それは禁句
自己否定や自己卑下的なワードは禁句だと自分の担当講師は言った。
「浅野さん、自分の強みはなんだと思いますか? 次回までに用意しておいてください」
自分のブランディング力をつけるためのコーチングセミナーに通いはじめてふた月、全く自分の価値や自己評価が上がらない気がしている。
それは、他の受講生の面々が承認欲求モンスターみたいな人ばかりで、仲間同士でマウントの応酬に明け暮れているからだ。
これは少し苦手だとか、これはできないと言おうものなら、私はできる、自分はできているという自己アピール攻撃を必ずしてくる。
何が何でも自分が上じゃないと気がすまない、相手や他人を見下せる立ち位置に自分をおかないと病的にいられない人達の集まり。
多分、本来はスクール内でそういうことをしてはいけないものではないのかな?
卒業して互いに商売敵になったならまだしも、まだ何ものにもなれていないうちからこれをやるって······。
どうして講師陣も注意しないのだろうか?
配られたテキストを読んでも、これなら自分で市販の書籍を購入して読めばいいような気がしたので、ここはもう辞めようと思いはじめていた。
コーチングは、特定のビジネスメソッドは伝授できても、その人の基本的な性格、根性までは治せない。
そんな気がしてならない。
受講生は女性が8割以上で、「自分の夢を叶える」「実現化」「起業の成功」でギラギラ、ガツガツしている人ばかり。
その反対に、男性達の方が気の弱そうな、自信なさげ、頼りなさげな人が多いように思う。
自分の裁量で起業できる人は、そもそもこんなところへは来ないのだろうし。
「浅野ちゃん、ご飯行かない?」
「は、はい······」
最年長生徒のこの方は、二人の子持ちのシングルマザー。
最もギラギラ、ガツガツ感の強い人で、少々苦手だった。十歳年下の私に対抗心むき出しで何かと張り合って来る。
空気を読まないのか、相手が嫌がっていてもグイグイ来るし押しがとにかく強い。
しかも、ここの講師と不倫しているという噂だ。
「それ、いいね!」
彼女は私のアイデアやプランを聞き出し、それをまるごとコピーするか、我が物顔で自分の手柄に横取りすることがある。
食事やお茶に誘うのは、こちらに探りを入れるとか、私に何かしてもらいたい要望、やらせようという何か魂胆がある時なのだ。
段々それがわかって来たので、まともに話しには乗らないし返さない。自衛のために曖昧な返事で誤魔化すようになった。
他人を平気で利用する、他人を踏み台にしてのしあがる、それでも全く悪びれない。
自分のやりたいことだけやって、やりたくないことはとことん他人に押し付ける。
他の受講者も同様の被害に遭ったと聞いている。
一緒に仕事をしたくないタイプの人だ。
自分でアイデアもプランも出せないのに、どうやって起業するつもりなのだろうか。
「あの娘達を上手く利用しちゃえばいいじゃない」
このセミナー卒業生とそんな不穏な会話をしているのを聞いてしまってからは、うわあ、気をつけようと更に思った。
本当にいるんだなあ、こんなドラマや漫画の登場人物みたいな悪役を地でいく人が。
その卒業生は講師とトラブルを起して出禁になったらしいけれど、その後不倫がバレてその人も出禁になった。
本当に何しにセミナーに通っているのだろう。
それでもブログやSNSでも友だち申請が来て、プライベートでもしつこく繋がろうとしてきて面倒臭い。
私が記事を上げるといちいち反応して絡んでくるし、「あなたに聞いてない」「あなたの意見なんか求めてない」っていうのがまるでわからないのだろう。
それは他の受講生も同じだ。コメント不可の設定でガードする。
身内と味方だけでまわして盛り上がり、狭いところで友だちごっこ、ベタベタと仲間ごっこで自己満足してドヤッている感じが気持ち悪い。
何もかも自己アピールしないと死んじゃうのか?
他者と張り合わないと自分が保てないのか?
それはコーチング以前の問題なんじゃないだろうかというぐらいの 、人格的な問題があるような人達しかいない。
仕事だけでなくて、プライベートもできるだけ関わりたくない。
ブログとSNSは引っ越して、面倒な繋がりを切った。
プライベートとビジネスの線引きをできない人、承認欲求が強すぎる人はトラブルになりやすい。
コーチと二人三脚でなければ、誰かとペアを組まないと何もできない、自分で自発的には動かない、誰かの支持や許可や庇護がないと何も踏み出せない、そんなんでいいのだろうか?
エンドレスにそこから巣立てない、自立できないなんて、おかしいと思わないのかな?
ここの講師と生徒の距離感がなんだか全体的にとてもモヤモヤする。
依存的というか、共依存みたいで。
他のメンバーも思考力や客観的視点が乏しくて、感覚が合わなすぎでとても疲れてしまう。
それぐらい自分でなんとかしないのってどうなのとか、突っ込みどころ満載なのだ。
私をこのセミナーにしつこく誘って来た職場の同僚は、自分の紹介ポイントを稼ぎたかっただけで、もう既にここにはいない。
講師と結婚するとか言って辞めたみたいだ。
なんなんだもう。
なんかもう、色々と崩壊している。
夢を叶えるとか、実現化するとかっていうのは聞こえはいいけど、そこで蠢く人達はそんな綺麗なものじゃないのよね。
人間の嫌な部分を見せられてしまうというか······。
エゴが丸出しなのよね。
「それって、行く意味あるの?」
「う~ん、無いかもね。あと一回で辞めるつもり。ああ、高い勉強料だったなあ、はあ···」
私は眉間に皺を寄せながらホットレモネードを飲み干した。
「ぶはっ」
彼氏が私の自分の強みをピックアップしたノートを見て爆笑した。
強み① まわりに染まらない
強み② 自分は自分という意識が強い
強み③ 観察力がある
「かっ、観察力、ぶふっ······· 、夏菜はさ、独立心が強いから、コーチングなんて必要ないだろ?」
「······自分でもそう思う」
こんなことなら、やらなきゃ良かったなとしか思えない。
かえって要らぬ人間関係で苦労して、回り道に誘導された気がする。
まさに時間とエネルギーの消耗でしかなかった。
人生経験として、人間観察、世の中には色んな人がいるから気をつけないとっていうのは良くわかったけれど。
「でもさ、そこってそのままじゃ潰れるよな」
「えっ?」
「自立心とか独立心養えないなんて不味いだろ」
「そこに来ているのは、何もかも誰かに背中押してもらえないと、自分で動けない人が多いっていうかね。だからそういう人には需要と供給でバランスが取れているのかも」
本質的にズレているなとか、結構おかしなところなんだけど、それでも存続する、潰れずにいる不思議なところってあったりするからね。
ある意味、教祖と信者、詐欺師とカモのセット。
「今までお世話になりました」
転勤で通えなくなるのでという理由(嘘だけれど)で辞めることにした。
流石に私にはここのコーチングは必要ないのでとは言えないから。
「そう、頑張って。君は元々コーチングなんてやらなくて平気でしょ?」
なんとも言えないビジネススマイルで担当講師にそう言われてしまった。
この人、す、鋭い?!
「ありがとうございます」
私もなんとか無難な営業スマイルで返した。
それをわかっていても、受講中とか申し込みの際に「君には必要ない」とは言ってくれはしないものなのだな·······。
まあ、それがビジネスというものだからね。
(了)