第362話 16歳のイングリス・お見合いの意味14
「ふふふっ……わたしもあなたが何の魔術の助けも借りず、単に肉体のみでわたしと殴りあっているようにしか思えません……! おもしろいですね……!」
「ふふん、何も面白い事なんかねえぞ!? いいメシ食って鍛えまくるだけだ!」
つまり何か秘密の食べ物と鍛錬方法があるという事だろうか。
「おお……? ではわたしにもできるでしょうか!?」
「ほう……!? お前こんな筋肉ダルマになりたいか!? まあ別に止めやしねえけどな!」
「…………た、確かに少々見た目は難がありそうですね」
ちょっと想像した。
まあ正直言って怖い。今の幼い姿でも、普段のイングリスの姿でも。
強くはなりたいが、可愛い服が着られないのは困る。
「うーん、クリスがあんな風にムキムキ……うーん……可愛くないなあ」
「そうね、そして私やリップルを使われると……ちょっとね……」
ラフィニアもエリスもイングリスと同じような表情をしている。
「ほっほっほっほっほ」
老紳士カラルドは笑みを見せるだけで逆に何の感情も読み取れない。
「ですがお見受けした所、ある程度形態は使い分けられそうに思えますが……であればやはり一度試してみたい気はしますね……」
「ふふん。つまり最終的にこんな筋肉ダルマじゃなきゃいいなって事だろ? 俺もこれが最後とは言ってねえぜ?」
「おお……!? 本当ですか!?」
「見たいか? ん? 付いてこられるか、イングリスよぉ?」
「ええ――是非ッ!」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
会話を交わしながらも当然、イングリスと武公ジルドグリーヴァは激しく拳や蹴りの応酬を繰り返している。
「よっしゃ、見てろよ……!」
武公ジルドグリーヴァは一旦手を止め、軽く跳躍してイングリスから距離を取る。
そしてこちらを見て、にやりと楽しそうに笑う。
「くっくくくく……まさかこれを出して戦えるとはなぁ……! ありがてぇありがてぇ! 悪いな、力をちまちま小出しにしちまってよ……! これも性分でな……!」
「その気持ちは、分かりますよ。相手の力を全て受け止めて、その上で勝つ……! それが自分自身も最も成長出来る戦い方ですから。相手の力も見極めないままいきなり全力をぶつけて捻じ伏せても、それでは成長もありませんし興も削ぎます。ですから段階的にじっくりと――どんな戦いにも、自分自身の成長を求めなければなりません」
イングリスが笑顔でそう述べると、武公ジルドグリーヴァは我が意を得たりとばかりに、パッと明るい笑顔を浮かべる。
「オマエは俺か! そうだよその通りだ! なんて話の分かる幼女なんだ! こんなに楽しいのはほんっっっっと何十年ぶりだろうな!? はははははははっ! よーしじゃあいくぜ! よーく見てろよ! うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ボゴオォォォッ! メギメギメギメギメギメギィィィィ――――ッ!
筋肉が更に膨らんだかと思うと、一転して捻じ曲がるように蠢きながら腕や足に巻き付いて、収縮して行く。
そう思うとまた更に筋肉が膨らみ、またギュッと巻き付くように収縮して行く。
首や腕、胸や腹や、脚や足、全身全てにそのような異様な蠢動が発生する。
特に背筋の動きの異様さが顕著で、隆起した筋肉が捻れながら細長く伸び、骨のように硬質化して行った。
それが何本も折れ曲がりながら更に伸びて、骨組みのようになって行く。
そして骨組みと骨組みを繋ぎ合わせるように薄い膜のようなものが張る。
「……翼……!?」
そのようにしか見えない。
筋肉がギュッと収縮されてそんなものに変質するとは、中々非常識な体だ。
天上人に地上の人間と同じ常識を当てはめようとするのが間違っているのかも知れないが。
「中々便利な体をしていらっしゃいますね」
「がっははははははは! マジになって体を鍛えりゃ、翼くらい生えらぁ!」
中々無茶な事を言う。だが、中々面白くもある。
「ふふふっ……中々面白い事を仰いますね。流石に真似できそうにありませんが」
ともあれ翼が生えた以外は筋肉がより凝縮して収縮。
体の大きさはむしろ小さくなっていた。事前の宣言通りではある。
極圧縮されて体に巻き付いた筋肉は翼の骨組みと同じように硬質化していて、まるで鎧のように武公ジルドグリーヴァの表皮を覆っていた。
それと共に彼の発する迫力や威圧感というものが更に強烈になった。
魔素や霊素のように明確なものでは無いが。
「まぁ真面目な話、俺等の御先祖には翼でもあったんじゃねえかぁ? ガンガン体を鍛えた事によって、退化したモンが活性化して先祖返りしたってな? どっちかつーと俺達天上人は技術重視の運動不足の種族だからな……! 使わねえもんは退化するもんだわな……!」
「なるほど……機甲親鳥や機甲鳥のような便利なものがあれば、自分の翼は使わなくなるものかも知れませんね。何であれ自分の体を使うのは疲れるでしょうし」
「もっと便利なモンもあるがな、まあその通りだ……! さあやろうぜぇ、イングリス……! これを見せるのはお前が始めてだ……! くっくっくっくっ、どれ程の物か俺にも良く分からねえ! 悪いが実験台になってくれや……!」
「悪くなどありませんよ、喜んで!」
「ありがとよ! じゃあ行くぜ――!」
「ええ――!」
「ちょっと待ってえぇぇぇぇぇぇっ!」
と、悲鳴に近い声を上げたのはラフィニアだ。
「「?」」
イングリスも武公ジルドグリーヴァも、きょとんとしてラフィニアを見る。
「これ以上ここで戦ったらお城が壊れるから、街の外でやって欲しいんですけど……!?」
既に訓練場の壁の二か所はイングリス達が蹴ったせいで大きく崩れ、撒き散らされた衝撃波であちらこちらが軋んでひびが入っている状態だ。
足元の石床も凸凹になっている。
一番大きいのはあちらが最初に飛び降りて来た時の穴だが。
「おぅ……! そうかそうか。そいつはいけねぇ、じゃあほら乗れよ、街の外行くぞ!」
と、身をかがめて自分の首元に乗れと促して来る。
折角なので、お言葉に甘える事にする。
「では失礼します、武公ジルドグリーヴァ様」
イングリスは武公ジルドグリーヴァの肩にぴょんと飛び乗る。
肩車というやつだ。昔は父リュークによくしてもらっていた。
それを思い出して、少々懐かしい。
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