眠れる氷室の美熊
西暦20XX年、度重なる人的被害を食い止めるため、人喰い熊討伐のパーティーが結成された。
マタギの末裔の勇者宮野豪、宮司の娘で覚醒した女子高生聖女朏乙女、陰陽師の末裔でリーマン魔法使い安倍川伊織の三名が集結した。
「豪さん、それウサギですかぁ?」
勇者宮野が肩から斜め掛けにしている白いもふもふボディバッグを、金髪に巫女装束に身を纏った聖女朏はガン見した。
「可愛い~!」
「······」
勇者宮野は寡黙な青年だった。
日焼けした肌に短めツーブロックの黒髪、迷彩柄の作務衣に似た装束に身を包む彼は沈黙した。
「お腹空いたぁ」
宮野は兎革製のボディバッグから自家製の鹿肉の燻製を取り出して伊織と乙女に配った。
「えっ、これはなんの肉?」
「鹿だ」
「うまっ!酒が欲しいね」
牛豚鶏は数年前から輸入禁止になり、国内の畜産業も衰退した今、肉食は下火となった。猪や鹿、熊、家禽が主流で、馬は高級品となっていた。
「······鰹?みたいな味。でも美味しい」
「赤身の牛っぽくもあるね」
裾を絞った袴でゆったりと地に腰を下ろした 伊織は自前の竹筒から焼酎を一口含んだ。
最近は着物風のファッションがブームで、世界的にプラスチックと化繊が禁止され生産されていないこともあり、老若男女が天然素材の着物風ファッションで過ごすようになっていた。
山に行くなら、自然と作務衣風の装束、山賊や忍者のようなスタイルになる。
乙女にはノンアルコールのサングリアをその場で作って手渡した。
「·····美味しい、ありがとう」
「どういたしまして」
昨今は醸造元が次々に廃業しており、酒も入手しずらく高級品になっている。
マジックバッグからパンと握り飯も取り出して配った。
「魔法使いって便利ね」
「まあね」
「······」
宮野は体を温める時以外は酒は飲まない。
見張りは式神に任せて、結界を張った各々のテントで三人は休んだ。
***
乙女と伊織は銃声で目を覚ました。
「もう仕留めたのか?」
「······麻酔銃だ」
各国の永久凍土が解け出し、益々世界の生態系は壊れている。
人工の氷室を作り、生け捕りにした動物を彼らが食糧にしている植物の種、そして蜜蜂達と一緒にコールドスリープさせて行くのが討伐隊の本当の役目だ。
飢えて凶暴化した熊の個体数を減らすのと同時に、保護も怠らない。
「この仔は十年後ね」
コールドスリープをさせる氷室の周りには目覚めてすぐに餌を得られるように植林もしておく。
乙女には空間と土壌を浄化し、植物の成長を自由に操り設定できる能力がある。
「いい子でおやすみなさい」
「コイツが将来番を見つけられるといいけどな」
「いないと可哀想よね」
テリトリー近くに別の個体の氷室を作る。仕上げに伊織が結界を張る。
麻酔銃も、十年後、二十年後などの目覚める時期をずらし、弾を変えながら撃つ。
「この仔可愛い!なんて綺麗なの」
「ぬいぐるみだな」
兄弟の子熊を同じ氷室に閉じ込める。
「長生きしろよ、俺達人間よりも」
「人間に気をつけてね」
伊織がまた結界を張った。
高値で取り引きされる熊の胆目当てで民間人による密猟が相次いでいる。手間はかかるが、熊の肉も食糧になるのだ。
「乙女ちゃんは火星に行きたいか?」
「行ってはみたいけど、片道切符じゃ嫌よ」
「観光じゃないからね」
「火星に移住する計画が進められているが、そもそも火星は地球のものなのか?月だってそうだ」
宮野が重い口を開いた。
「なんだかんだ言って地球をダメにした奴らなら、火星もまたダメにしちまうかもな」
「ああ、その通りだ」
水没した都市も増えて来て、大きな自然災害も多い。疫病で人口も減っている。
「······人はそのうち地下に住むと思うわ」
「えっ?それは予言?」
「ビジョンで視えたの。でもそれはもっと先の未来だと思うけど」
乙女が視たのは、地上には建物が見当たらず、植物もあまり無い荒涼とした世界だ。
「動物達はどうなるのかな?」
「今俺達がしていることは無駄にはならないのか?」
「どうかなぁ······」
他の星に移住するか、地下に潜り暮らす日が、遠い未来ではなくてもうすぐそこまで来ている。
いつからこの星は滅び行く星、人が住めない星になってしまったのだろうか。
「私はどうせなら火星よりも月がいいなぁ」
「朏だけにね」
「はははっ」
意気投合した三人は、人間達が滅びても、どうか動物達だけでも生き残って欲しいと願いながら任務をこなした。
「じゃあ、またな」
「縁があったらまた会おう」
「じゃあね!」
三人は星へ行く船でその後合流するのだった。
***
氷室で目覚めた美しき熊達は、人がいなくなった地上の森で平和に暮らした。
氷室は壊れずに、そのまま彼らの癒しのスポットになった。
(了)




