筍弐
「それは、こうちゃんが悪いでしょうね」
次の日だ。
あの、狐耳に狐尻尾の神様がお客さんとしてやってきた次の日のことだ。
「お客様が来たのに」
広々とした板の間。
その板が張られた場所よりも一段高い所だけは畳が張ってある。
「呆けて、神様に名乗らせてしまったと」
叱られていた。
正座で叱られていた。
神様にとって、名前は本当に大切な物らしい。
「私以外の神様に浮気するという時点で極刑ね」
「なんかおかしくないですか……」
あれ、話がすり替わっているような。
そもそもで、何か話が違くないですか?
「だまらっしゃい!!」
そんな煩悩を浮かべていたら、大声で、怒鳴りつけられていた。
その怒りはまさに神鳴りが落ちたというにふさわしいどころか、そのままといえよう。
なぜかと言えば、彼女は神様なのだから。
唯一、畳が張られた上座。
そこに座る少女。
人形のように整った顔立ち、腰まで届くほどに長く伸ばした綺麗な黒髪に時代錯誤も甚だしいきらびやかな布が幾重も重ねられた十二単。
その髪に刺された簪はこの町特産の干瓢をアレンジしたゆるきゃらが施されたシリーズ商品だというのがやけに微妙な現実感を与えてくれる。
ついでに、自分こと神尾幸助は板張りの下座。
完全に家来と主君の立ち位置であった。
「そもそもで、どこの神様なの?」
ここは、葛城神宮という。
幼馴染の一家が代々神官と巫女、その二役を務めてきたという古より続く由緒正しい神社であり、ここら辺の地域の氏神様。
なかなかの規模を誇る神社で、田舎であるこの町が唯一、周りの市町村に自慢できるのがこの葛城神社の夏祭りぐらいだろうというくらい、夏祭りなんかの行事は大規模だ。
「聞いてる、こうちゃ~ん」
そして、目の前の少女はそのまつられている神様本人だ。
もっとも、全員に見えるわけではない。
自分が、正しくは自分の家系がそういう体質なのだ。
神様、仙人。
そういう、目の前の本人曰く、自然と同じような者達が見えてしまう体質ということなのだ。
自然と共に生きていたような昔はたくさんいたというのだが、自然と疎遠になった今はかなり、貴重な存在なのだとか……。
「って……、いたっ…………」
「聞いてますか~、こうちゃん」
目に激痛が走った。
目に何か、異物でも投げ込まれたような痛みだ。
「聞いてますか」
「き、聞いてる。だから、やめろ……」
頭まで、じんじんと焼いた鉄の棒を直接押し付けられたような痛みが走っていく。
その痛みに、転げまわること数分。
「ふ~ん……」
やっと、おさまった。
痛みは、波が引くようにスーッと引いていった。
「ちゃんと、聞いてね」
目を開けると、目の前に人形のように整ったとてもとても冷たい顔が笑っていた。
ここの神様の御利益は、眼病祈願なのだとか。
*
「ご……御免なさいです」
「す、す……みません」
宿屋なので、やはり我が家のお風呂はかなり広い方であろう。
その浴槽は、普通の浴槽の三倍、四倍はある檜風呂である。
さらに湯は近くの温泉から、引いていたりする。
なので、源泉かけ流しである。
最も、一つしかないのだが……。
そんなわけで、我が家のお風呂は時間制で男湯、女湯と変化する。
そして、時間はそんな女湯も終わって、男湯へと変化して五分ほどたったころ。
宿屋の一人息子が、湯につかろうとお風呂の扉を勢い良く開けたところである。
白い裸体がまぶしい。
幼ないながらも、整ったライン。
お風呂上りなのか、ほんのり桜色に染まっていた。
頭の上でぴくぴくと動く狐耳とペタッとなった狐耳と同じ少し金色味がかかった茶色の短く切りそろえられたサラサラの髪の毛。
狐の尻尾はお尻から直接生えているんだななんてことをつい、思ってしまった。
「あ…………」
「あ…………」
呆ける事、大体三十秒ほど。
また、目が合って、
同時に、顔が真っ赤になった。
「あの、閉めてくれるですか……」
「は……はい」
それだけのやり取りしかできなかった。
そして、さらに五分が経つ。
「髪、拭いてくれるですか……?」
「は、は……い」
宿屋の一人息子はお客さんの髪の毛を拭いていた。
神様だからなのか、それとも自分の好みなのか短く切りそろえられた茶色の髪。
そして、そんな髪の毛の中ほどに二つ、立つ狐耳。
「さっきはご……御免なさいです」
「こっちもす、す……みません」
目を合わせられない。
いまだ恥ずかしいのか、狐神様の狐耳もぴんぴんとたち、真っ赤になっているのが分かる。
何をしゃべればいいのだろうか。
きれいな肌ですね?
すでにセクハラどころか、神様に対する不敬罪である。
どっかの神様だったら失礼どころか、本物の神鳴りが落ちてきかねない。
ついつい、思考を逃避したくなってくる。
それにしてもなんでまた、お風呂にいたのだろうか?
「お月様がきれいだったので、見とれてしまいました……」
すこし、うっとりとした感じで言う彼女。
そうかと、納得してしまった。
満月に近づきつつあるこの季節の月。
田舎の空は、邪魔な明かりもなく月はとても明るく見える。
さぞかし、綺麗に見えたことだろう。
「真ん丸じゃないですけど、本当にきれいで明るくって懐かしくてこういう月が見れて良かったです」
「それは良かったです」
嬉しいことだ。
喜んでもらえることは。
つややかな髪を丁寧に吹き上げていく。
櫛を軽く通していく。
耳を軽く拭いてやると、
「くすぐったいです……」
と、言われてしまった。
「拭いてくださって大丈夫です」
その言葉に従って、耳も拭き終えると、
ドライヤーで、乾かしていった。
「今度、お月見に行きませんか?」
さっぱりしたのであろう。
まだ、ほのかに上気したままの顔。
廊下の方へと続く戸を開ける神様に声をかけた。
「いいんですか……?」
心配そうに問う声。
どこかこの人は神様らしくない神様だな、なんて思った。
「お勧めの場所があるんです」
ただ、自分はそう答えた。




