鍵は開いていた
私が独房に閉じ込められたのは今から六年前の十三歳の時。
軽めの食事が朝晩に与えられ、ロボットのメイドが給仕や清掃、着替えとアメニティの補充をしに来る。
トイレとシャワーは付いていて、小さなドレッサーと可動式の机、置時計と狭い簡素なベッドがこの檻のすべてだった。
外は覗けないけれど、明かり取りの小さな窓から、今が夜なのか昼なのかを辛うじて知ることができた。
ロボットは、頼めば本を持って来てくれたので、本ばかりを読んで過ごした。
それでも十五歳になるまでは、恐ろしさと絶望感、孤独で一人震えていた。
十五歳になって間もない頃、向かい側の独房に別の人間がやって来た。
彼女は私と同じ年のニノンという金髪碧眼の愛らしい少女だった。
「私はロザリンド、よろしくね」
二年ぶりにロボット以外の、生身の人間と話せて私は狂喜乱舞した。ずっと一人だと言葉を忘れてしまいそうだったから。
彼女と檻越しに会話するのが日々の楽しみと生きる張り合いになった。
なぜこの檻に閉じ込められているのかは、私も彼女もお互いに知らなかった。
それから一年後、ニノンの独房にもう一人が一緒に入ることになった。
私達よりも二つ歳上のデュークという長い黒髪と黒眼の少年だった。
ニノンはすぐにデュークと恋仲になった。私との会話よりも、デュークとの会話を優先し彼にべったりなって、彼女とはなんとなく距離ができてしまった。
夜、暗闇の中で繰り返し睦み合う二人の声に、私は背を向けて耳をふさいだ。
それからしばらくして、私が目を覚ますとニノンとデュークは檻からいなくなっていた。
扉は開け放たれてもぬけの殻、私は呆然とした。また自分が一人になってしまったからだ。
二人はどこへ行ったのか?生きているのだろうか?
(······まさか、処刑された······の?)
突然激しい不安に襲われて過呼吸に陥った。
メイド型ロボットがすぐにやってきて「ユックリオチツイテ、コキュウヲシテクダサイ」と私の背中を擦りながら言った。
このロボットは、私の体調が悪くなれば殺したり乱暴な扱いはせずに治るまで面倒を見てくれるようだ。
それから三年が過ぎ行き、私は相変わらず一人だった。
「ねえ、何のために私はここに入れられているの?」
「······」
「いつまで私はここにいなくちゃならないの?」
「······」
「答えなさないよ!」
私はメイド型ロボットに持っていた雑誌を投げつけた。これは八つ当たりだ。
黙り続ける相手に、私は二投目の本を掴んだ。読みかけの分厚い歴史小説で、思っていたよりも面白く無くてなかなか読み進めずにいたものだ。
ここに連れて来られた当初、私は声が枯れるまで泣きわめいた。それでもロボットは無言で、ただ黙々と業務をこなした。
だから今回もきっと無言だろうということもわかっていた。
「······新しい人はもう来ないの?」
女でも男でもかまわない。子どもでも老人でもいい。とにかく誰かに会いたい。
「ソノヨテイハゴザイマセン」
「どうして?」
「ゾンジマセン」
「もし私がここから脱走したらどうなるの?」
「アナタハ、オワリマス」
「殺すの!?」
「ココニイレバ、アンゼンデス」
この檻へ閉じ込められてから、この建物を管理しているであろう人物、責任者や担当者には、そういえばまだ一度も会ったことはなかった。
「ここの責任者は誰?」
「······」
「知らないの?」
「イマハ、フザイデス」
「戻って来たら伝えて。話がしたいの」
「カシコマリマシタ」
それから二週間が過ぎた。
「責任者はまだ戻らないの?」
「マダモドッテハイマセン」
「いつ戻るの?」
「ソレハ、キイテオリマセン」
本当に知らないのかはわからない。ロボットが嘘をつくことがあるのだろうか?
取り敢えずもう少しだけ待つことにした。
ひと月経っても責任者が戻る気配はなかったが、ある夜、思わぬ侵入者がやって来た。
「···なんだよ、あんた、まだいたのか?!」
「······デューク?」
檻越しに聞き覚えのある声がして、弾かれたように顔を向けた。
ニノンと共に消えた頃よりも、がっしりとした体躯の青年らしくなった彼がそこに立っていた。
「あんた、いつまでここにいるつもりだい?」
「知らないわ。だってここから出れないんだもの」
「ハッ、まさか知らないのか?檻に鍵なんかかかっていないぜ」
デュークらしき男は「ほらな」と言わんばかりに檻の入り口に手をかけると、容易く扉を開けた。
「?!」
私は目の前の状況が信じられず、あまりの驚愕でよろめきながらベッドに座り込んだ。
「馬鹿だな本当に。ニノンと俺はすぐに気がついたぜ」
「知っていたなら、どうしてあの時教えてくなかったの?」
「あんたは承知の上でここにとどまっていると思ったからだよ。ニノンはそう言っていたぜ」
(そんな!)
これは誘拐、拉致監禁なのに、警察にすら通報してくれていなかったなんて、二人とも酷すぎる。人として信じられないわ。
「ニノンは今どこに?」
「ここを出てからすぐに別れた。国に帰るって言っていたから、多分帰ったんだろ。その後は知らない」
あんなに愛し合っていたのに、そんなにあっさり別れることができるものなの?
「せっかく逃げたのに、あなたはなぜまたここに来たの?見張りに見つかったら···」
「見張り?プッ、ハハハ!そんなもんいねえよ。だから俺達は逃げれたんだし、今もここに勝手に入って来れたんだよ。ここの備品を失敬しようと思ってな」
(そ、そんな、この人は何を言っているの?)
事態をまだ飲み込めずに、私は震えていた。
そうしているうちに防犯用のセンサーが作動したのか、けたたましく異変を知らせる音声が鳴り響いた。
駆けつけたメイド型ロボットが一撃でデュークを倒した。通路に倒れたデュークの体から血が流れ出ている。
「デューク!」
私は叫びながら檻を握りしめた。
「キケンデスカラ、サガッテイテクダサイ」
ロボットは指から放った光線でデュークを瞬時に抹消した。デュークの痕跡は何も残らずに消えた。
「ねえ、どうして?!本当に鍵は元からかかっていなかったの?」
「······」
「一体これはなんなの?なんのためにこの檻があるの?」
「ジッケンデス」
「何の?」
「カギノカカッテイナイオリニ、ヒトハイツマデソコニトドマルノカ、トイウモノデス」
私は激しい怒りと混乱でぶるぶると震えた。自分のあり得ない愚かさに絶望しながら。
私は気が済むまで叫び続け、獣のような唸り声をあげた。そうでもしないと発狂しそうだったからだ。
いや違う、もうとっくに自分は狂っていたのかもしれない。
「アナタハ、ココニイルカギリアンゼンデス」
激怒した私は発作的に部屋にあるものを手当たり次第に投げつけた。
真鍮風の翼を広げた天使が三人で時計の本体を支えているデザインの置時計が宙を舞った。
置時計はロボットに命中した。落下により天使は無惨に崩れて散らばったが、ロボットは無傷だった。
私は六年ぶりに檻の外に出ようとした。
「撃ちたいなら、撃てばいい」
私はロボットを振り返って睨み付けた。
「セキニンシャノハカセハシニマシタ、アナタハモウジユウデス」
責任者は今は不在とは、そういう意味だったのだ。
「あなたはこれからどうするの?」
「······」
「私と一緒に来る?」
「ヨロシイノデスカ」
「ええ、あなたならいいわ」
私の我が儘や八つ当たりに、これ程耐えうる相手はまずいないだろう。
この六年間、本当に良く耐えてくれたわ。
これからはもっと優しくしてあげるつもりよ。
ずんぐりとしたメイド型のロボットは、すらりと長身の男性執事型のボディに素早く変身した。
「デハ、マイリマショウ、マイロード」
「そうだ、あなたの名前は?」
「セレン、デス」
「じゃあ、よろしくねセレン」
「ハイ、ロザリンドサマ」
私達が去った後、あの檻のあった建物は地図上から見事に跡形もなく消えた。
セレンたら、なんて恐ろしく有能な執事なのかしら。
(了)




