EX STAGE 嵐を呼ぶ女(5
帝国は多種多様な国と人種を呑み込んで出来上がった大国。
だが一番揉める元になる宗旨替えなど自国を押し付けるような支配を基本的にはしない。宗教の自由が認められているのと同じく、国独自の風習慣習も縛らない。
余程皇帝と中央議会から問題があると見なされたものでなければ。
その中でも近親婚は意見が別れるところだ。
帝国でも過去当たり前のようにあった近親婚は血統重視、純血崇拝など各地様々な理由はあるけれど、どこも廃止には至っていない。もちろん宗教上禁止している地方や国もある。
けれどもこの地方では過去にそれが他より多くあった。現在でもたまにある話。
まあ過去多くあったため、現在に響いていることがジョエルの言う『問題』。
近親婚はその名が示すように血が近いもの同士で婚姻し子を残す。血統を重んじるあまりに近親婚を繰り返し、血が濃くなりすぎた結果が病弱であったり問題の多いものが生まれすぎたこと。
そもそもこの地方で敬う神は男神と女神の夫婦だが、女神は男神の実の娘なので宗教における教義上でも三親等内の婚姻は原則禁止していない。
禁止している国では『獣のようだ』などと言われるが、容認されているのは先に述べた通りだし宗教や文化の違いによる認識の差はある。
そうなるとそのように周知するために親子関係にある神を敬うのか、神がそうであるからこそ近親婚が許可されているのか、これはもう卵が先か鶏が先かという話。
但し、現在は「近親婚は血が濃くなりすぎる弊害が多いため推奨しない」とされている。
昔のように血をあえて濃くするための「強制的」な近親婚は不必要になった。
更に恋愛結婚が主流になったからこそ、両者とその親の同意さえあれば近親間の恋愛もまた容認されるべきであろうという事から禁止までに至らなかった。
そして、なぜそれが私の心を抉ったかと言えば。
父と弟。
父方祖父母は従兄妹添い。ここだけ切り取れば問題はないようだけれど、そこまでにかなりの近親婚が繰り返されている。
そして、弟の母は父の姪。父の妹の娘。私にとっては従姉となるが会ったことがない。
戸籍上ひとりっ子の父だが、叔母は祖父の愛人の子なので籍が違う。
なんかもう爛れすぎてて泣きたい。
とにかく弟の母――従姉は私と5歳程しか変わらない年齢。
裕福でもないのに愛人を抱えた祖父に父。
そして『半分しか血の繋がっていない妹の娘だ。血はいとこより薄まっているし、祖父の血なのだから伯爵家の血としても息子は後継者には相応しいだろう』と言う父の論。
そんな風に父から明かされた弟の存在。
書庫に駆け込み『デストラの歴史書』と『貴族名鑑』を読めば、母の存在は借金問題以外にも血を薄めるためのものと理解した。
私たちが祈りを捧げている夫婦神に関しても、親子で夫婦になった経緯なんかも子供向けの物語として語られているからそんなものかと受け入れていたけれど、こんなに関わりが深すぎると複雑な気持ちになるのは致し方ないと思う!
私が異性に興味をなくし、結婚に前向きになれず、両親とも壁を作った理由がコレだと思う。
この地方に古くからある家は先細って行く。ある種の新参者である我が家ですらこうなのだから、旧くから続く家ならなおのこと。
気付いているのに止めない。
それはフランソワーズの家も、ジョエルの家も、この地方で根付く他家にも言えることというのはすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
だから、ジョエルから近親婚を匂わされてしっくりきた。あの溺愛ぶりはそういう……。
「と言うことは、ピエール様はフランソワーズを家族として、ではなく……なのよね」
「僕の勘違いではないと思う。これまでの事を考えればすぐ分かったのに……君を巻き込むなんて」
時折私を睨むように見るのは、なぜか私に対して常々氷のように背筋の凍る物言いをするのは。
「……嫉妬、かしら。親友の私に対しての」
女同士だから距離は近い。特に親友だから……?
フランソワーズをジョエルと離したくて、私とも離したくて?
「多分、そういうことなのだろうとは思う」
「納得いってなさそうね」
「女性の友人に嫉妬するかな? と思って。だがピエールならば僕の家の使用人に言い含めることが出来る」
「私の家の使用人は通いの侍女と料理人の2人だけだわ。手紙は父が一括で見るから……でも父も含めてピエール様に買収されていてもおかしくないわね」
「手紙の返事に関しても、君に直接手渡すことはないように、僕が君のところへ行っても冷たい態度を取るからと念を押されていた」
「もし直接あなたが渡してきたとしても、絶対私は受け取らないとピエール様なら分かっていたと思う。……なんとなくだけど」
ジョエルは私の言葉を聞くと乾いた笑いを浮かべる。
「僕もそう思うよ。ピエールは君が僕に興味を持っていない、持つことがないと分かっていたからこそ巻き込んだのかもしれない――」
「迷惑だわ……フランソワーズと仲違いしたままなんて。それが一番悲しいけれど、正直ここから先が怖い」
項垂れ頭を抱える私に、ジョエルが身動いだのが分かって思わず身体を固くする。
ややあって、隣から声だけが聞こえてやっと安心する。腕や肩に衝撃は来ないようでほっとする。
「マルタ、せめて僕ら友人になれないか?」
「まあ、友人くらい……許可なく私に触れないことと適切な距離を守ってもらえるなら」
「約束しよう。そして恐らく君の考える通り、今後かなり厳しい状況になると思う。君だけでなく、僕も」
「そうね……」
何せ相手――の親――は太守の補佐官。
そしてここまで用意周到なのだから、既に親たちに連絡がいったものと思っていい。
私たちの揉め事はただの子供の喧嘩に終わらない。親が介入してもダメだろうし、うちの父は買収されている上に小役人だ。仮に娘への愛情があったとして何か言える立場でもない。
2人で溜息を吐いた。
辺りはずいぶん暗くなってきている。ジョエルが立った。
「送ろう、今さら誰に気遣うこともないだろ?」
「少し遠いわよ、うち」
「あー! もう、こんなことなら馬車で来れば良かったよ。まあ、帰りは頭を冷やす時間と思うさ」
「じゃあ、お言葉に甘えるわね」
2人で歩き出す。
並んで、ではないがやや前方をジョエルが歩く。
そうやって黙々と歩いてタウンハウスの通りに来たところで、ここでいいと伝える。
「――多分、僕は」
「多分?」
「君ともう会えないかもしれない」
「……ああ、まあその可能性は大きいわね」
フランソワーズの心からジョエルを追い出したいのなら、この街から遠いところにやられる可能性が高い。私はしばらく公開処刑のような見世物扱いだろうな。
「僕たちはまるで物語の悪役だ」
「そうね。外から見ればそうかも。お姫様の心を奪いながらも他の女に目移りした男と、親友のようにお姫様に寄り添いながらも男を奪った女、うん。確かに悪役ね」
「これから相応しい罰が下るのかなあ」
「だとしても、新天地で生きていくしかないでしょ。悪役らしく図太く」
「諦めが悪いと思うだろうけど……」
「――まさか! 嫌よ、一緒に逃げたりはしないからね」
「僕の方が歳上なのに君は容赦がないなあ」
ジョエルはそう言って寂しそうに笑った後、すっと手を出してきた。
「せっかく友人に昇格したんだけどなあ……でも、今日で最後かもしれないから、元気で」
触れるのは嫌だったけれど、友人なのだから最後なのだからと自分に言い聞かせて、ジョエルの差し出された手のひらに右手の先を乗せた。
「……ええ、元気で」
ジョエルは握り締めずに、軽く私の指先を包むようにしてすぐ手を離す。
私に軽く一礼すると身を翻して、夜の帳が濃く降りている中、来た道を引き返して行った。
指先に残るジョエルの、他人の温もりはやはり微妙に気分の良いものではなかったことが苦く心に広がる。
「ジョエルのこと、馬鹿って心の中で呼んでた事は謝るね、ごめん」
彼の後ろ姿にそう呟いて、見送らずに背を向けた。




