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毒舌メイドと風邪


「―――私の理解が及ばずお手数をお掛けいたしまして申し訳ありませんが、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「いいだろう。許可する」

「…どうしてご主人様が私の部屋にいらっしゃるんです」


ロアの問いかけに、リュッカは胸の前で腕を組みながら、小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「てめぇが無様にぶっ倒れたって言うから見に来た。こんな機会はめったにねぇだろうからな」

「なるほど、それで先程から看病する素振りも見せず木偶の坊のようにそこに突っ立っておられるのですね」

「芋虫みてぇに転がってる様をスケッチしても良かったんだがな、病人には酷かと思ってさすがに控えておいてやった。感謝しろよ」

「それはそれは、わざわざご丁寧にどうもありがとうございます。ついでと言ってはなんですが、あちらに見える池に嵌って溺死してくださいます?」

「馬鹿言え、そんなことしたら風邪引くだろうが。お前とお揃いなんざ死んでも御免だ」


ロアは何度か乾いた唇を開閉していたが、結局何も言わずに口を閉じ、ベッドに深く沈み込んだ。応答することさえ億劫そうな彼女を覗きこみ、リュッカは小さく首を傾げる。


「随分弱っているようだな」

「…元気になったらお相手して差し上げますから、早くお戻りください。暇つぶしならメアリがいるでしょう」

「飽きた」

「あなたこの短時間であのいたいけな少女に何させたんですか…」


リュッカがベッドの脇に腰掛けて、スプリングが鈍い悲鳴を上げても、いつものような罵倒も毒舌も飛んでこない。投げ出すように置かれていたロアの手に自分の手を乗せた彼は、小さく熱いなと呟いた。


「伝染りますよ」

「阿呆か、てめぇとは鍛え方が違ぇんだよ」

「……そうですか」


いつもならここで「そんなひょろ長の成りでそのようなことを仰るとは片腹痛い」くらいは言いそうなロアは、やはりぐったりとしたままかろうじてそう返答した。そのまま口を開こうとしない彼女の横に座りながら、リュッカはぼんやりと窓の外に目を向ける。2人の手は静かに繋がれたままだった。


「いい天気だな」

「…ええ」

「今日のパンは不味かった」

「そうですか」

「あの花瓶は誰の趣味だ?正気を疑うな」

「…」

「…おい」

「…」

「おい、聞いてんのか牛女」

「…ご主人様」


片目をうっすらと開いたロアが、囁くようにリュッカを呼んだ。汗ばんだ手のひらが自分の手を握り返したのを感じて視線を落としたリュッカは、彼女の微笑みをまともに見て面食らった。駄々をこねる子供をなだめる母親のような、穏やかな苦笑だった。


「ただの風邪です。明日には良くなりますよ」

「……」

「死の病でもないのに大袈裟ですね」

「…あの女も」


リュッカが呟く。微睡んでいるのかと思うほど、不明瞭で小さな声だった。ロアからは俯いたリュッカの表情が見えない。


「あの女もそう言って、死んだ」


窓から差し込む日差しは場違いなほどに穏やかだ。しんと静まった部屋に、間の抜けた鳥の鳴き声が響いている。しばらく黙ってリュッカを見上げていたロアは、胸に溜まった熱の淀みを逃すかのように、大きく息を吐いた。


「…大奥様は肺のご病気だったのでしょう」

「ずっと風だと聞かされていた」

「私をお疑いに?」

「…」


リュッカは俯いたまま黙っている。リュッカの母親はロアがこの屋敷に来る前に亡くなっている。彼が自分の母親のことをあの女などと呼ぶ理由が彼女にわかろうはずもない。ロアにできることと言えば、熱に浮かされた気怠い身体に鞭打って、押し黙ったままのリュッカの膝の上に頭を置くことくらいだった。


「…なにしてやがる」

「ちょうどいいところに枕がございましたので」

「俺の膝は高ぇぞ。30分でてめぇの年収に匹敵する」

「あなたの膝は黄金か何かで出来てるんですか?」


熱を持った頭が自分の膝に押し当てられるのを見つめながら、リュッカは小さく息を吐いた。そのまま、目の前の小さな頭を撫でる。ふと触れた首筋から、震えるほど力強い鼓動が伝わった。


「…てめぇが弱ってると気色悪ぃんだよ」

「あなたが余計なことをしなければすぐに良くなりますよ」

「あ?俺がそんな事するわけねぇだろうが」

「…今のお姿、鏡でご覧になります?」

「その膝借りて寝てる女が言えたことかよ」

「……」

「寝たふりかてめぇ」


日差しは相変わらず穏やかで、体にまとわりつく空気は暖かい。静かな寝息を立て始めたロアの頭に手をおきながら、リュッカは再びぼんやりと窓の外を眺めた。2人の手は、まだ静かに繋がれていた。



返事がないと不安になっちゃう系男子

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