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死んでも譲れない

私は三年前から鬱を患い、自宅に引きこもっていた。

母は平日はフルタイムで働く事務員、休日はカウンセラーをしていた。

兄も最近仕事を辞めて今はニート。


母は、真面目な人なんだけれど、ワーカーホリック気味の人。あれもこれも詰め込んで手一杯になっているのに、自分では調節できない。能力がないわけではないのだけれど、時間の配分ができない、優先順位がちょっとおかしい人なんだ。


その上、自分を誰よりも癒やしたい人で、承認欲求も強いから、「健気に頑張る私を、見て、認めて、褒めて、労って」という活動に忙しいから、私や兄にはお構い無し。


病院からの薬漬けになった私は、母に対して反抗的になった。本当ならば言わないような暴言を吐いたりしてしまうことも増えた。


薬は止めたいんだけど、医師も母も止めてくれない。

私は母がカウンセラーだから、もっと自分に寄り添ってくれる筈だと期待していた。

でも、母は自分のどうしよう、どうしたらいいのという気持ちに寄り添ってくれる誰かを求めることに必死で、近頃はスピリチュアルな集いとかワークショップを土日は掛け持ちで受けたりするのに明け暮れている。


だから私の願望や心の叫びは母には届かない。それで余計に反発してしまうのだ。


自分の甘ったれぶりも自分で嫌になるけれど、それでももう少し私の気持ちに気がついて欲しかった。


もうそろそろ社会復帰してはどうかと父に強く言われて、転職した兄も母もそれに同意した。誰も私の味方をしてはくれない。


いつか復帰しないとなんて、そんなことはわかっている。私だってしたいよ。

でも、もう少し私が徐々に復帰する準備や私のペースに付き合ってくれてもいいんじゃないかな?


気分転換のための旅行や映画、買い物や散歩にすら母は付き合ってもくれないし、母が私を誘い出してくれることもない。


それは「行きたいなら一人で行けば 」っていうことなんだよね?

私は仕事があるから、付き合いがあるからという言い訳で、私には付き合おうともしない。

母は自分の心を癒すお誘いや集いに参加するのに夢中だからね。


それから母は、みんなの心をほぐすお手伝いとかをテーマに、セラピストとして起業したみたいだ。


ママって、本当にカウンセラーなの?


ママがセラピストなんてできるの?


誰よりも自分の近くの人の気持ちに気がつきもしないのに?

自分の娘には寄り添ってくれもしないのに?


父や兄が私の気持ちに理解を示さないのはまだわかる。

でも母ぐらいは、せめてもう少し気がついて欲しかった。



今日は、みんな出かけていない。


なるべく私とは顔を合わせたくないんだよね。

私という存在が家にいることが憂鬱、ストレスなんだよね、きっと。


ひとりでいた私は、虚しさに耐えられなくて、残りの薬を手当たり次第に飲んだ。



母達が帰宅すると、私の身体は既に冷たくなっていた。


どうやら私は死んでしまったみたい。


本当に死のうと思っていたわけじゃない。ただ少し、家族を驚かせてやりたかっただけなの。

母がどんな顔をするのか見てやりたかったの。


もう死んでしまったからしょうがないけど、生きている間に、もっともっと色々話をしておくべきだったと後悔している。


だって、母ったら私のことを全くわかっていなかったから。


それとも、それは母の現実逃避なだけなのかな?


私の実像とはかけ離れた私をでっち上げている。必要以上に私を美化しているのは耐えられない。


それ、誰のこと?


それは私じゃあないよ、ママ。


ママの中には本当の私はいないの?


こんなことになるなら、もっと本音でバシバシ語っておけばよかったな···。


もう、手遅れだけど。


その後、私をたいそう悼んだ母は、いかに私がいい子だったか、だからこそこんなに辛いという内容の書籍を上梓した。


それが空々しい綺麗事過ぎて気持ち悪い。


私はそんなことではちっとも癒やされない。


これってママが自分の罪悪感から逃げたいだけでしょ?


ママは自分を癒したいだけ、そして自分の世間体を良くしたい、他者から頑張ってねとか同情され慰められたいだけなんだよね。


本人は自覚していないのかもしれないけど。


そこに私を添え物のように道具として利用しているだけ。



あーあ、本当にどこまでも平行線、不毛だな。


こんなことなら、死ぬのはよせばよかったな。


これは失敗だったな。


死なないで、取っ組み合いの喧嘩でもして、母に言ってやればよかった。


あんたは親として子ども過ぎるんだよって。


まあ、言っても通じないかもしれないけど。


そして私は自立して家を出ればよかっただけなんだよね。


私も母も子ども過ぎた。



***


あ、なんか変な白髪のオバサンが私のことを良く理解してくれたから、もうすっきりしたよ。


私は金輪際、二度と自分から死んだりなんかしない。


そして、生きているうちに、何でもちゃんと話しておく、後悔しないようにコミュニケーションを怠らないようにするわ。



同じ経緯で死を選んだ子と出会って、その子と反省し合った。


その子は首を吊ったのだけど、その子のママはセラピストだった。


ちょっと、何やってるんですか!


セラピストだろうとカウンセラーだろうが、自分の家族のメンタルケアをちゃんとしないとダメでしょ。


それは死んでも譲れないわ。



(了)

これに近い例をいくつか知っているのですが、その人達をミックスしたフィクションです。

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