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意外に丈夫なお姫様

『ヘルマカミンスク』のヒロイン、ヘルマの祖母のお話。

マレーネは十五歳、病気療養の名目で避暑地へやって来た。

護衛騎士と侍女に付き添われ、滞在先の別荘で羽を伸ばす予定でいる。

侯爵令嬢マレーネの虚弱体質は設定である。婚約避けの方便としているだけだ。

父や祖父母はなぜか十以上歳の離れた令息と婚約させたがっている。それが不服だったので、家族にすら病弱であると思わせる演技が必要だった。


「これが最後になるかもしれません」などと、自分に先の無いふりをしてきた。


食事は控え目にし、顔色が青白く見える色彩のドレスをわざと選び、儚げな少女を演じて来たマレーネは、この避暑地では溌剌と過ごすことに決めていた。


「お嬢様、はしゃぎ過ぎですよ」

「そうかしら?」

「足元にお気をつけて」


侍女アリッサと護衛騎士ニルスは、マレーネの共犯者だ。


「早く!」


白いドレスに日傘、明るいオレンジ色の髪を緩くひとつに編んで、緑の瞳を輝かせて湖畔を闊歩した。


白樺の林近くで、早目の昼食を取った。

先ほどから度々視線を感じて、気になったので顔を上げると、自分と同じくらいの少年と目が合った。

じっと見つめると少年は目を反らし、帽子を目深に被って顔を隠した。

スケッチブックと絵の道具を抱えているのが見えた。



「どんな絵を描いているの?」


少年は肩をびくりとさせて固まった。


「良かったら見せて下さらない?」


おずおずと少年は近寄りスケッチブックを手渡した。

夜明け間近、陽光溢れる昼間、夕焼けに染まる湖畔がそれぞれ克明に描かれてあった。


「素敵ね!」

「······あ、ありがとうございます」


白金の髪に灰色の瞳の少年は頬を上気させた。


「人物は描かないの?」

「風景が多いですね」

「ねえあなた、良ければ私を描いてみない?」

「······えっ?い、いいのですか?」

「私で良かったら、モデルになるわ」

「「お嬢様!?」」


マレーネの意志は固く、モデルをする際には必ず侍女と護衛が立ち合うことで決まった。

未婚の女性が画家と二人きりになるなど醜聞にしかならないからだ。


それからほぼ毎日、マレーネを描きに少年はやって来た。

少年は王都では有名な商家の次男で、秋からは本格的に美術学校に通う予定だそうだ。


彼の名はシュテファン、マレーネと同年の十五歳、彼の方が絵のモデルになってもいいぐらいの美少年だ。


「儚げなお嬢様と伺っていましたが、そうではないのでしょうね?」

「ええ、病弱なんて嘘よ。今ここにいる私が本当の私よ」

「ありのままのお嬢様を描けて光栄です」


画家とモデルになった二人には恋が芽生えることはなかったが、身分を越えて何でも本音で話すことができる生涯の友人を得た。


「王都でまた会いましょう」

「ええ、是非」



王都に戻ると、マレーネを避暑地で見かけて一目惚れをしたという令息から婚約の話が来ていた。


マレーネよりも三歳上の伯爵令息だ。初めて歳の近い令息との縁談に興味が湧いて会うことにした。

次期宰相候補という家柄は祖父母も納得の良縁だったため、とんとん拍子に婚約するに至った。


何を隠そう、マレーネ自身が伯爵令息に一目惚れしてしまったのだ。


「わたくし、頑張って丈夫になりますわ」

「避暑地での溌剌としたあなたに目が釘付けでしたよ」


シュテファンも美少年だったが、ディディエ伯爵令息は美男に加えて大人の凛々しさも醸し出していて、マレーネには抗えないほどの魅力になっていた。


シュテファンがマレーネをモデルしたヘルマカミンスクのシリーズで有名になって行くのはまだ先のことだったが、マレーネの花嫁姿を描いた肖像画があまりに素晴らしかったので、伯爵家をはじめとする貴族のパトロンを多く得るに至った。


ヘルマカミンスクの絵が一世を風靡すると、シュテファンは絵だけで一財を築き男爵位まで得ることになった。


当代では最も成功した画家と言われている。


ヘルマカミンスクの一作目は、モデルのマレーネに捧げられた。


タイトルは女神の名前ではなく『意外に丈夫なお姫様』とつけられていた。



(了)

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