ないようにしてのんびりと食事を楽しんだ。

 たいしてアルコールに強くないリードがワインを飲みすぎて前後不覚になったり、ババンゴーア様が大声を出しながら筋トレを始めたり、淑やかな微笑みを繰り返し続けるミルルと彼女に水を勧めるカイザックなど。

 見なかったことにして楽しんだ。

 勿論寮に帰る前に全員に聖魔法の治療光(キュア)を使って酔いを覚ましてあげたけどね。

 学生の分際で酒に酔って門限ギリギリに寮に帰るなんて許されるわけないでしょうが、当たり前だよ!




 そんなわけで新緑の葉が目立つ夏も遠くない春の日に私は講義を終えて出てくるであろうリードを待つために中庭で時間を潰しているわけだ。


「よし、出来た! 長かったけど、ようやく最後の段階に進めるよ!」


 そして今日、ようやく携帯電話を作るための魔法陣の製作が完了した。

 後はこれを魔石と組み込んで本体の組み立て、試験を行えば実用出来る。

 長かった。実に四年もの年月が掛かった。

 でも苦労した甲斐があってこれがあれば離れたところにいるアイカにはいつでも連絡が取れる。

 もう少し毎日必要な魔力量が減ってくれればユーニャにも渡せるんだけど、それは今後の課題ということで。

 本体の形も考えなきゃいけないけど、いろいろと魔法陣が複雑になった関係でそれなりの大きさにしないと駄目だね。

 私が生まれるよりもずっと前にあったアイロンみたいに大きな携帯電話と同じような大きさになるかも…。それならいっそのことテレビのリモコンみたいな形にしてしまおうかなぁ。

 貴族院での生活も残すところあと三カ月。

 必修の講義は相変わらず出ないといけないし、卒業試験のようなものもある。

 これは貴族院に通った者がどう学び、どの程度訓練に励んだかを計るためのもので今後の進路を決めるために大きな役割を持つ。

 例えばミオラのように今の主人から離れる場合にその成績次第では貴族様の方から声がかかる。

 また貴族の方もいろんな従者希望や護衛希望が現れるので良い人材を確保しやすい。

 私みたいに卒業後は冒険者として気楽にやりたいと思ってるような人はともかく一般的には必死になるものだそうで。勿論カイザックみたいに今後も継続して今の主人に仕える人にもあまり関係はないけど、ひどい成績では周りから舐められてしまう。

 貴族は舐められたら駄目だからね。




「ユーニャの方は卒業試験どうなの?」


 休日になり私はユーニャと「少女の夢」で寛いでいた。

 もうすっかり常連だけど、相変わらずここのお菓子は私には甘すぎる。

 最近はこうしてまたユーニャと落ち着いて話すか、ユアちゃんのダンジョンへ行くか、秘密基地で趣味に没頭するかという三択の休日を過ごしている。

 どれも捨てがたいほどに私の心を満たしてくれる過ごし方だよ!


「私はヴィンセント商会で見習いをやってるからいいけど他の人は大変そうかな」

「まぁ確かに端から見たら安泰そのものだからね」

「うん。でもカンファさんから『あまり酷い成績だと父さんから守れないから相応の成績は取るように』って言われてるよ」


 相応、ねぇ?

 あの才能の塊みたいなカンファさんの言う「相応」ってどの程度なんだろうか。


「少なくとも商人科で上位一握りには入れって」

「また無茶を言ったものだね」

「でも今のままなら問題ないよ」


 たまにユーニャからも試験の話は聞いていたけど、この子はやっぱり優秀だ。

 特に最近ではユニークスキルも手に入れたし、レベルも上がったおかげで体力面でも非常に抜きん出ているらしい。

 実際騎士科の生徒とも模擬戦をしても負けないとか。

 勿論ちゃんと武具には負荷を掛けたままで。

 じゃないとユーニャの攻撃力で殴ったら相手の鎧を突き抜けて胴体に風穴を開けかねない。


「セシルはどうなの?」

「…うん。あんまり卒業試験の成績は意味ないとは思うけど多分上の方にはなれるんじゃないかな」

「うわぁ…やっぱりセシルってすごいね」


 最後くらいちょっとだけ本気を出すのも悪くないかもしれないと考えていたけど、目の前のユーニャから憧れのような視線を向けられると決意が固まる。

 よし。講義の試験はいつも通り真面目にやるとして、訓練の試験は「魔人化を使わない本気」でやってみよう。

 そんなことを思った休日。

 卒業までの残り少ない日々をこのまま穏やかに過ごしたいと思っていた私の願いはそれからしばらくした後にあっさり砕かれることになるのだった。

今日もありがとうございました。

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