第357話 16歳のイングリス・お見合いの意味9
「ええぇぇっ!? あ、あなたたちどうしたのよ、その姿は……!?」
イングリスとラフィニアの姿を見ると、エリスはびっくりして声を上げる。
「魔印武具の改造を試していたんですが、失敗して奇蹟が暴走してしまったみたいです」
「だ、大丈夫なの、それは……?」
「ええ。たまには子供の姿も悪くありません。結構楽しんでいますよ。ほら見て下さいこのラニを。とても可愛いです」
「ま、まあ可愛さで言えば……あなたもね。子供の頃はこんな感じだったのね」
「ありがとうございます。それで、どうしてエリスさんがいらっしゃったのですか? ひょっとしてどなたかの傭兵や代理としてわたしと戦って下さるのですか!? では早速手合わせのほうお願いします!」
「違うわよ。どうして私がそんな事をしなければならないのよ……!」
「……では、エリスさん自身がわたしとお見合いして下さるのでも構いませんが!」
「ば、馬鹿を言わないで……! も、もし私が勝ったらあなた、私と結婚する事になるのよ……!? そ、そんな事出来るわけがないでしょう……!?」
エリスにしては大きく動揺している様子だった。
「まあそのあたりは後で相談するとしてとりあえず手合わせを……!」
「だ、ダメよそんな事……!」
「はいはいクリス! エリスさんを困らせないの!」
ラフィニアがエリスに手合わせをねだるイングリスを止める。
「じゃあエリスさんの用って何なんですか?」
「え、ええ……私は王家からの要請を伝えるために来ました」
「「王家からの要請……!?」」
伯母イリーナと母セレーナが驚きの声を上げる。
「ええ。今回のこの二人の縁談は見送って頂きたい、と」
「ええぇっ……!?」
「王家からの通達で、そんな事を……!?」
「カーリアス国王への暗殺未遂。ヴェネフィク軍の王都急襲。それに虹の王の復活……この短期間で、国内で大きな事件が起き過ぎました。まだ今後の国内の方針も固まらない情勢では、この二人の縁談の影響が政治的に大き過ぎるという事です。例えば今、二人を娶った有力貴族が、報復のためにヴェネフィクを討つべしと主張したならば、そちらに大勢の意見が傾くでしょう。それだけの名声が今の彼女達にはあります」
とエリスは伯母イリーナと母セレーナに向かって言う。
「「え、ええ……」」
二人は顔を見合わせた後、表情を引き締めて頷いた。
「必要以上の影響を避けるため、先程も言ったように今の時期の縁談は見送って頂きたいというのが王家の意思です。この事はビルフォード侯爵やリューク騎士団長の同意を得た上で、既にこちらに縁談を持ち込んだ各所にも通達しています。ですから、縁談の相手はやって来ないはずです。事後承諾になってしまい申し訳ありません」
と、エリスが丁寧に伯母イリーナと母セレーナに向けて頭を下げる。
「……そ、そうですか――承知しました」
「そういう事でしたら、仕方がありません……」
「まあ、ラフィニアもクリスちゃんもこんな状態だし……逆に先方にご迷惑を掛けなくて良かったのかもね」
「そうね、姉さん。だったら暫く、小さくなった二人を楽しんでいていいのかしら」
伯母イリーナと母セレーナは、話し合いながらそれぞれの娘を抱き上げた。
「そうして頂けると助かります……確かに二人とも可愛いですね」
エリスはその様子に微笑んでいる。
あまり見せない表情だ。
「あーあ。あたしはお見合いしたかったのにぃ~!」
「わたしも国中の精鋭と戦いたかったのに……!」
「「あの手紙がなんで……?」」
イングリスもラフィニアも口を揃える。
「! あぁっ!? クリス、何かやったの……!?」
「ラニこそ……! 何かやったんだね……!?」
「あなた達がそれぞれ出した手紙……これがどちらもラファエルの所に届いたのよ。ビルフォード侯爵は重要な会議中で、届けられなかったから」
と、エリスは二通の手紙を取り出す。
片方はイングリスがビルフォード侯爵に宛てたもの。
もう一つはラフィニアがラファエルに宛てたものだ。
イングリスはラフィニアのほうの手紙の内容を見せて貰う。
内容としては、ラファエルにイングリスが自分に勝った者がいたら縁談を進めると言っているから、戻って来て挑戦して倒してくれというものだ。
そしてラフィニア自身のお見合いについては書いていない。
下手に邪魔が入らないようにだ。
まあそれはそれで、イングリスとしてはラファエルと本気の手合わせが出来るのならば歓迎したい所ではある。
「あー! クリスのこの手紙、エリスさんが言ってる理由そのままじゃない!」
「でも、わたしはラニのほうだけ止めてくれるようにお願いしたのに……」
「ラファエルがいきなり予定を変更して休暇が欲しいなんて言うから、ね。その場にいたウェイン王子やセオドア特使もどうしたんだって話になって、手紙を見たら確かにこの時期の縁談は良くないのはその通りだし、お互い相手の事しか書いていないけれど、二人ともに縁談が来ているのは分かったから、両方止めた方がいいという事になったのよ。それでウェイン王子とセオドア特使がカーリアス国王陛下に許可を取って、こういう事になったわ」
「ああ……ラファ兄様でなく侯爵様だけに届いていれば……!」
そうしたら、秘かにラフィニアのお見合いだけを停止してくれたかもしれない。
知らないうちにラフィニアがラファエルに宛てた手紙を出していたことによって、ラファエルの所に行き先が纏められてしまったのだ。
そして運悪く大事になってしまった。
イングリス一人の縁談ならば、挑戦者を全員叩き伏せて政治利用を許さず手合わせを楽しむことが出来たのに。
「ラニがラファ兄様に手紙を出すから……!」
「クリスが余計な事を書いたから……!」
イングリスとラフィニアが、それぞれの母に抱っこされながら言い合っていると――
「み、皆様……! た、たた大変ですッ!」
エイダがこれ以上なく慌てた様子で、イングリスたちの元へやって来た。
「エイダさん……!?」
「ど、どうしたの? そんなに慌てて……!」
天恵武姫のエリスが訪ねて来てもそんな驚き方はしていなかったのに。
「ご、ご覧いただければすぐ分かります……! 外に出て、空を見上げてみて下さい!」
「外……空……!?」
「ひょっとして魔石獣かも!」
イングリスは母セレーナの腕からぴょんと飛び降り、真っ先に駆け出した。
お見合い相手と手合わせできない分、魔石獣くらい来てくれてもいいだろう。
「あっ! こらクリス……!」
「きっとわたしのために来てくれたんだよ! 強い魔石獣だといいな!」
走り出すイングリスにラフィニアが付いて行くが、体が小さくなった影響か、転んでしまう。
「ひゃんっ! もぉ~~……!」
それをひょいと抱き上げてくれたのは、エリスである。
「可愛らしくなったのは見た目だけね……! 中身が何も変わってないわ!」
文句を言いながらも、ラフィニアを抱いてついて来てくれるエリスと共に、中庭にある騎士団の訓練場に出て――
「ん……?」
暗い。屋外のはずなのに、天気も良かったはずなのに。
影が訓練場の全体に。いや城全体に、いやユミルの街全体に。
違和感を感じつつ、エイダに言われたように空を見上げる。
そこにはユミルの数倍、いや十倍以上の規模を持つ巨大な浮島が浮かんでいた。
「おおおお……! あれは……!?」
「こ、こんな近くで見たのって初めて……!」
「ど、どういう事なの……!?」
その影のせいで、異様なほどに暗かったのだ。
「「「天上領……!」」」
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