葡萄壱
知ってますか? 幸助さん。
人間も動物も神様も、死ぬ間際になると急にさびしくなるそうですよ。
急に誰かに一緒にいてほしくなるんです。
だから、幸助さん? こんな私に少しの間、付き合ってくれませんか?
それになんて答えたかなんて覚えていない。
ただ、「穂苗」と呼んだことだけは覚えている。
*
「Heroo、何やってんのよ、こうすけ」
「うるさいです、部長」
何というか、今日はこいつにだけは会いたくなかった。
「一応、私は君の上級生なんだけどな~」
上級生であることは認めてもいいだろう。
ただし、尊敬しているかと言われれば即答で否と答える。
「すみません、部長。どこかに行って、二度と帰ってきてくれないでくれませんか」
「思いっきり、敬語だけど、超絶失礼なこと言っているよね」
自覚はある。
改める気はない。
この言葉に含まれる感情をぜひ、読み取って欲しいものだ。
「断る」
彼女は言った。
どうやら、交渉は失敗したようだ。
「楽しそうだし!」
ついでに嫌がらせの意図は彼女にはない。
これが真の天然というか、能天気なバカというべき存在なのだろう。
だからこそ、性質が悪い。
だからこそ、後輩の自分たちが頭を抱えることになるのだ。
「先輩命令だ。何をしているのか、教えよ! こうすけ」
とにかく、さっきからイライラしていたところだ。
ちょうど、スコップもいい頃合いだろう。
いま、ちょっとした頭の線が切れたところだった。
いま、ちょっとした準備運動がしたくなってきた頃合いだ。
部長は昔、どうでも良いことを教えてくれた。
なんでも、第一次世界大戦末期の時期の欧州戦線ではフランスとドイツの国境付近に塹壕が幾重にも掘られて戦車や大砲等を使えなくなったらしい。
そのため、兵士の武装は使いまわしもよく穴の掘れるスコップだったのだとか。
相手を刺殺するために先端は尖らしていたとか。
今、その一生無駄にしかならないだろうと思っていた知識が生かされる時が来た。
今、部長のどうでも良いウンチクが生かされる時がやって来た。
そのウンチクによって、まさか部長自身の命脈が尽きるとは。
少年は、手元のスコップをくるりとまわした。
*
「メダカが欲しいです」
穂苗が熱を出した。
死期が訪れる神様の良くあるパターン。
もう、熱が引くことはほとんどないことだろう。
どんどん、熱が重くなって最後は解けるように消えてしまう。
それが、神様の良くある死のパターン。
いままで、自分が目にしてきたパターンだ。
そんなことは、穂苗も知っているはずだ。
そんなことは、神様も知っての通りのはずだ。
だが、穂苗は振る舞った。
ひたすら、笑顔な自分を。
動けるうちにこの世界を楽しみたいと、いろいろなことに挑戦した。
いろいろなことに挑戦して、いろいろなことに失敗した。
昔の卵料理だとかいう変わったものも食べさせられたし、
まだ、やったことのなかったというカブトムシの幼虫を掘ってきて、成虫になるまで観察するなんてこともやった。
だが、そんな精一杯元気に振る舞っていても病は、確実に進行していた。
すこし、咳をするくらいだけだったのが、だんだんと重く、苦しそうな咳へと変わっていた。
やはり、熱は一向に下がらず、段々、段々重くなっていった。
「入るよ、穂苗」
朝食用の御膳に乗った料理。
それから、替えのための氷水など、その他もろもろ。
穂苗に割り当てられた厨房からほど近い客室。
その客室のふすまをたたいた。
声をかけるだけだ。
どうせ、返事が返ってくるはずもない。
それに一抹の寂しさを覚えた。
まず、部屋に入って目に付くのは、少し時代遅れな定番のテレビゲーム機だ。
穂苗の熱も上がって外には出られなくなって退屈していたころ、おやじが昔お客さんが残していったものだと持ってきてくれたものだった。
穂苗も熱を忘れて自分と熱中したものだが、ここ二、三日はもう起き上がるのもつらいのか触った形跡もない。
「穂苗、起きてるか?」
朝食の入った御膳を置いて、声をかけるが起きる感じはしない。
応答のない穂苗の、氷枕をそっと取り替えた。
それから、顔に拭いた汗を軽く拭っていた時だっただろうか。
「幸助ですか?」
思考が定まらないのか、目の焦点がどこかあってない。
もうろうとした意識のなか、きっとぼんやりとしか見えていないのだろう。
うっすらと穂苗が目を開けた。
「飯、食べるか?」
「食べますです」
そう聞くと、彼女は力なくコクリと頷いた。
噛むのももう辛いのだろうか?
「ありがとうございますです」
どろどろに御飯を煮溶かしたお粥。
これなら、別に噛まなくても食べられる。
いつの間にか、穂苗の食事はそんなものに変わっていた。
それをすこしお膳に乗った鍋から、お皿に寄り添って持っていくと、穂苗は少し顔を顰めるように、起き上がった。
「別に寝ててもいいんだぞ」
「食事くらい、起きて食べますです」
少々の強がりだったのだろうか。
そう言って起き上がってお粥を受け散るが、右腕か震えているのか、とてもじゃないがスプーンを握れても口に運ぶことはできなそうにない。
「穂苗、スプーンを貸せ」
自分で食べるのは諦めたのか、スプーンを受け取るとお粥を掬っては、口の方へ運んでやる。
全部、それを食べ終わると、汚れた口元を人肌位の温度まで温めた清潔な布で軽く拭ってやる。
「とにかく、安静にしとけよ」
頭を軽く、ポンポンと叩いてやった。
横になったのを確認して少し厚手のブランケットをかけてやると穂苗は大人しく静かに目を閉じた。
目を閉じた穂苗の額にそっと、手を当てる。
自分より、二、三度くらい高い感覚。
熱はまた上がっていた。
「少し、出かけてくる」
そう言って、葛城様の所にでも出かけようとしたところだった。
「幸助……まだ、いるですか?」
弱弱しい声でそう声をかけられた。
「いるよ」
その問いに、
「メダカが欲しいです」
穂苗はそう言った。
*
「ふぅ~ん、メダカさがしか」
全部の事情を話したわけではない。
ただ、部長なりに何か感づいたものがあったのだろう。
「いいよ、探すのに協力してあげる」
部長はそう言った。




