Tale a1 聖騎士と騎士団(2)
(これでひとまずは安心……だな)
グランは次こそは聖剣を鞘に収めた。そして呆気に取られている騎士団へと向かう。
「お怪我はありませんか?」
「え、ええ」
グランは麻痺毒に侵された騎士団員たちの顔を覗き込む。
蒼白さは消え、安心したような表情。呼吸も落ち着いていた。団員同士での早急な応急処置が功を奏したに違いない。
「助けていただきありがとうございます! 失礼ですが、あなたは……?」
副団長と呼ばれた男性は、下手に出て尋ねた。
「私ですか? 私は……」
グランは目線を下に逸らして黙る。
「私は……剣が少し使えるだけの流れ者です」
悲壮感を含んだ彼の言葉に、すぐに反応する者はいなかった。
「それでは、私はこれで……」
女王蜂を倒した際に感じた達成感が、仲間たちと討伐クエストに挑んだ際の情景に重なった。
仲間たちの楽しそうな顔を想起し、グランは消沈としていた。
これ以上ここにいても良いことはないと、当初の目的を果たすため道を引き返し始める。
その背後では騎士たちがざわつき始め、
「お、お待ち下さい!」
副団長が強く呼び止めた。
「まだ何か?」
「助けていただいたのですから、何かお礼を……」
「いえ、結構です」
「そ、そう言わずに……」
副団長は案外しつこい男だった。グランが断ろうとしても、中々諦めなかった。
二人の後ろでは、騎士団員たちがクスクスと笑っていた。副団長のこの様は日常茶飯事で、空回りな部分を楽しんでいるようだ。
「せめて王都まで、ご一緒していただけないでしょうか? もちろん、あなたに立ち寄る予定があるならば……ですが」
(王都……か。都と言うだけあって、情報は手に入りそうだな)
グランは小さく頷いた。
「分かりました。ご一緒致します」
「おお……! では早速行きましょう! ……総員、帰還の準備だ!」
副団長は嬉し気な表情を浮かべた直後、キリっとした態度になり指示を出した。団員たちは揃って返事をした。
王都ミューゼンベルクへの帰路、騎士団に紛れることができたのは幸運だった。しかしグランの頭の中は、今後をどうするか、姿の見えなかった仲間たちはどこに行ってしまったのか、などの心配事ばかりだった。
「旅人殿、如何されましたか?」
隊列の先頭の副団長はグランに話しかけた。出発してからというものの、グランが物憂げな雰囲気を纏っていたので気になっていた。
「いえ、大したことではありませんので……」
グランは笑顔を作って誤魔化す。
「そうですか? ……はっ、私としたことが、大変申し訳ありません!」
副団長は足を止めはせず、突如軽く頭を下げた。
「……?」
「助けていただいた身でありながら、名前を申し上げていませんでした。私は王国騎士団の副団長のエルケルと申します」
「私はグラン。先ほども言ったように、ただの流れ者です」
「グラン殿と仰るのですか……」
エルケルはグランを凝視する。足のつま先から頭のてっぺんまで。
「な、何か……?」
「随分と高価に見える物を身に着けていらっしゃるので……。流れ者……各地を転々としていると仰っていましたが、グラン殿は……」
興味津々な様子のエルケルに、グランは危機感を覚えたのか、咄嗟に口を開く。
「私の話はやめましょう。聞いても、何も出て来ません」
今エルケルに事情を話したとて、事態がどのように展開するか、グランには想像もつかない。
今はただ、自分の身を安全な場所に置き、より詳しく事態を知る必要があると思っていた。ゆえに、騎士団という存在を過信するわけにはいかない。
「それよりも、私の方から聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
グランは話の主導権を握るため、エルケルに尋ねた。
「もちろんです」
「では……騎士団はあの場所で何をされていたのですか?」
「我々の任務の一つです」
「任務?」
「王国騎士団は、主に王国全体の治安を守るために存在しています。ですのでやるべきこと……というのは多岐に渡りますが、モンスター退治もその一つです」
「なるほど」
グランは先の蜂の集団が駆除の対象だったことを理解した。
「冒険者の活動内容と被る部分になりますが、近頃はモンスターの動きも活発で、我々としても精力的に動いているのです」
冒険者というのは、この世界に存在する一つの職のことだ。モンスター討伐や護衛を筆頭に他愛もない雑務まで引き受ける、何でも屋のような存在だ。
「動きが活発化しているというのは?」
「我々とグラン殿がいた場所は、かつて集落があった場所です」
「“あった”?」
「魔王軍の仕業です。近年、規模の小さな集落のほとんどは奴らにより滅びました。我々が今いるのは中立領ですが、その被害は王国領もそれなりに、帝国領でも少なくともあったと耳にしています」
グランは混乱していた。魔王軍、中立領、王国、帝国。この四つの大きな骨組みになっていそうなキーワードが、この数秒で聞こえたからだ。
「ちょっと待って下さい」
だから彼は話を整理するため、そう言ってしまった。少し頭を抱えながら。
するとエルケルは、
「ほぉー……。いいでしょういいでしょう!」
なぜか少しニヤニヤしていた。
その様子も目に入らず、グランは独り脳内で議論する。
(魔王軍? 王国? 帝国? 馬鹿な……どうなってるんだこの世界は?)
グランは一つ息を吐いた。
「取り乱しました。すると、先ほどのあのモンスターたちは魔王軍の残党なのでしょうか?」
「いえ、あれらはただのモンスターです。魔王軍は魔族と呼ばれる悪魔の集まりです。メカニズムは分かっていませんが、魔王軍に滅ぼされた集落にはモンスターが棲みつきやすいのです」
「ただ人がいなくなったからモンスターの棲み処になっただけでは?」
グランは魔王軍とモンスターの棲みつきやすさに相関はないと考えた。この二つを結びつけるのは早計と言った方が良いだろうか。
どちらにせよ、副団長とも立場のあろう人間が、自然の摂理に沿っているだろう事柄を魔王軍の仕業としていることに、この世界ストラティアの魔王軍の存在による影響の大きさを感じ取った。
それとも彼が特別なのだろうか、とも頭に過ったが――。
「確かにそうかもしれませんが……。魔王軍は……奴らは……」
「副団長!」
エルケルはそこまで言いかけるが、一人の部下の呼びかけで立ち止まった。
彼らの目の前には、その長身を凌駕する城下町の外壁が現れていた。
話に夢中になる中、知らない間にミューゼンベルクに辿り着いていたのだ。
「もう着いてしまったのか。申し訳ないが、話の続きは後で……。王都は検問が少し手厚くなっていまして、申し訳ないのですが……」
エルケルは恐縮そうにする。
「構いません。それがこの街の規則なのですから、エルケル殿が謝る必要はありません」
「検問所を抜けた所でお待ちしています」
エルケルたち騎士団は検問を待つ人々から離れて行く。騎士団には、彼ら専用の検問所があるのだ。
取り残されたグランは一般列の最後尾へと歩く。
今は何も考えたくないというのが正直な気持ちだった。騎士団相手に虚勢を張っていたつもりだった彼は、まるで魂が抜けたように空を見上げていた。
検問の順番が回って来ると、検問官が数人ひそひそと話し合っていた。
「この者か?」
「はい。外見からして間違いないでしょう」
どうやらエルケルから話が行っているらしい。
考えてみれば、彼の力なくしてどうすれば検問を抜けることができただろうか。グランは身分を示す物品を一つも持っていなかった。
「一応尋ねる。職業は?」
「……私はただの流れ者です」
「そうか……。まあ、そう言った事情を抱える者は多くはないが、いるのは事実だ。不審な物がないかだけ調べさせてもらう」
荷物検査だけ受けた後、グランは解放された。聖剣や聖鎧は検問官の目を惹いていたが、何も言われることはなかった。
そして検問所を通過すると、生活感が溢れる街中に入った。




