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火に問う  作者:
8/17

第八夜「アゴラと宇宙」

焚火の揺れが穏やかになった。アインシュタインは丸太から立ち上がり、手に帽子を取り、深く二人に礼をした。その姿は炎の光に照らされ、長い影を地面に落としていた。

「ありがとう」アインシュタインの声には深い感謝が込められていた。「この夜、この焚火、この対話に…私は救われました。悔いは消えないかもしれない。でも、問い続ける意味を、また信じられそうです」

ソクラテスは微笑み、老科学者の目をまっすぐに見つめた。「悔いを語れる者は、魂が成長した証だ。君の旅は、まだ続く」

「夜空は広い」ガリレオは静かに言った。望遠鏡の筒に手を添えながら、彼は頷いた。「どこかでまた、星の下で語りましょう」

アインシュタインはゆっくりと焚火から離れ、夜の帳の中へと歩み去っていった。その背中は、来た時よりも少しだけ軽くなっていた。そして——火の前には再び、ソクラテスとガリレオ、二人だけが残された。

ソクラテスは火を見つめながら言った。「さて、ガリレオ。科学の火を灯した君と、また問いを続けるとしよう」

ガリレオは肩を伸ばし、星空を一瞥してから焚火に目を戻した。「もちろん。問いとは、終わらぬ星図のようなもの。ひとつ解けば、次の謎が現れる」

「では、こう問おう」ソクラテスは膝の上で両手を組んだ。「宇宙は、始まりがあったのか? それとも永遠に続いているのか?」

ガリレオはやや考え込み、望遠鏡に手を置いた。「観測では、宇宙は膨張している。始まりがあった——ビッグバン、という考えもある。だがその”前”を我々は観測できない。だから私は言う、“始まり”とは、我々の知覚の限界かもしれない」

「興味深い」ソクラテスは顎に手をやった。「“始まり”を問うとは、時間を問うことだ。だが時間とは何か?君の望遠鏡では、“今”以外の時間は見えるのかね?」

ガリレオは苦笑しながら答えた。「見えるのは、過去の光だけですよ。星々は我々に、何百万年も前の姿を見せている。つまり、我々は常に”過去の宇宙”と会話しているのです」

「ほう」ソクラテスは眉を上げた。「では、現在とは何か。未来とは?宇宙は時の流れに従うのか、それとも、時とは宇宙の”錯覚”か?」

ガリレオは楽しげに目を細めて言った。「それはまるで、逆に望遠鏡をのぞくような問いですね。すべてが縮まり、見えないものが拡がっていく」

ソクラテスはゆっくりとうなずき、炎の揺らぎを見つめた。「良い夜だ。問いが深まるほどに、火は静かに燃え続ける。言葉が少なくとも、思索の熱は消えぬ」

焚火が再びパチリと鳴り、二人の影が星明かりの中に揺れた。小さな火花が舞い上がり、夜空の星々に溶け込むかのように消えていった。

「星々は遠く、宇宙は果てない」ガリレオは静かに語った。「だが、こうして語り合う人間の心もまた——ひとつの”宇宙”なのかもしれませんね」

「ならば、魂もまた観測できぬ恒星か」ソクラテスは言った。「夜の沈黙の中でこそ、静かに輝くものだ」

二人の沈黙の対話が、宇宙の夜に溶けていった。火はまだ、消えていなかった。問いもまた、消えることはなかった。頭上では天の川が、永遠の謎を湛えながら静かに輝いていた。

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