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作品というものは作者よりも長生きをすることもある。
幾多の名作は皆何百年も、いや千年だって時を越える。それはまるでタイムマシンのように。
芸術家ではなくても、家族や恋人、友人に宛てた手紙や本人の日記なんかが、本人達がこの世を去ってから何百年もこの世に残ることもある。
紙や布は一見頼りなく思えるが、燃えてしまわない限りは、有機体の人間よりも頑丈で劣化しないものなのかもしれない。
俺の命はもう長くはない。
まさか自分が四十年も生きることができないなんて思いもよらず、無為に過ごした年月がどうしょうもなく悔やまれる。
激しい焦燥感に苛まれ、こんな自分でも病床でもできることを探した。
最初は日記、そのうち詩のようなものや、散文を夢中で書きなぐった。
そして時々我にかえって自虐した。
こんなものを、いったい誰が読むのか?誰が読んでくれるというのかと。
ああ、アドリエンヌ······。
君ならば、わかってくれるだろうか。遥か昔、十六歳でこの世から去った愛しき君なら。
当時の俺は、仲間達と遊ぶのに夢中で、病に臥した君の見舞いも······、日々やつれてゆく君を見るのが辛くて、君に会いに行くのを逃げてしまった。
それが後ろめたくて、君の葬儀にすら行けなかった。
後から墓前に許しを請いに行くなんて、これ程みっともないものはないよな。
まあ、それを思うと、俺が早死にするのも自業自得かもしれない。
俺は散文を書くのをやめて、素描を描くようになった。
余命は日に日に短くなっていった。
こんなことなら、絵を習っておけばよかったな。
作品として成り立つぐらいの体裁すら保て無いのが悔しい。
文も絵も素人の書きなぐりでしかない。
絵筆を持つ力がなくなって来た。ペンを握るのもやっとで、文字は乱れて見苦しいだけだ。
こんなものを残すのは、もうやめよう······。
ああ、自分が頭の中で想像するものを、紙に念じれば描くことができたらいいのに。
それならば、拙い俺の技術も気になりはしないだろう。
「ペンと筆、白紙のノートやキャンバスも一緒に埋葬してあげて下さい」
俺にもとうとうお迎えが来たようだ。
こんな俺を迎えに来てくれたのは、健やかだった時のアドリエンヌ、光輝く麗しき君だった。
『パトリック、私のことを覚えていて?』
「もちろんさ。忘れることなどできやしないよ」
『それならば、もうそんな顔をするのはよしてちょうだい。いいのよ、私も痩せてガリガリになった姿をあなたには見られたくなかったのだから』
「じゃ、じゃあ許してくれるのか?」
『ええ。だからこそ、あなたを迎えに来たのよ』
芳しき花の香りに包まれながら、自分の身体だったものを一瞥し、俺は彼女と共に光の世界へ帰った。
俺は三百年後、日本という国のとある町に転生した。
今日は彼女と美術館巡りをしている。
「あなたって、その絵が本当に好きよね」
「ああ、なんだか凄く惹かれるんだ」
お洒落な店の看板や名刺、様々なグッズのデザインに使用されている無名の画家の素描だ。
「それにこの絵のモデル、君にちょっと似ていないか?」
「そうかしら?」
その画家のサインなのだろうけれど、「P」というアルファベット一文字に、なぜか堪らなく懐かしさが込み上げるのだ。
(了)




