第363話 16歳のイングリス・お見合いの意味15
「はっはは! 長くて呼びづれぇだろ? 戦いの最中に舌を噛んじゃいけねえ、適当に略せよ? ジルでも武公でもジル兄貴でもジルニキでも何でもいいからよ!」
「そうですか、ではジル様のお言葉に甘えます」
イングリスは微笑みながらそう応じる。
本当に天上人の最上位の一角と言う立場に見合わない気風の良さである。
これは為政者と言うよりも完全に武人、武芸者の振る舞いだ。
残りの三大公、エリスが言っていたのは技公と法公だったはずだが、そちらが統治の面を引き受けてくれているのだろう。
だから武公ジルドグリーヴァは、有事に備えて己を磨き続ける武人のままでいられるという事だ。
同胞の頂点、つまり国王のような立場にありながらそれが許されているのは羨ましい。
前世のイングリス王は統治に忙殺されて、自分の武を突き詰める時間が無かった。
もし自分も彼のようであれば、やりたいだけ己の武を極めて、転生を願わなかったかも知れない。
――それはそれで問題がある気はする。
あそこで満足していたら、イングリス・ユークスとしての人生が無いからだ。
可愛いラフィニアに出会う事も出来なかった。
着飾った世にも美しい自分を鏡に映して、思う存分眺め続ける事も出来ない。
それは、とても由々しき問題である。
イングリス・ユークスとしての人生は、最初こそ女性であったことに戸惑ったが、いざ生きてみるととても楽しいのだ。
それにジルドグリーヴァとしては、有事に備えて修行を繰り返しているものの、その有事が余り起きず、実戦の機会が少ないというのが悩みのようである。
地上の人間にとっては、世界は常に魔石獣の脅威と天上人の圧政に苦しめられる情勢だ。
が、立場を変えて天上人の視点から見ると、世界は特に大きな脅威も争いも無く、常に安定した物資を地上から得られる平和な状態なのだろう。
それを考えると、やはり実戦の機会の多い危険な世界で、身軽な一兵卒として常に最前線に立ち続けるのが一番いい。
つまり今のイングリスの状態だ。
今持っている近衛騎士団長の肩書も、臨時の非常勤とはいえいずれは返上したい所だ。
「しっかり掴まってろ! 落ちるなよ!」
イングリスを肩車したジルドグリーヴァは、強く翼をはためかせる。
――景色が、一変する。
あっという間に、訓練場やユミルの街の光景が滑って流れて飛んで行く。
そして周囲は一面の優しい緑。ユミル郊外の草原の光景だ。
途轍もない速度である。
まるで神行法で瞬間的に距離を跳んだようにも見えるが、そうではない。
ゴオオオオオウウウウウウゥゥゥゥッ!
遅れて来た、風を突き抜ける轟音。
訓練場から街中、それにユミル外郭の防壁まで、猛烈な衝撃波が吹き飛ばして半壊していた。
「……おっと早過ぎちまったか。いかんいかん! がっはっははははは!」
「……今のはジル様のせいですから、私は悪くありませんよ? ラニは怒ると怖いので、ジル様が怒られてください。先程わたし達を止めていた子です」
「お、おう……!? お前がビビるなんてよっぽどだな……?」
「ええ。わたしは全くラニには逆らえませんので」
それくらいラフィニアの事が可愛いからだ。
可愛いは正義、というやつだろうか。
今回五歳の体になってしまった事も、全く怒る気にはなれない。
むしろラフィニアも同じ年の姿になってくれて、懐かしい姿が見られて嬉しい。
「さあ、ではここで思う存分手合わせを致しましょう……!」
イングリスは武公ジルドグリーヴァの背から飛び降り、小さな体で構えを取る。
既に霊素殻を発動し、更に竜理力も即発動できるように練り上げている。
――これでどこまでやれるか。
音を置き去りにするジルドグリーヴァの動き。
それは、あの虹の王に匹敵するかも知れない。
対するこちらは竜鱗の剣も失ったため、単体の戦力はあの戦いの時より落ちている。
五歳の体になったことも、ギリギリの戦いの中では無視できない影響を生むだろう。
だが、何もかもが落ちているわけではない……!
「竜理力っ……!」
白く半透明な竜の力の塊も、小さくなったイングリスの体に合わせて、子供の腕を象っている。
円を描くように両手を動かすと、半透明の手も少し遅れてそれに追従する。
まるで手が四本になったかのような動き。
だがこれではいけない。
「む……っ!」
意識を集中。
竜理力の動きを早め、完全に腕の動きと一致するように操る。
腕が四本ではなく、二本の腕が白い防護膜を纏っているように見えるようになった。
イングリスが神竜フフェイルベインから授かった竜理力は、自分の肉体や武器を模し、その動きに追従して動かす事の出来る力だ。
例えばこれを発動しつつ剣による乱撃を繰り出すと、本体の動作に沿った竜理力も斬撃となり、手数が圧倒的に増すという効果が見込める。
これを動きを模して追従させるのではなく、完全に重ねるのだ。
そうする事により、手数は減るものの一撃一撃の威力を上乗せする事が出来る。
これは竜理力の制御技術が向上した結果だ。
竜理力は意外と霊素に比べれば制御がし易く、こんな応用も効くようになった。
だがこの技術は、単に手数重視か一撃重視かの切り替えのためのものには留まらない。
イングリスは両の拳をぐっと握り、剣を抜き放つ寸前のような姿勢で左右の人差し指側を合わせる。
竜理力は体の動きに重ねたまま、剣を抜くような動きで氷の剣の魔術を作り出す魔術を発動する。
「はあぁぁっ!」
グオオオォォォ……ッ!
イングリスの小さな拳の間に生み出された氷の剣の様相は、普段のそれとは明らかに異質だった。
澄み切った氷が繊細な音色を上げるのではなく、猛る竜の唸り声を上げるのだ。
見た目もいつもの氷の剣ではなく、竜の牙や爪を模したそれになっている。
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