第24話 柱の記録と、四つの器の献杯
初雪の光が白く反射する土間の中で、ボールペンの先端が滑らかな黒い軌跡を描きながら、手帳の白紙の上を静かに疾走していた。
卓の上に散らばる真鍮の認識票を一つずつ手に取り、ローランドが掠れた声で絞り出す仲間たちの名と、彼らが白峰の尾根で果たした役割をケイは一切の感情の濁りを交えずに紙面へと速記していった。
大聖堂の都合の良い神話によって歴史の闇へと葬られかけていた部隊の生きた証拠が、権力や教会法の改竄を許さない冷徹な事実の記録として確かな輪郭を取り戻しつつあった。
最後の札の記録を書き終え、ケイがペン先を紙面から静かに離したその時、小屋の木製扉が外側から勢いよく押し開けられた。
吹き込んできた雪の冷気とともに土間へと滑り込んできたのは、長いフード付きの防寒着の裾を激しく揺らしたルナと、その背後で周囲への警戒を怠らずに身を滑り込ませたソナだった。
「ローランド、ケイ!昨夜の初雪の折、ローランドが酷く昏い顔をして酒瓶を抱えておったのがどうしても気になってのう、朝の勤行を抜け出して飛んできたのじゃ!」
息を弾ませながら防寒着のフードを跳ね上げたルナの視線が、卓の上に散らばる煤けた真鍮の札と、黄ばんだ教皇の教令、そしてケイの手帳にびっしりと並ぶ文字の列へと吸い寄せられた。
その隣に立つソナもまた、仙骨から伸びる深藍色の尾を大地と平行に静止させたまま瞳を大きく見開き、部屋を支配するただならぬ空気の重みを敏感に察知していた。
「……お嬢さんども、今は引き返しな。ここは貴族の娘が首を突っ込んでいいような奇麗事の場所じゃねえんだ」
ローランドは気まずそうに視線を逸らし、卓の上の認識票を乱暴にかき集めて隠そうとした。
その無骨な手の甲へ、ソナの艶やかな尾の先端が滑らかな弧を描いてトントンと力強いリズムを刻みつけながら叩きつけられた。
「同じ鍋の温かいシチューを分け合い、共に冬支度を終えた仲間を締め出すのは看過できません。それに、その札に刻まれた無数の傷がどれほど過酷な戦いの果てに残されたものか、武芸を修めた者ならば一目で分かります」
「ソナの言う通りじゃ!わらわを子供扱いして遠ざけるでないぞよ!」
ルナは袖を力強くまくり上げると、卓の向こうに座るケイの真剣な眼差しを真っ直ぐに見つめた。
ケイは静かに十年前の白峰の峠で起きた事実――大聖堂が自らの利権と偽りの奇跡のために救援を阻み、部隊が山ごと雪崩を起こして魔獣を道連れにしたこと、そして彼らが命懸けで守り抜いた民に向けて真実を証明しようとしていることを二人の少女へと伝えた。
語られる過酷な現実に、ルナの瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れ落ち、卓の木肌を濡らしていった。
しかし、その小さな両の手のひらは固く握り締められ、少女の胸の奥底で燻っていた何かが音を立てて激しい炎へと燃え上がっていた。
「……許せぬ。自らの権威を飾るために、民の盾となって命を使い果たした者たちを罪人と蔑むなど、大聖堂のやることはあまりにも傲慢で残酷じゃ。そして……わらわは恥ずかしいぞよ」
ルナは自らの胸元を強く押さえ、震える声の中に揺るぎない芯を通わせた。
「わらわは今まで、ただ屋敷の窮屈さから逃げ出したい一心で、外の世界へ行きたいと騒いでおった。だが、この王都の穏やかな暮らしが雪山に立ち塞がったこの者たちの命の上に成り立っておったことを、今の今まで何も知らずにおったのじゃ……!」
少女は棚へと歩み寄り、昨日並べられたばかりの四つの素焼きの器を小さな両手で丁寧に抱え上げて卓へと運んできた。
老門番ゲオルグが置いていった上等の蒸留酒の包みを解き、瓶の栓を抜くと、琥珀色の酒を四つの器の底へと等しく注ぎ分け、かまどの鉄鍋から柄杓で掬い上げた熱い湯で静かに満たしていく。
縁の欠けた大椀、飾り気のない湯呑、小ぶりの丸い器、そして深みのある大振りの器から立ち昇る酒と湯気が、卓の中央に並ぶ認識票を柔らかく包み込んでいった。
「大聖堂の歴史書に載らずとも、教皇の兵がどれほど真実を塗り潰そうとも、わらわがこの者たちの誇りを歌に紡ぐぞよ!」
腰の小さな銀鈴をチリンと澄んだ音で鳴らし、ルナは琥珀色の瞳を誇らしげに輝かせながら、ローランドの濡れた瞳を真正面から見据えた。
「歌は教皇の冷たい法規でも縛ることはできぬ!王都の路地裏でも、酒場の片隅でも、街道の村々でも、民が一度口ずさめば風に乗って海を越え、百年の先まで誰にも消せぬ火となって広がり続けるのじゃ!わらわが英雄の名を、彼らが命を捧げて守り抜いたすべての民へ届けてみせる!」
屋敷の鳥籠を抜け出すための逃避行だった少女の憧れが、歴史から消されかけた死者たちの名誉を民へ手渡すための、揺るぎない使命へと生まれ変わった瞬間だった。
己の主が選んだ道の険しさと、やがて大聖堂や自らの実家である伯爵家と正面から衝突するであろう危険を悟りながらも、ソナは唇の端に誇らしげな笑みを浮かべ、腰の水平尾を滑らかにしならせて主の背筋をそっと支えていた。
「……お嬢様がそこまで腹を括られたのであれば、警備兵としてその歌の道を遮るすべての障害を叩き伏せるまでです」
「小娘……お前さん、自分が何を口にしているのか解ってんのか……」
ローランドの声は震え、膝の上で握り締められた拳は、激しい感情の昂ぶりに耐えかねるように軋んでいた。
たった一人で冷たい土を見張り続けてきた男の前に、その真実を命懸けで受け継ぎ、民へ響かせると誓う少女たちが立っていた。
「ローランドさん。あなたの持ち場は、もう冷たい牢獄ではありません」
ケイは自らの素焼きの器を持ち上げ、相棒の濁りなき眼差しを穏やかに見つめた。
「彼らの真実を地上に繋ぎ止めるための、私たちの誇るべき相談所です」
ローランドは溢れ出る涙を拭おうともせず、震える手で縁の欠けた自らの大椀を力強く抱え上げた。
ルナが小ぶりの器を、ソナが大振りの器を、そしてケイが平らな器を掲げ、四つの湯呑が卓の中央の真鍮の認識票の上で、澄んだ乾杯の音を響かせた。
熱い湯割りの滋味と酒の芳醇な熱がそれぞれの喉を通り、初雪に閉ざされていた墓守小屋の土間は、死者への手向けと未来への揺るぎない誓いの熱気によって温かく満たされていた。




