第356話 16歳のイングリス・お見合いの意味8
そして数日後――ユークス邸のイングリスの自室。
夜更かしをして、イングリスは少々朝遅くまで寝坊をしてしまっていた。
バタン!
いきなり扉が開く。
ダダダッ!
駆けてくる音。
「!?」
イングリスもようやく気付くが、もう遅い。
ぼすっ!
ベッドに飛び込んで来る人影。
「ひゃあっ!?」
「おっはよー! クリス!」
満面の笑みのラフィニアである。
勢いよく走って飛び込んで来られると、重いのだが。
「お誕生日おめでと~! 今日から16歳だね!」
「ラニ……!」
この痛みも重みも、いち早くそれを言わんがためである。
それを思うと、文句など出ず喜びと笑顔しか出てこない。
「おはよう、ラニ。それから、ありがとう」
「うんうん。よーしじゃあ早速脱いでもらいましょうか!」
と、イングリスの元々薄い夜着を剥ぎ取りにかかる。
ついでにリンちゃんもイングリスの胸に飛び込んで来る。
「ひゃあぁぁっ!? 止めてラニ……! な、何……?」
「決まってるじゃない! お誕生日だから新しい服、作って来たわよ! って……ん? また胸おっきくなってる? サイズ大丈夫かな? ちょっとごめんね」
むにむにむにむに……
言いながら必要以上に胸を揉みしだいてくる。
「えぇ? そんな事ないと思うけど……? 別に下着がきつくなったりしてないよ?」
「ん……でしょうね。ちょっと触りたかっただけだし」
「ひどい……! それにちょっとじゃないよ! もう……!」
ラフィニアはひょいとベットから飛び退いて逃げてしまう。
「まあまあ頑張って新しい服を手作りして来たんだから、手数料よ手数料。ほら早く起きてこれを着てみて! きっと似合うから!」
ラフィニアは可愛らしく包まれたプレゼントを手に、機嫌良さそうにくるくると回りはじめる。
「うん、分かった」
その様子についつられて笑いながら、イングリスもベッドから出た時――
がん!
ラフィニアがベッドの脇の机に当たって躓いてしまう。
「わっ!?」
「ラニ!」
無論、イングリスはすかさずラフィニアを支える。
だが代わりに、机の上に置いてあった改造中の魔印武具が床に落ちてしまった。
沢山広げてあった部品や資材と共に、バラバラと地面に投げ出されて――
ボンッッッッッ!
何と何がぶつかったのかは分からないが、大きく煙を立て、それが室内に充満した。
一瞬で視界が奪われる程だ。
「うわっ!? な、何これえぇぇ……!? ゴホッゴホッ……!」
「と、とにかく窓を開けて……!」
煙を逃がして、段々視界も晴れてくる。
「ご、ごめんねクリス……! あたしのせいで……」
「また作ればいいし大丈夫だよ? それよりラニ、大丈夫? どこも痛くない?」
「うん、大丈夫……」
イングリスが差し出した手をラフィニアが握る。
……何だか違和感があった。
手の感触が普段と違うような。
妙にふにふにとしているような。
「「ん?」」
その違和感の正体は、すぐに明らかになる。
見えてきたラフィニアの姿は、ちょうど十年程前、五、六歳の頃のものだったのだ。
「「うわぁ! 懐かしい! 可愛い!」」
その台詞が完全に一致する。
「「え?」」
それも一致。
「「か、鏡っ!」」
鏡の中には、五、六歳のイングリスとラフィニアがいたのだ。
「「えええええぇぇぇぇぇっ!?」」
その声まで完全に一致してしまった。
◆◇◆
そして、イングリスとラフィニアの小さくなってしまった体は戻らないまま、お見合いの予定の日がやって来た。
「う、うーん参ったわねえ……」
「そ、そうね姉さん……そもそも戻れるのかしら」
そう言う伯母イリーナと母セレーナは、それぞれの娘を膝の上に抱いていた。
「でもこんな姿になられたら、これはこれで悪くないのよねえ」
「そうね。お見合いには問題だけれど……」
ぎゅ~っと抱きしめられる。
「「ああ、可愛い……」」
二人とも幼児の姿になってしまったイングリスとラフィニアを心配してはいるのだが、それ以上に昔懐かしい娘の姿に喜んでしまい、すぐ膝に入れて抱きしめたがるのである。
もう数日もこの調子である。
まあ気持ちは分かる。
こうなった直後はイングリスも小さくなったラフィニアが可愛過ぎて抱きしめてしまったし、ラフィニアも小さいイングリスを見て同感だったらしく、暫く二人で抱き合ってしまった。
さらに鏡の中の自分自身もとても可愛かったので、一人になったら鏡の前で何時間も費やしてしまった。
ラフィニアの用意してくれた誕生日プレゼントの服は、着られなくなってしまったが。
母と伯母を喜ばせてあげられたのはいい事だ。
が、しかし。数日経つのに元に戻らないのは、これは自然には戻らないのだろうか。
イングリスにも良く分からない。
良く分からない状態で改造中の魔印武具が爆発して、こうなっているから。
魔印武具の核の部分を複数分繋ぎ合わせるようにして総合的な出力を高め、奇蹟の内容も変えられないか改造を試みていた途中だった。
目指していたのは、攻撃したものの大きさを変えるような効果だった。
アリーナはまだ十歳で幼い。
魔石獣はともかく、もし人間と戦わねばならなくなった時、相手を小さくすれば命を奪う事なく無力化できるのではないか、と考えた結果だ。
レオーネの黒い大剣の魔印武具は剣自身の大きさを変えるが、それを相手に作用させることを狙ったのである。
それを参考に核の魔素制御の構成を組み替えようとしたり、隠し味的に霊素を少し注入したりしていた途中だった。
霊素を使っていたのが悪かったのかも知れない。
それで核の部分に過大な負荷がかかり、少しの衝撃で爆発し変異した奇蹟の効果をばら撒いてしまった、と。
推測できるのはこのくらいだ。
もしこのまま戻らなかったら、ミリエラ校長やセオドア特使に相談して本格的にこの効果を元に戻す方法を検討する必要があるだろう。
だがとりあえず、今は――
「しばらくはこのままで問題ありませんよ。休暇が終わってもこのままであれば、騎士アカデミーに戻ってから相談してみますので。お見合いはこのままで行えばよいかと。わたしは困りません」
別のこの五、六歳の小さな体でも戦えないという事は無い。
多少身体能力が落ち、手足が短くなって直接攻撃の間合いが短くなったくらいだ。
「え~! あたしは困るわよ、こんな子供だとちゃんとお見合いできないわよ!」
「わたしは戦えるよ?」
「だからお見合いは、戦う前に睨み合うことじゃないのっ!」
「うーんまあ確かに、子供だとそういう事はやりづらいよね……」
「でしょ!? ねえ何とかならないの、クリス……!?」
「今は難しいかな。ごめんね?」
イングリスはニコッと笑ってそう応じる。
ラフィニアのお見合いが成立しないのは、いい事だ。
ビルフォード侯爵経由で止めて貰う算段もしていたが、これでお見合いどころではなくなるのならばそれでも構わない。
イングリスも幼児の姿になってしまったが、こちらは別にこのままでも戦える。
イングリスに勝てればその先の話をするという話を通して貰っておいたので、挑戦者たちには子供化したイングリスの状態は、むしろ勝機と捉えられるはずだ。
つまり、直す直せないの問題ではない。
今は直さない。その方が好都合だ。
「クリスってば真剣に考えてないでしょ! あたしのお見合いが潰れるからって!」
「そんな事ないよ?」
「……まあ、ラファ兄様にとってはチャンスだけど……」
ラフィニアがぼそりと何かを言った。
「ん? 何?」
「なんでもなーい!」
と、そこにエイダが顔を見せた。
「皆様! お客様がお見えになられました!」
イングリスは母セレーナの膝からぴょんと飛び降りる。
そしてバシッと拳を手に打ちつけた。
「来ましたか……! エイダさん、敵は何人ほどですか?」
「いや敵じゃないから! お見合い相手だから!」
「ほんと、昔のセレーナにそっくりだわ……」
「はははは……」
「それが、お客様はお一人で……」
「一人だけですか。少々拍子抜けですが、後から来て下さるかもしれません。それに一人で乗り込んでくるという事は、腕に覚えがあるという事ですね。どんな方でしたか?」
「ええと腕はお立ちになるでしょうが、お見合いのお相手ではないかと」
「「?」」
では、何だ。
イングリスもラフィニアも首を捻る。
「あ、ひょっとしてラファ兄様?」
だとしたら、お客様でもなんでもないが。単なる帰郷である。
「いえ違います。天恵武姫のエリス様がいらっしゃいました」
「「エリスさんが!?」」
何故エリスが来るのだろう?
イングリスたちは早速、エリスの元へ向かった。
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