消えて欲しいと頼まれましたので
「あなたは目障りだから、私の前から消えてちょうだい!」
ある夜会の日、そう言い放った高慢ちきな令嬢に対して、お望み通りにそうしてやった。
俺は彼女を盲目にする魔法をかけた。これなら令嬢が目の前から消えたのと変わらないだろ?
彼女は以前も気に入らない格下の令嬢に難癖をつけて「私の前から消えなさい!」と言って出禁にしたことがあった。
今夜また被害に遭っている令嬢を見かけてしまったから助けてやったというわけさ。
可哀想に、すっかり萎縮してしまっている。まるで蛇に睨まれた蛙みたいだ。
こんな意地の悪い侯爵令嬢のために、花も恥じらう妙齢の令嬢達が消えてやる必要なんてどこにもないじゃないか。
善き伴侶選びをしなければならない男どもにとってむしろ損失になるだけだ。
消えるのは性悪侯爵令嬢の方だろう?
自分の叔母が王妃と昵懇だというだけで、なぜこんなに自分までがまるで女王のように幅を利かせることができるのか理解に苦しむ。
その叔母がブイブイ言わせるのならばまだわかるが、姪までそれに乗っかろうとする姿は、良識のある者達からは浅ましいとしか思われていないのを彼女は知らないのだろうな。
───それに、その叔母と王妃は近い将来仲違いするのが視えるというのに。
叔母は最終的に国外追放になる筈だから、この侯爵令嬢ももうすぐ終わりだ。
俺は次期魔塔主、側室から生まれた王族の端くれだ。
だが、未来視ができるということは誰にも知られていない。
「アデリーヌ?どうしたのだ!?」
金切り声を上げる娘に父である侯爵が歩み寄った。
「目、目が突然見えなくなったの!」
「なんということだ、さあ医務室へ行くのだ、急ぎなさい」
侯爵令嬢は騎士と侯爵に手を引かれ、ざわつく会場を去っていった。
「ジェローム、お前アデリーヌ嬢に何をしたんだ?」
「兄上、ご心配には及びませんよ」
「お前は少々やりすぎだ」
何食わぬ顔の弟に王太子は眉をひそめた。
後日、魔法が解けた侯爵令嬢は、ジェロームの元へ物凄い剣幕で押し掛けてきた。
どこからか聞いてジェロームが魔法で悪戯したと知ったのだろう。それにこれは初めではない。
「ジェローム様は、私に何か恨みでもありますの?」
「何もありませんよ」
「ではどうしてあんなことを!?これで何度目ですの?」
「可愛らしいあなたの反応を見たかったのです」
ジェロームは侯爵令嬢の手を取り口づけを落とすふりをした。
「まっ、まあ······!」
令嬢は頬を赤らめ、まんざらでもなさそうだ。
ジェロームの長い銀髪に紫水晶のような瞳と美麗な容貌は多くの令嬢達に溜め息を漏らさせてきた。
蠱惑的な微笑みで秋波を放つと、アデリーヌ嬢は一瞬大人しくなったが、すぐに彼を睨み返した。
「失礼をお許し下さい。お望みならば私も消えてご覧にいれます」
この令嬢への悪戯はこれで三回目だった。 いつもこれで誤魔化して来たわけなのだが、流石にこの手はもう通用しなかった。
「そうね、できれば消えていただけるかしら?」
「御意に」
ジェロームはにこやかに礼をすると転移魔法で魔塔へ去った。
「口が腐る······」
ぼそりと呟きながら侯爵令嬢に触れた手を浄化魔法で浄めた。
彼は意外と神経質なところがあり、心にもない美辞麗句を放つと蕁麻疹が出ることもある。
すんでのところで去ったので難は逃れた。
「こんな時は、ラミたんに癒してもらわねば」
ジェロームはロップイヤーのラミという兎を研究室で飼っている。
「ラミたん······」
『来るの遅いっ!』
兎はダンダンと足を何度も鳴らしている。
「ごめんなしゃい······」
ジェロームはオートミール色のふわふわの毛玉を抱き抱えたが、足で腹を強かに蹴られた。
「今日は御機嫌ななめですねぇ」
(うっ、でもそこがまた可愛い······!)
次期魔塔主は、ラミの奴隷である。
もうじき三十代に突入するが、ラミを溺愛し過ぎて女性に全く関心が向かないのを危惧した親族はラミの暗殺を企てるも、ジェロームの鉄壁のガードで阻止していた。
「ラミたんは俺と同じ寿命に設定してあるからね。それまでは決して死なせやしないよ」
『あんた、ウザイ、消えて!』
魔法で人間語を話せるようにしてあるが、ラミは常にツンツンなのだ。
「うん、わかった、消えるね」
そうやって嬉しそうに消える次期魔塔主を、部下達は今日も見るにつけ深い溜め息をつくのだった。
(了)




