第268話 15歳のイングリス・神竜と老王(元)41
「みんな聞いてくれ――!」
野営地の中心部、ラティ達が使っている宿舎の前で――
集まった住民達を前にして、ラティは改まった真剣な表情で呼びかけていた。
その傍らにはプラムがいて、少々居心地が悪そうに俯いている。
イングリス達が野営地に戻ると、プラムは既に意識を取り戻していた。
それから少し休んで落ち着いてから、ラティがこうして人々を集めたのである。
イングリス達は住民達の輪から少し離れた、ルーイン達騎士隊の近くに立ってその様子を見守っていた。
先程の騒ぎの事もあり、住民の側も騎士隊の側も、お互いに緊張感が走っている。
「――くるひゅ。ゆりゃんひひゃらめよ? にゃにがありゅかわかりゃにゃいいんりゃかりゃ……!」
「わひゃっれるよ。りゃに――らいひょうぶらかりゃ……!」
そんな中、イングリスとラフィニアの口はもぐもぐと忙しく動いている。
二人が手に持ったお皿の上には、大量の串焼き肉が盛られていた。
機神竜と戦えなかった悔しさは、食べて食べて食べまくって晴らす――それを早速実行に移しているのであった。こうでもしないとやっていられない。
「……油断しないようにって、言ってるの?」
レオーネが聞くと、イングリスもラフィニアもこくこくと頷く。
「……どっちが油断してるのよ。もう――」
「どう見ても緊張感があるようには見えませんわねえ――」
レオーネとリーゼロッテがため息をつく中――ラティは住民達への呼びかけを続ける。
「さっきの騒ぎの事は詳しく聞いた……! 俺は誰も罰するつもりはない……!」
その一声、住民達の間には多少の安堵感が広がる。
騒ぎを主導したのはイアンだったが、結果的に騎士隊側に刃を剥けるような事態に発展してしまっているのだ。しかもプラムは重傷を負ってしまった。
あの輪の中にいた者を捜して捕らえると、ラティが言い出しても不思議ではないのだ。
「そして罰するつもりが無いのは、こいつも同じだ――」
言ってプラムに近寄り、その肩に手を置いた。
「ハリムのやったことは許されねえ……だから、その妹のプラムも許せないって言うのも、分からなくはねえ――それが、皆の素直な気持ちなんだろうと思う。いくらハリムとプラムが別だって言っても、そう簡単なもんじゃねえって事だよな――」
「ふみゅ――」
神竜の肉はこんな時でも極上の美味である。
イングリスは舌鼓を打ちながらラティの言葉に頷く。
本来あるべき論理としては、罪は個々の人間に依存するもの。
ハリムの罪をプラムに負わせるような真似は、決して褒められた事ではないのだが、他に行き場の無い感情がそれを求めるのも事実。
レオーネもその事実によって、辛い境遇に置かれてきた。
人々に正しい法と規範を示すのが良き王ならば、人々の心に寄り添う王も良き王である。そして目の前の状況と照らし合わせて見れば、前者と後者は矛盾する。
どちらが正解かなどは、その時々で変わるという事だ。
そして同じ言葉でも、誰が言うかによっても結果は変わる。
とにかく、思い切ってやってみればいい。
「だから――俺も素直に俺の思ったままを言わせてもらうぞ……!」
イングリスが見守る中――ラティは強い意志の光を瞳に漲らせる。
「俺はこの国の王子として、こいつを――プラムを后として迎える事を宣言する!」
「「えええぇぇぇっ!?」」
「「おおおおぉぉぉっ!?」」
「「な、何だと……!?」」
様々な感情の入り混じった声が上がり、俄かにその場が騒々しくなる。
「ハリムの罪がプラムの罪になるなら、プラムの罪も俺の罪になる! そしてこれから先の俺の人生をかけて、これを償って行こうと思う――! このリックレアを復興して、必ず前より豊かな街にして見せる! だから……俺達に少し時間をくれ――! この通りだ! 頼む……!」
ラティは面前の住民達に向けて、深々と頭を下げて見せる。
「あ、あの――ラティ……! 私……っ!」
「何だよ、今さら嫌だなんて言うんじゃねえぞ……!? もう言っちまったんだからな?」
「で、でも……本当にそんな――う……うぅぅぅぅぅ……っ!」
「……! 今は泣いてる場合じゃねえんだよ、とにかくお前も頭下げろ……!」
「は、はい……っ!」
そうして、揃って頭を下げている二人に――
パチパチパチパチッ!
真っ先に拍手を浴びせたのは、イングリスの横にいるラフィニアだった。
「いいひょろ~! そりゃれいいにょよ~! おめれひょろ~!」
――ただし、口の中を神竜のお肉でいっぱいにして。
感動して涙ぐみながら口をもぐもぐと動かし拍手。忙しいことだ。
「りゃに! そんにゃらつたわりゃないひゃら……!」
「イングリスもね……! もう、ちゃんとしてあげてよ――!」
イングリス達を嗜めながら、レオーネも拍手をする。
「わたくし達は賛成しますし、応援しますわ!」
リーゼロッテもそう言って拍手をする。
ラフィニア達三人の表情は、乙女の憧れというやつでキラキラしていた。
イングリスとしてはそのような憧れは持ち合わせていないため、別の事が気になった。
自分が結婚など考えていないためか、あの場のプラムの立場であれば断るしかないのだが、こんな人前で断ってしまったら、相手に恥をかかせる事になってしまうな――と。
まあプラムにそのような心配は無用だったようで、結果としては良かったが。
イングリスも別に反対ではない。
若く青臭いが、瑞々しく輝いていて、微笑ましい事だ。
パチパチパチパチパチパチッ!
そして、イングリス達以外からも拍手が起きる。それが段々、大きく広がって行った。
ここにいる住民達は、様々な事情はあれども、基本的にリックレアを開放して復興しようというラティ王子を慕って集まってきた人々だ。
だから、ラティの言う事なら従うという者もいるだろうし、純粋にその覚悟と姿勢に感銘を覚えた者もいるだろう。中にはまだ納得は行かないが、ラティの言葉に免じて様子を見よう、という者もいるに違いない。
「俺はプラムさんを信じる……! 体を張って俺を助けてくれたんだ――! あんなの単なる人気取りでできやしない! 本当に俺達の事を考えてくれてるんだ――!」
中にはプラム個人を信頼し始めている者もいる様子だ。あのプラムが負った怪我も、決して無駄ではなかったと言う事だろうか――
ともあれ、もう一度あのような騒ぎが起こる心配は、当座のうちは無くなったと見ていいだろう。
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