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宿屋 筍桃萄  作者: 御陵
7/11

桃参

 ちゃぽん、ちゃぽん。

 浮きが、静かにちょこちょこと跳ねる。


 別になにか魚がかかっている訳でもなんでもない。

 穏やかな水面に映るのは、浮きが跳ねるたびに広がる水の輪だけである。

 ありていに言えば、ただの気分。

 魚がかかるわけも釣れるわけもないという勝手な自己予測に従って、浮きをしずかにただ浮かせるわけでもなく、適当にちょこちょこと動かしているだけだ。

 なんというか、こういうのを見ると諦観の念を感じる。


「釣れないです、幸助」

 そんな自分の反対側では、やはり何百年も生きているのであろう神様がいまだ、諦めきれないのか、辛抱強く釣り糸を垂らしていた。

 背中合わせだった。

 それにしても、同じようなシチュエーションなのにこの諦める速度の違い。

 何というか、生きてきた年月の違いというのを思い知りそうになる。

 全く、釣り糸から浮きから、釣竿まで、全部一緒のお揃いなのにこの違いは本当になんなのだろうか。


 ついでにいうと、この釣竿は自分が持ってきたものではない。


「部長の釣竿は釣れそうな感じがしますのです」

 すこし飽きが回ってきたのか、それと必死で対抗しようと釣竿の先を一身に見詰めている穂苗の言うとおり、本来は部長の物、部長から借りてきたものである。


 その部長と霞が、今何をしているか?

「ほら~霞ちゃん、捕まえちゃって~」

「え~、わたしですか~~」

 涼しげな水着姿で、網片手に沢蟹取りに興じている。

 部長は大胆なビキニ姿。日焼けしていない真っ白な肌と真っ黒な色のビキニの対比がただでさえスタイルの良い体のくびれをさらに強調していて目に毒な姿。

 霞は上半身から股下くらいまでをラッシュガード(水着の上に着る日焼け防止のための上着)が覆っているので詳細不明だが、それが逆に胸のふくらみを目立たせていて、あまり直視出来ない感じである。


「あいつらも、何か楽しそうだよな~」

 お前らは何しに来たんだ、河童捕りはどこに行ったんだとかは言ってはいけない。

 部長は、もうどうでもよくなったようである。

 未知の見たこともない『kappa』なんて生物よりは、そこら辺の河原でも普通にとれる沢蟹のほうがおもしろいのか、ずっとそれに夢中だ。

 それは分かる、大いにわかる。

 捕れるかさえもわからない生物よりは、たくさん捕れる生物の方が面白いのだろう。


 もっとも、部長にはそんな考えもなくただ、楽しいからだけで捕っている気がする。

 そこも、部長が能天気といわれる所以だ。

 ついでにバカだから三度の飯よりもUMAだのが好きだという設定も忘れているに違いない。


「幸助? 何を見ているです」

「別に……なんにも見てねぇけど」

 そんなことを考えていると、穂苗がまた、声をかけてきた。


「嘘です、部長と霞の水着見てたです」

「いや、なんか絵になってるし」

 珍しく、しつこかった。

 なので、正直に答えておくことにした。

 嘘ではないはずだ。

 二人とも、部長は有名アイドルといわれても信じてしまうくらい美人でプロポーション抜群だし、霞もまぁ普通にかわいいと言われれば可愛い幼馴染だし。


「馬鹿者です」

「いや、だってな……」

 その答えに、またむっと顔を顰めた。


「幸助は全く分かってないです。だから……」

 しかし、穂苗が何と言おうとしたかは最後までは分からなかった。


「かかったです」

 何かに気付いたかのように狐耳がぴくぴくと動いた。

 どうやら、こちらを振り向く際に尻尾を釣竿に巻き付けたままにしたらしい。


「ん、かかったのか?」

「かかったのです」

 少し驚いた。

 かかるはずなんかないと思っていたのだが。

 何しろ餌にくっつけたのは、縦に半分に切った胡瓜である。

 一応、河童釣りとしゃれて胡瓜にしといたのだ。


 まさか、胡瓜にかかるとは。

「釣れるか?」

「わからないのです」

 なかなかに、敵の引きも強いようで僅かに川の方へと引っ張られているようだ。

 穂苗の小さな腕だけで、支えるのは難しそうだ。


「支えてほしいです」

 了解した。

 胡瓜で釣られる奴も見てみたいし、手伝うとしよう。


 おもむろに立ち上がった、その時だった。

 滑った。


 さっき、川に入っていたので裸足だったことも災いした。

 つるっと滑って、転んで、


「ふにゃっ……?」

 ちょうど、真後ろにいた穂苗の背中を丁度押すように転がった。


 引っ張られている所に、丁度、背中を押されるようになったのだ。

 あとは言うまでもなかった。


 転がった人間と、それに巻き込まれた神様と。


 ジャプ~ン。

 盛大な音を立てて、落ちていった。


 一気に水の中から、顔を出す。

 息を吐く。

 意外にここも、結構深かったようだ。


「大丈夫か? 穂苗」

「大丈夫じゃないです、幸助」

 深呼吸して、目の前を見ると頬を膨らませた穂苗の姿があった。

 頬の所に少し、泥がついている。


 それがやけにおかしくて、

 それが、やけに神様らしくなくて、

「何笑ってるですか、幸助」

「いや、だって、頬っぺたに泥ついてるぞ」


「それ言ったら、幸助もついてるです。笑うのやめるです」

「いや、だっておかしくて」


「馬鹿者幸助……が」

 いきなり、掛けられた、水しぶき。


「や、やめろ……穂苗」

「別に一回、思いっきり水かぶって反省するといいのです」


「くそっ、こいつ、なら俺も」

 水の掛け合いっこなんていつ以来だろうか。

 本当にくだらないことを心の底から楽しんだ。

 本当にくだらないことが心の底から、楽しかった。


 馬鹿みたいに騒ぎ合って、

 子供みたいにはしゃぎ合って。


 かなたでは、大きな胡瓜を加えて悠々と泳ぎ去る茶色い獣の姿があった。


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