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10/13

残り【10日】〜亀裂〜


 今日はどんよりとした曇り空だった。ここのところ晴れ間が続いていたから、花壇の土の湿りには気を配る必要があったが、今日はその心配はなさそうだ。

 朝食の指導を終えた私はいつも通り、花壇に来ていた。最近はエリナさんから怒られることも少なくなり、効率よくなってきた。簡単な調理ならもうすぐマスター出来そうだ。


 菜園の方も順調だ。もう数日もすれば、実をつけるものも出てくると思う。

 出来れば、私が調理したいな。手作りの野菜を私が手作りで料理して、ご主人様に褒めてもらいたい。きっと美味しくなるはずだから。

 そんな妄想をしていると、エリナさんがやってきた。私を探していたらしい。


「リータ。もし雨が降るようなら洗濯物は中へ取り込んでください。私は少々出先へ参りますので」


 私が頷くと、エリナさんは少し急ぐ様子で家を出ていった。

 洗濯物を任されたが、今はまだ降る様子もない。一通り掃除等も済んでいるので、ご主人様のいる執務室へ行ってみた。何気に入るのは初めてだ。入れてくれるかもわからないが、とりあえず扉をノックしてみた。


「誰?」

「リータです。少し入ってもよろしいですか?」

「どうぞ」


 その許可を合図に私は扉を開けた。チラッと中を見たことはあったが、机と本棚が一つ。今はカーテンが閉まっているが、開けばかなりスタイリッシュな雰囲気で過ごしやすそうな部屋だ。私の想像する執務室とはちょっと離れていた。


「突然どうしたの? 何かあった?」

「い、いえ! ただ少し暇を持て余していたので、お邪魔でなければお話出来たらな……と」


 口にしたら少し恥ずかしかったが、ご主人様は「嬉しいよ」と微笑んでくれた。


「リータも仕事の手際がかなり良くなったもんね。暇だったら、いつでも来てくれていいからね」

「そんなこと仰っていると、いずれここに入り浸りになりますよ?」

「ハハハ。それも悪くないね」


 冗談っぽく言ったのに、ご主人様の反応は悪くなさそうだった。今度から気軽に来ちゃおうかな。


「ところで、ご主人様は先ほどまで何をされていたのですか?」

「んー、書類整理かな。慣れないことだから、すぐ肩が凝っちゃうんだよね」


 執務室に篭っているが、半分くらいは疲れて休んでいることが多いのだとか。だから、私が来ても邪魔ではないと言ったのだろう。

 ご主人様の机上には、色んな紙束が散乱しゴチャゴチャになっていた。ご主人様は少し雑なところがあるようだ。


 ただ、机上の端にあった額縁の周りだけは綺麗に整えられていた。額縁の中には、綺麗な長髪の女性の絵が描かれていた。


「綺麗な人ですね」


 と言ったら、ご主人様は嬉しそうに、


「マレイっていうんだ。俺の愛してる人」


 と微笑んで言った。やはりご主人様にもそういう方はいらっしゃるんだ。だけど、マレイという方が訪ねてきた様子も、ご主人様から会いに行った様子もない。その方は今どうしているのだろうか。

 あまり、考え過ぎると嫉妬してしまいそうになるのでやめておこう。それに、人のプライベートに立ち入るのも野暮ってものだし。

 ご主人様もあまり深くは話す気が無いようで、話題をかえてくれた。


「そういえば、菜園の方はどう? 俺が勝手に【促進】の魔法かけちゃったけど、順調に育ってる?」

「はい。もうすぐ収穫出来るくらい育っていますよ。ここのところ、天気が良かったですから」

「そっか。何とか俺も死ぬ前には一口味わいたいからなぁ」


 ご主人様はあっけらかんと笑ってそう言った。私は何の冗談だろうと笑って、


「ご主人様が死ぬまでに何回季節が移り変わると思ってるんですか。また他の野菜を育てたりだって……」

「何言ってるの、リータ? 俺はあと10日で死ぬよ」

「……え?」


 突然、話が噛み合わない感覚に襲われた。ご主人様は何を言っているのだろう。

 すると、ご主人様は服を脱ぎ出し、肩のあたりを私に見せた。黒い刻印が刻まれ、びっしりと体のあたりまで広がっているようだった。


「この呪いの猶予が後10日なんだ。呪いが発動すれば、俺は死ぬ。だから、最後にリータが育てた野菜を食べたくて【促進】の魔法をかけちゃったんだよね」


 死、呪い、私の頭の中でその単語たちが渦巻いた。ご主人の言葉が重くのし掛かってくる。聞きたくないのに、聞かずにはいられなかった。


「ところで、リータ。奴隷の腕輪は壊れそうかな。初めにも言ったけど、リータを死に巻き込みたくないからさ」


 私は奴隷の腕輪を見た。私は今まで何を勘違いしていたのだろう。今まで私に幸せが続いたことなんて無いのに、それをこの生活が永遠に続くものだと。

 気づけば、私は執務室を飛び出していた。ご主人様の必死に止める声が聞こえたが、そんな制止を振り切って、私は自分の部屋に飛び込んで鍵を閉めていた。


 私はわざと忘れていたんだ。いずれ終わってしまう幸せをに目を瞑って、目の前の幸せだけに囚われて。

 でも、今日でそれも終わりだ。私はもうご主人様の前には立てない。あの人が居なくなった世界を想像するだけで、胸が張り裂けそうだ。そんな世界に私は生きていけない。


 一度は壊れかけて、ようやく修復しつつあった心は粉々に崩れ落ちた。もう、立ち上がる気力もない。




 私はまた暗い世界にいた。


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