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【本編完結】ワケあり皇帝のワケあり後宮  作者: 桜江


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BONUS STAGE 第一皇子を出産す

 確かな産声を聞いて、アレクサンドラ――サーシャは汗でしとどに濡れる顔にやりきったと満足げな笑みを浮かべた。


 これまで幾つもの己が命の危険も臣下や民の命を脅かす経験をもしてきたが、そういう即物的な危機とは違う我が身の内にある危機と違う命の重みというものを味わっていた。


「陛下、ようございました。黒髪黒目の正しき皇子でございます」

 すす、と傍に控えていた女が手巾で彼女の汗を拭い耳打ちをする。

 サーシャは中腰で介助の女に縋りついているような形を取っていたが――これがこの国での出産の姿勢である――そのままそうかと小さく答えた。

 汗を拭かれながら、腹にあったものが抜けて、幾分すっきりしたような気持ちになる。だがまだ気は抜けない。


 すぐに産んだ我が子と対面というわけにはいかないからだ。

 出産にあたり、室内には 医師、出産を介助する女たち、産前産後の赤子の取り替えなど問題ないように見守るための役職者がいる。

 扉の外には同じくサーシャの後宮においての第一位の夫であり皇配であるリュイ、第二位でもあるタウシャ、さらには宰相である三番目の兄リュシアン、乳母などが待機していた。


 まだ彼らにも赤子は対面させられない。産室からまだ赤子は出ていない。

 サーシャの出産を見守る役目を受けていた(ユゥィ)が産声を上げる赤子と共に隣接している処置室にいるが、サーシャは彼がいつそちらへ移動したかも把握できていない。


 そして赤子を産んだサーシャはそれで終わりではなく、今から胎盤を排出しなければならない。後産と呼ばれるものだ。しかもこの国で女帝ないし皇后が排した胎盤は栄養と美容効果に高いと言われているため、後でサーシャが食すことになる。


 当然高貴な方の身体の一部であるために、他者が食すことはない。ちなみに民の間では干し煎じるが、この国ではそれが一般的である。食すのはあくまでも皇家のみ。


「……っ、子の名はシンジャでは……、どう、だろうか」

 息を荒く切らしながらサーシャが言えば、彼女の下腹を強く押さえつけている年老いた女が呆れた声で一蹴した。

「旧語で栗鼠かい、そりゃあないだろう。白兎(タウシャ)といいサーシャ様は遊びが過ぎる。顔見て真面目に考えておやり。大事な唯一との子だろうに」

 畏れ多くも帝国の頂点である女帝――皇帝であるサーシャに砕けた物言いは彼女だからこそ許されている。


 齢百を越えているのではないかと噂されるほど長くこの皇宮、歴代の皇帝――厳密には皇后や側室たち――に仕えている老婆のマグは産室の長とも呼ばれる経験豊かすぎる産婆だ。

 マグが取り上げる赤子は五体満足に育ち、五年以内で死ぬことはないと言われるほどである。しかしファン帝国というのは、サーシャが即位する以前までは実の兄弟姉妹間での血で血を洗うような苛烈な椅子取り合戦(後継争い)があるのだが。まあそれはそれ。


 サーシャがふむ、とマグの言葉に腹の痛みを堪えながら頷いている間も、猫の仔のような頼りなげでその実しっかりとした意思を感じる泣き声は止むことがない。


 サーシャはそれを聞いて気が急くような気分と、ゆったりとした満足した気分の矛盾を感じて声を出さず笑う。

 マグの皺だらけの枯れ木のような細腕のどこにそんな力があるのかと思わずにいられないが、手の圧を緩めずに、彼女もまた笑みを浮かべ大きく首を縦に振る。


「おうおう、腹からしっかり泣いておる、良いお子じゃ」

 ぐう、とサーシャが唸った。マグが下腹に力を込めて押しているが、そこへ更に介助の女が二人がかりでサーシャの二つの乳房を強く圧したのだ。乳首が絞られ、黄色い乳が滲むとそれを皿に流し入れて処置室へと運んでいく。


 聞こえていた泣き声がぴたりと止んで、サーシャは思わず処置室を振り返る。そこへマグの叱責が飛んだ。

「気を抜かずに力をいれなさい! いつまで経っても子に会えませんぞ!」

「はい!」

 まるで子供の頃のような素直な返事を思わず返したサーシャは気合いを入れて促されるままいきんだ。



       * * * * *



 サーシャの後産も終わり、身体が清められ、輿に乗せられ居室へと運ばれた。

 あの後、我が子との対面はほんの一瞬――サーシャにすれば――であった。


 その後扉の外にいる者たちへ生まれたての赤子の内々のお披露目もされ、乳母に引き渡された。サーシャのすることはしばらく寝台の住人と化すことだ。

 ファン帝国の女は健康的で、いわゆる不健康――要は亡国となったフィリアのように貴族的な日光を避ける、激しい運動は避ける、なるべく歩くことはしないといったことはなく、医療もいろんな国を呑み込んだ結果大陸随一の知識と技術があるため、今回の産後の状態に関して不安な点はさほどないと言える。


 サーシャは大仕事を無事に終え、大きな欠伸をする。かなりの安産だったが、当人からすれば大変だったのだから。


 サーシャは愛しい唯一の人と結ばれてからこの、およそ四年を振り返り大きく息を吐いた。


 リュイとの間に子を成すことはもっと早くできたかもしれないし、サーシャ自体も早く持ちたかったがその希望は中々叶わなかった。


 ずっと避妊薬を口にしていたのだ。

 確実ではないが、あるヤマイモの根から作られるそれは女の身体を蝕むような毒の副作用も少なく、秘された薬である。医局でも(ユゥィ)を含む数人にしか許されていない。

 特に後宮は皇帝の子を成すための場であるので、避妊薬というものはそれに反してしまう。だが、どうしても子を成されると困る相手が側室である場合があるために開発された歴史がある。


 さて、サーシャはリュイを口説き落とすにあたり、後宮を閉じ彼一人としても良いとしていたが、実際それは非常に難しいことだった。


 タウシャの存在が後押ししたのか、リュイは欲をかかなかったため後宮は開かれてしまったが、皇帝としてはそうでなければ困るのである。サーシャ自体の本当の望みは別として。


 皇帝になったからこそリュイを手に入れることが出来たのだから。ただの皇女であれば諦めるしかなかった。皇位を放棄した兄たちは好きに生きているように見えるだけで、実はきちんと国の旨味のために生きている。その中で自分たちの意に添うよう動いているだけだ。

 帝国にただ一人継承権のある皇女にもう無い国の隠された庶子のリュイでは当然誰もが納得しなかっただろう。


 サーシャの即位にあたっては兄たちの反対もなく、血に塗れた玉座争奪における臣下間の政争を繰り広げることもなく、静かに当然の如く譲られ成った。過去の歴史を見てもこんなことは一度たりともないことであった。それはある意味平和な国であるからこそ成り立つことである。


 その平和を保つために迎合し併合したかつての国々にも旨味と共に押さえつけなければならない。

 皇帝の寵を得る人質を。それが後宮に侍る側室たちだ。


 現在のところ、帝国内で不穏な動きをしている地域はない。リュイの生まれたフィリアの周辺もキナ臭いと言えば臭いがサーシャの長兄バリスらの存在により抑えられている。


 サーシャは帝国の黒鷲だの何だの二つ名を付けられているが、自分自身特に何かに秀でているわけではないと理解している。

 自分を信奉する臣下らが命を懸けて任務を遂行し成功するからこそこの場に立てていると知っていた。

 帝国民が全てとは言えないが、多くの民がサーシャの治世を望んでいる。


 それに報いるためにサーシャは生きなければならないし動かねばならない。


 そのための三年だった。

 リュイとの間で一年子が成されなければ、側室筆頭のタウシャ及び他の側室との伽をこなさなければならない。側室選びもしなくてはならない。

 政治的な意味合いで入れた側室は現在十人程。どれも避妊済みだ。


 そうして落ち着いたのが三年だった。これからも側室は増える可能性はあるが、『フィリアの王位継承権を持っていたリュイ』という建前もサーシャの一等大事な男という本音も含めて最初の子は皇配の子であり、側室がどれだけ来ようと、年数が経てもサーシャの寵愛は皇配から揺らぐことはないと世に知らしめることができた。


 しかも側室の子には継承権は与えられない。側室は一度後宮に入ればよほどのことがなければ死ぬまで出ることは叶わないが、子は違う。いずれ身を立てていかねばならない。親がやんごとない立場であれば、親の故郷で引き取られることもある。継承権はなくとも皇帝の血を引いてはいるのだからそれなりコネというものがあるからだ。


 とにかくサーシャはこれでひとつ重責(プレッシャー)がなくなった。

 できればあと二人リュイとの子が欲しいところだが、間を空けずに出産することは命を縮めることにもなりかねないので慎重に考慮せねばならないだろう。


 産褥を無事乗り越えれば良し、とサーシャが頭の中で予定を立てていると外から伺う声がした。


「サーシャ、どう?」

 身体を起こしたサーシャが入室を許可すれば、恐る恐るといった様子で父親となったリュイが入ってきて、寝台に横座りサーシャの髪を取り梳いた。


 リュイは皇配であるので、後宮から出て居室に来ることは禁じられていない。ちなみに側室は後宮にある皇帝の寝所にしか侍ることを許されていない。


 不安そうに揺れる瞳を見て安心するようサーシャが笑めば、リュイはほうっと息を吐いた。サーシャは口を開く。

「会ったか?」

 誰に、とは言わない。リュイはどこかぼんやりした顔で、うんと頷いた。

「真っ赤でシワシワだった」

「そうだな、私に似ているだのそなたに似ているだの周りはやかましく言うが、わからぬ」

 含み笑うサーシャの頬にリュイはそっと唇を寄せた。


「……ありがとう、サーシャ。私の子を無事に産んでくれて。サーシャに何かあったらと心配だった」

「そうか」

 なにやら擽ったい気持ちになってサーシャはそれ以上何も言えない。押せ押せでリュイにずっと迫ってきて、彼からもきちんと嫉妬などの愛情を感じていたが、この心配は彼女をなんとも言えぬ気持ちにさせた。


 ありがとう、には己の子を孕み腹で育て無事にこの世に産み落としたこと、出産に身体が耐えかねて命を落とすこともあるからこそサーシャが生きていること、恐らく種無しなどと揶揄されてきただろうことを跳ね返すことになったことなど色々な想いが詰まっているように察せられた。

 だからこそ安易につらつらと口から言葉は出なかった。


 サーシャも不安はあった。そうとは誰にも見せないようにしてきただけだ。

 リュイに対して負い目もある。種無しよ無能よと陰口を叩かれていたことも知っている。叩いた者が無能無力者であれば静かにこの世から送り出すこともやぶさかではなかったが、そうでなかったために放置せざるをえなかった。


 しかもその不名誉はサーシャが背負わせてしまったのだから。

 それらを噛み砕いて飲み込んで、サーシャはそれから気持ちを反らし微笑んだ。

「子の名はどうしようか。私の考えたものはマグに却下されたが? 兄上らも寝ずに考えたらしいが、それは己の子に付けてやれと言ってやった」

「……そう、だね。『ユミト』はどうだろう」

「『希望』か」

 サーシャはリュイの案に思わず目を瞪る。帝国の旧語で希望を意味するユミト。リュイの口からそれが出るとは思わなかったからだ。


「良い名だ、ユミト……」

 噛みしめるように何度もユミトと呟くサーシャをリュイはそっと抱く。

「愛してる、サーシャ」



 慶事に沸く帝国の、喜びで浮き立つ皇宮で。


 世俗から離れた静かな部屋で子をもつ親となった二人はゆっくりと愛を確かめるように口づけを交わしていた。

 





※薬効や処置など諸々はフィクションです。広い心でお読みください。



たくさんある中から見つけて読んで頂きありがとうございます。

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評価感想などございましたら励みになります。

誤字脱字報告等ありがとうございます。


©️2023-桜江

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