残り【2〜0日】〜最期〜
また3日が経ち、ご主人様の余命もほんの僅かに差し迫っていた。その間も、前と変わらない日常を過ごした。とりわけ特別感も出さず、ただの平穏な日常を。それがご主人様の意向だった。
日に日にご主人様と過ごせる時間が減っていると思うと、私の胸は痛かった。でも、同時にそれは二度と手に入らない貴重なものだ。
だから、今だけは精一杯楽しんだ。悲しむのは、苦しむのは後からでも出来るから。
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ご主人様が死ぬ前に収穫できて良かった。菜園の野菜達は収穫時期を迎えた。【促進】の魔法の付属効果なのか、実はひとまわり大きいし、葉物の方も緑豊かに育っていた。
「早速夕食に使いましょう」
とエリナさんも言ってくれたので、収穫を始めた。手入れを毎日したおかげか、害虫の被害もないし、全部美味しく食べられそうだ。
収穫を終えると、早速夕食の準備に取り掛かった。
でも、いざ考えると何を作ろうか迷ってしまう。好きなものを作っていいとエリナさんから言われたから、どうせならこれぞってものをご主人様に作ってあげたい。
……ご主人様との思い出深いもの。
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結局、夕食の場に並んだのは、豪華なステーキと菜園から採れたサラダと野菜のスープ。それと加えて、場違いに見えるサンドイッチだった。この家に来る間、荷馬車に揺られている時に食べた私にとって思い出の品だった。
ご主人様がしてくれたことへのお返しを形にしたかった結果だ。
「メインの品と比べると、寂しかったですかね……」
後から考えると、不釣り合いな食事になっていた。でも、ご主人様はいの一番にサンドイッチを手に取って食べてくれた。
「リータの手作りのサンドイッチだよね。美味しいよ」
いつも私に気を遣ってくれるご主人様。やっぱり私はこの人に出会えて良かった。
「ありがとう」
その一言に私はいつも救われていた。
「どう、いたしまして」
私は泣きそうになりながら、辛うじて言葉にできた。
「これで、俺も思い残すことはない、かな……」
「……ご主人様?」
そう言葉にしたご主人様は力が抜けたようにフラッとよろめくと、椅子から地面に倒れ込んだ。
「ご主人様!?」
「旦那様!?」
エリナさんと私は急いでご主人様に駆け寄った。
意識がない。呼吸も浅い。顔も青白かった。
「リータ、直ぐに旦那様をベッドへ!」
ご主人様の最後の晩餐は急な幕閉じになった。
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ご主人様はここ2、3日ずっと無理をしていたらしい。呪いにより生命力が落ちているのにも関わらず、平穏な日々を過ごそうと必死に隠し通してきたようだった。
でも、呪いの強さがご主人様を勝ってしまった。昨日と比べて落ち着いたとは言っても、身体の自由は既に利かず、食事も喉を通らないらしい。
私は昨日からずっと看病しているが、時間と共にご主人様が弱っていくのを感じていた。
「ごめん、ね……。こんな俺に付き合わせちゃって……」
申し訳なさそうにするご主人様。でも、私はそんなこと迷惑だなんて思わない。寧ろ、ご主人様の苦しみを少しでも分担できればと思うのに、それが出来ない私こそ申し訳ない思いでいっぱいだ。
「これが私のできる精一杯のことなので……」
今はご主人様の側にいたい。私の見ないうちにご主人様が死んでしまう方が今は悲しかった。
せめて私が看取ってあげたい。一睡もしていないけど、眠気なんて全く感じなかった。
「まさか、こんな歳で誰かに看取られるなんて思わなかったよ……。昔はもっと色んな未来を想像してたんだけどね」
勇者として生きたご主人様なら、もっと明るい未来があっただろう。
「ご主人様の想像した一番幸せな未来ってどんなでしたか?」
「俺の一番……か」
ご主人様は考え込むように目を瞑った。顔が青白いせいで、目を閉じている顔を見ると思わず悪い考えがよぎってしまう。
やがて、ご主人様は口を開いた。
「リータと会うまで、俺はマレイと結婚する未来しか考えてなかったなぁ……。マレイと結婚して、子どもが生まれて、彼らに遊んでって頼まれて。その為にあの大きな屋敷を買ったんだよ」
私がご主人様と最初に暮らした場所。一人身のご主人様には大き過ぎると思っていたけど、未来の子どものためだったのか。
「本当ならこんな事言うべきじゃないけど、俺の一番はリータじゃなかった。こんなにも尽くしてもらっておいて、薄情なご主人様だよね……」
「いえ、私は知っていましたよ。執務室の机にはずっとマレイさんの絵が飾ってありましたから」
それに、私はご主人様の一番になることに拘りはない。ご主人様の側にいられるだけでいいのだから。
「リータ。キスして」
「……ハイィ!!?」
急に何を言い出すんだ、このご主人様は!? さっきまで他の方との惚気話を聞かされていたんですけど!? その流れでどうして私に……。
「リータ、これが“ご主人様”として最後の命令」
こう言うところで、命令を取り出すあたり本当に最後までズルイご主人様だった。因みに、私がどこへキスしたのかはここでは秘密だ。ただ、最後に、
「これで未練はなくなったかな」
とご主人様は言った。
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その間もなく、ご主人様は息を引き取った。さっきまで暖かかった部屋も私一人では急に冷たかった。
その翌日には遺体は王都へと運ばれた。ご主人様の国葬が王都で行われるらしく、その為のようだ。私もついて行きたかったが、ダメだった。元奴隷という肩書はやはり一生の足枷としてついて回るらしい。
なので、私はご主人様の言いつけ通りに、執務室へと来ていた。
『俺が死んだら、その時に机の引き出しを開けて。それまでは絶対に見てはダメだからね!』
私はその言葉通りに机の引き出しを開いた。中には手紙が入っていた。リータへと宛てられた手紙の封を開け、私は折り畳まれた便箋を開いた。
『リータへ
自分が死んだ後に、人に向けて手紙を宛てるなんて人生初めてだから、不慣れだけど簡潔に伝えるね。
先立ってごめん、なんて言わないよ。俺は無責任だから、あの世からリータや他の人の反応を見てヘラヘラ笑ってるのがお似合いだ。でも、そんな俺でもリータは優しいから許しちゃうんだろうと思う。
だから、俺を見返せるくらい幸せになってくれ。ご主人様と暮らしていたより、もっと幸せを掴みましたよって、長生きした後、こっちに来て土産話を聞かせて欲しい。楽しみにしてるよ。
そして、一つ。リータの夢を応援する俺からのプレゼント。ガーデニングを指導してもらえるに、王都の端に住んでる婆さんに頼んでおいた。少し偏屈でクセがあるかもしれないが、身分を気にする器じゃないことだけは保証する。そこで、色んな事を学ぶといい。また、世界が広がると思うから。
最後に残す言葉は一つ。
リータを愛してる。
それだけ。じゃあ、またいつか ガウル』
ご主人様の愛情が伝わってきた。私の道も照らしてくれた。不思議と涙は出なかった。ただ、ご主人様の言葉通り、生きようとそう思った。それがご主人様の遺志で、それを尊重することが私のしたいことだ。
だからきっと、ご主人様の遺志をやり遂げて、私の道が完成した時、ようやく私は泣けるのだろう。それまではご主人様は私の中で死んでいないから。
そして、私の一番になる人に慰められながら、私はまた歩き出して、新たな道を作って行こう。そして、子どもたちに囲まれて生活して、年老いて死んでいこう。ご主人様の夢を私が叶えてやったって自慢しよう。
私にとって、ご主人様は一番ではない。
唯一、だ。唯一無二のご主人様。




