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宿屋 筍桃萄  作者: 御陵
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筍四

 

 別に葛城様が敵だということもなく、葛城様と穂苗の超絶別次元の神様同士の異能バトルが起きて小さな丘が吹き飛ぶようなこともなく。


「寂しくなるな」

 それだけ言うと、葛城様は宴席の場から立ち去って行った。


「知り合いなのか?」

 それだけを訪ねた。

 大小さまざまな酒瓶が転がっていた。

 いろいろなラベルが貼られた色とりどりのガラス瓶。

 その中の銘柄には、酒を飲めない自分でも知っているような有名な銘柄がちらちらと見受けられた。

 全部、葛城様の手土産だった。


「昔の仕事仲間で、お姉ちゃんみたいだった人です。久しぶりに会えてうれしかったです」

 そんな自分の質問に後姿を向けたまま、穂苗はそうとだけ答えた。

 その言葉にはどこか、知己との再会を嬉しく思うような響きとそうではないような響きを含んでいたような気がした。


「雲が少しかかってきましたです」

 どこか哀しそうに穂苗が言った。


 大きな雲がきれいに光る満月を覆い隠そうとしていた。

 月はただ、静かにその姿を隠されようとしていた。


「あぁ、そうだな」

 そう答えた。


「月は不変だと思っていても、姿は変わってしまうんです」

 どこか哀しそうに穂苗が言った。


 満月から新月、新月から満月へと月は少しずつ変わっていってしまう。

 今宵の満月もいつかは新月となってしまう。


「そうだな」

 頷くようにただ、そう答えた。



「幸助さん、津之浦って知ってますです?」

 「知ってるよ」

 もちろん、知っている。

 この県の県庁所在地、御陵村とは何十倍も何百倍もあるような文字通り、レベルが違うそんな大きな町だ。


 「その近くに、福島っていう小さな村があったんです」

 小さな村でしたですと穂苗は語った。

 この御陵村と比べても、たぶんあの村の方が小さかっただろうと。


 「里山があって、草原があって、子供たちもみんな元気に遊びまわって」

 ただ、綺麗な村だったですと。

 ありのままの自然があって、ありのままの笑顔があって。


 「わたし、そこで小さな神社の神様やっていたんです」

 本当に、小さな神社でしたけど。


 「小さな神社で、小さな村で」

 本当に、小さな村で、小さな神社でしたけど。


 「昔、神様をやっていた大きな神社とは比べ物にならないくらい小さな神社でしたけど、小さくてかわいらしい神社でした」

 神社は、少し小さい赤い鳥居。

 豪華絢爛というよりは、簡素で質素で小さくまとめられていた神社。


 「神主さんも優しいお爺さんで、村の人たちもみんな仲が良かったです」

 神主さんや近所のおばあちゃんが、いつも同じ服じゃかわいそうだからといって、新しい服を作ってくれたこともあったらしい。

 夏祭りなんかは、みんなで夜通し騒いで、一緒に花火を見て。


 「でも、みんなどんどん、病気で亡くなっていったり、村を出ていったり」

 でも、少しずつみんないなくなってしまいましたですと彼女は悲しそうに語った。

 優しかったおばあちゃんは、最後まで笑顔で大往生をした。

 やんちゃな悪戯坊主だった子供は夢を追いかけて都会へと行き、帰ってこなかった。


 「いつからか、大きなビルが建ち始めて」

 主のいなくなった里山に容赦なく、都市化という波は迫ってきた。

 道はコンクリートで舗装され、鉄筋コンクリートの画一化したような建物が立ち並んでいった。

 カエルやレンゲ、田畑は容赦なく消えていった。

 愛すべき場所はどんどん消えていった。


 「ある日、私の小さな神社は大きな駅ができるとかいう話で取り壊されてしまいました」

 あるひ、大きなブルドーザーがやって来た。

 それは、もう信仰する人もいなくなった寂れた神社の鳥居を容赦なく薙ぎ倒していった。


 「神主さんだけが私を守ってくれました」

 取り壊されつつある神社の中で、静かに終わりを迎えようとして。

 神主さんに引きずり出された。


 「でも、優しかったお爺ちゃんもこの前の七月。本当に私は独りぼっちになっちゃいました」

 最後、神主のお爺ちゃんは済まなかったな、そう謝りながら死んでいった。

 あと、少しだけだけど、せめて自由気ままに生きてくれと。


 「私はあと一か月。たぶん、もう一か月もなくて、死んでしまうはずです」

 神様は信仰されて存在する。

 神様は信仰されて初めて存在を許される。


 だから、信仰されなくなった神様は消える。

 消える = 死ぬ。


 「だから、あと一か月よろしくお願いしますです」

 最後に、穂苗はそう淡々と言った。


 だから、その狐耳と髪の毛を後ろから、わしゃわしゃとしてやった。

 「そんなに簡単に死なせないですよ、お客様」


 気にくわなかったから。

 そんな簡単に死なせるわけにはいかない。

 あと、一か月、死ぬまで思いっきり、人生を楽しんでもらう。


 お酒に酔っているのか、反応が薄い。

 くすぐったそうに、耳を少し動かした。


 「あと、一か月……です」

 「ん?」

 穂苗が何か言った気がした。

 それとも、空耳か何かだっただろうか。


 「あと、一か月よろしくです……幸助」

 違った。

 穂苗はそうぽつりと言ってそのまま、崩れるように寄りかかってきた。

 慌てて、頭を打たないように腕の中に抱きかかえると、穂苗は腕の中で安らかな寝息を立てていた。


 「こちらこそ、あと一か月よろしくな。穂苗」

 穂苗の小さな体を抱えて、丘を下っていく。


 かなたに見える灯りは、宿屋『筍桃萄』。


 神様をあの世へと送り出す宿。

 我が宿屋の名前である。


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