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目印

『よいですね、聖女でいる間は眼鏡をかけ、変装をするように』


私が聖女と認定された日、そう女神様から言われた。


『その聖騎士は、あなたの伴侶ではありません。恋心を抱かないように』


私担当の聖騎士に惹かれそうになった時、また女神様からそのように言われてしまった。


そうではなくても聖女はなかなか制約や制限が多い。

女神様からも色々と指示や制止が入るので、なんだか私は自分の意志で生きているような気がしない時もある。


女神様からのものは、それが私を護るためのものだとわかってはいても、自由にならない煩わしさ、生きづらさを感じていた。


それでも誠実な聖騎士に護られて恙無く(つつがなく)聖女としての日々を送っていた。

聖女になってから数年が過ぎたある日、神官らの秘密裏の会話が耳に入って来た。


これも女神様から見させられ、聞かせられたのだろう。


新しい聖女候補が現れ、次の聖女に決まった。その聖女が私の聖騎士を熱望しているため、何か理由を作って私を引退させてはどうかという内容だった。

次の聖女は公爵令嬢で、子爵令嬢の私には立場上太刀打ちできない。

アレッサンドラ様は金髪碧眼のそれはそれは美しく女神のような神々しい公爵令嬢だ。


美と権力、強烈なカリスマをあわせ持つ、神官らが切望して止まないまさに理想的な聖女が誕生するのだ。


それで私は神官らに理由をでっち上げられた挙げ句辞めさせられる前に、自ら引退することを申し出た。



「まことに残念ですが、承りました」


言葉とは裏腹な神官達のホッとした表情、喜悦が滲むのを隠さない様子に思わず苦笑してしまった。

なるべく波風を立てることなく、穏便に私も去りたいから、これでいい。



「ソニア様、どうなさったのですか!?」


突然引退することを告げられた私の聖騎士は、解せないようだった。


「マッシモ様、申し訳ありません。急激に神聖力が衰えてしまったので、これでは皆様に迷惑をかけてしまいますから、更に力が失くなる前に聖女職を辞すことにいたしました」

「······そうだったのですね。お体は辛くはありませんか?」

「以前よりも疲れやすくなったのはありますけれど、回復はできるので大丈夫です」


マッシモ様は美麗な眉根を寄せて、心配げに私を気遣ってくれている。

騎士の中でも当代一と言われる美貌と品格を持つ彼を聖騎士に持つ私を、皆が羨望の眼差しを向けてきた。

聖女よりも美しく神々しい聖騎士として注目されたこの数年間だった。

彼と同じ金髪碧眼のアレッサンドラ様と並び立つ姿はまるで神殿の対なす彫刻のようであろうことが想像できる。それはもう溜め息が漏れる程眩しくてたまらないだろう。


眼鏡姿でチビのちんちくりんな私とでは雲泥の差だ。

不釣り合いな私が消えれば、騎士様の評判と神殿の威光も更に高まることだろう。

神官達は侯爵家次男のマッシモ様とアレッサンドラ様を縁組みさせることも目論んでいるようだ。


それは両家にも良いことではあるし、神官達の思惑をここまで知ってしまっては、邪魔者は去るしかないのだ。

私の任期はまだ一年半残っているけれど、神官達はそれまで待てない筈だ。


私の本当を姿を聖騎士の彼にすらも見せられなかったこと、辞める理由を嘘で固めたのは心苦しいけれど、全て女神様からの指示だからお許し願いたい。


早くから聖女候補とされた私は、五歳の時から家族とも離れて暮らして来たため、成人した私の本当の姿を肉親すらも知らない。

私はそうやって誰にも本当の姿を知られずに神殿を去った。




王都を離れ、隣国との国境の町で一介の治癒師として働くようになってから二年が過ぎた。


家族の元にも戻らずにここへ来たのも女神様からの指示だ。聖女として神殿で働いていた分の給与も退職金も、全て家に流れていて私には一文も手元に残りはしなかった。

それもあって、家に戻る気も起きなかったのだ。

金づるではなくなった私を呼び戻したり探しもしない家族は家族とは言えない。


今は自分で働いて得たお金で自由に買い物ができること、自分で好きなものを選べることに喜びを感じている。

聖女ではなくなっても女神様から事細かに護られているので心配もいらない。


聖女の間身につけていた眼鏡も、茶色の髪と眼の変装も既に解いて、銀髪碧眼の生来の姿に戻っている。

そのお陰なのか、神殿の生活しか知らなかった私にも恋人というものができた。

アレッサンドラ様の美貌には敵わないけれど、聖女時代の私よりかは幾分は綺麗にはなったと思う。


女神様からは、彼が将来私の伴侶になるとも、ならないともまだ何も言われていない。


これはどういうことなのだろうか。


マッシモ様はアレッサンドラ様とあの後婚約した。マッシモ様のように運命的に確約された相手がいる場合には、それを乱し狂わさないように忠告が入るのだろうか。


だとしたら私の彼は、まだどうなるか未定ということなのか。


『それはあなた次第です。あなた自身が決めることです』



自分の運命は、決まっていることとまだ決まっていないことの両方があることを知って、私は決められていないことを楽しんでいる。


何もかもを誰かにガチガチに決められてしまうのは、とても息苦しい。


自分で決めることができる自由を私は満喫したい。



「ねえ、あんな顔に傷がある男を恋人にするなんて、どうかしているわよ」

「そうかしら?彼はとても良い人よ」

「性格は良いかもしれないけれど、あなたみたいな美人には不釣り合いよ」


私の恋人、黒髪黒目のヴィートには、顔の右半分に大きな傷跡がある。その傷が惨いので人は目を背ける。

彼は精悍なとても美しい顔立ちをしていると、ちゃんと見ればわかるのに。

傷の無い方の顔を見たらわかる筈なのに、皆傷のある方ばかり、傷ばかりを見ようとしているのだ。


その傷は私の神聖力で治そうと思えば治せるかもしれない。

でも、彼は自分の傷を気にせずに堂々と自分らしく生きている。傷と共に生きる、それが彼が選んだ道ならば尊重したい。

私は傷があろうとなかろうと、彼を愛することは変わらない。私は彼を傷ごと愛するのだ。


『合格です』


女神様からそんな言葉を贈られた。


そして女神様自らが、彼の傷を消し去ってしまった。


『ヴィートよ、よく耐えました』



彼は事故で顔に大きな傷を負ってから伯爵家の嫡男だったにも関わらず家門から追い出され、自力で傭兵から騎士に成り上がった。


ヴィートという名は傭兵になってから得たものだ。


彼が事故により傷を負った時、女神様は彼を気にかけて守護することを決めたらしい。


それ以来女神は、自分の愛し子である私の伴侶に相応しい者にヴィートが成長するように見守り続けてきたという。



後継ぎだった弟が急死し、家族はヴィートを後継ぎとして連れ戻そうとしたが、彼らはヴィートの顔自体を既に忘れ、惨たらしい傷しか覚えていなかった。

その傷を目印に探しているのだから、彼を見つけようもない。


「俺は元々家族の誰にも似ていなかったからな。俺の目印が消えたから、あいつらにはまずわからない筈さ」


ヴィートはあっけらかんと笑った。



私にも目印はもう無い。聖女だったソニア、元聖女の私を見つけられる人はいないのだから、自分と彼は同じようなものなのだ。



「目印が無いって、自由で素敵ね」



(了)


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