EX STAGE 嵐を呼ぶ女(3
どこかへ飛んでいった意識を慌てて戻す。
ジョエルが突っ立ったままなのは変わらない。せめてフランソワーズを立たせるか宥めるかしてほしい。
が、馬鹿はぽかんとした顔でピエール様を見ているだけ。
なんて間抜けな顔。
「僕の、態度……?」
「そうだ、君はジャイノ伯爵家の娘を泣かせた挙げ句そのように見下ろしたままでいて良い立場かな? 元々は同じ血から分かたれた家ではあるが、現在は違うだろう? 『親類』とは言っても随分昔の話だ」
身分を振りかざさねばならなくなったピエール様は渋い顔でジョエルに伝える。
彼は同じような苦言をこれまでも恐らく受けていたはず。
でもきっと右から左だったのだろう。幼馴染みでもあり家ぐるみで親しく付き合いがあり、遠い親類でもあるという甘えがあって。
「妹の心を受け入れられないのなら、来るなと言ったはずだ。用事があるなら外か君の家に行くからと」
「だが……でも、それはだって……」
「今までの付き合いがあるから、それを加味して無理に婚約をさせなかったんだ。だから妹、フランソワーズが落ち着くまでもしくは君にきちんと恋人が出来て妹が失恋を乗り越えるまでは、と説明したが?」
ジョエルは何か言い訳めいたものを言いかけたのだろうがピエール様が言わせない。そこではっとフランソワーズが顔を上げた。
「お兄様、婚約の打診を……?」
「……ああ、そうだ。フランソワーズ、お前の婚約を過去こちらから何度か願い出ている」
ピエール様は嫌悪感溢れる顔で冷たく言い放つ。泣き腫らして目も顔も赤かったのが一気に青ざめる。
「毎回断られていた」
「……そんな」
「そこばかりは仕方ない。貴族でも普通に恋愛婚をする。もちろん政略込みでのお見合い婚も紹介制もあるし、爵位や家格で押し切るやり方もある。だが、基本的に本人達の気持ちが優先される」
ピエール様はふう、と大きく息を吐くとフランソワーズの側に寄ると膝をつき彼女の手を取り、立たせる。
「フランソワーズは、ジョエルと『結婚』だけ出来ればいいのかな? 彼の心は必要ないと? 想われなくても顧みられなくても良いなら無理を通してもいい」
その言葉にジョエルがありありと不満を表情に出して兄妹を見る。フランソワーズは力なくふるふると首を横に振っている。
ピエール様はジョエルからの視線を鼻で嗤い、神の如く慈愛に満ちた眼差しと微笑みをフランソワーズに向けた。
「いいかい、フランソワーズ。お前の気持ちは皆が気付いていた。そこのマルタ嬢も知っているし、当の本人のジョエルも知っていた。知っていて平気で我が家に出入りしていたんだ」
「……そんな! で、では、マルタも知っていたのね……」
潤んだ瞳が私に向く。
嘘をつく必要はない、気まずいながらも小さく頷いた。
だけどね、ジョエル某のことは全く何とも思ってないのよ、そう言おうとした。
ピエール様の言い方には刺がありすぎる。このままではまるで私がフランソワーズを出し抜いてジョエルと何かしらありそうな感じにも受け取れてしまう。
大事な親友とこんなくだらない事で仲違いしたくない。
そう伝えようとすると、ピエール様が私に冷たく凍てつくような視線を向けた。
「マルタ嬢、君はジョエルとそういう関係なのかな?」
「とんでもない!」
「まだだ!」
私の否定と、ジョエルの希望が同時に叫ばれる。
「ジョエルは黙って。マルタ嬢に聞いているんだ」
「私はギエスタ子爵子息とは何の関係もありません。彼に何の気持ちもありません」
「マルタ……そんな……」
ジョエルが愕然と呟いたのが聞こえるけれど、私はここまで彼と仲良くなる機会はひとつも持っていない。
「ジョエル、マルタ嬢はこう言っているが。君は何故そんなに傷付いた顔をしている?」
ピエール様はフランソワーズを私の向かい側に座らせ、ジョエルにも椅子に座るよう促した後、フランソワーズの隣に座り、彼女の肩を抱いて守るようにしている。
ジョエルは立ったまま、力を込めて拳を握り締めている。
「マルタとはずっと手紙のやり取りをしている」
「……は!?」
困惑して思わず声が出た。手紙? 手紙ですって!? そんなもの書いた覚えありませんけど!?
「そんなわけありません!」
「だ、そうだよジョエル」
「だが、今日もほら……」
そう言ってジョエルがベストの内から取り出したのは、カードだった。
それをローテーブルに置いて皆に見せる。
そのカードは見覚えがある。あるどころか普段から私がよく使っている物。高いものではないが、普通に文具店に売っている。
そしてその文字。私の癖がそのまま出ている。
書き終わりに力が入るから、特定の文字の終わりが大きく跳ねる。だけど、書いた覚えが全くない内容。
「……私じゃない、違う、違うわフランソワーズ」
声が恐怖で震える。
誰が? 何のために? どうして?
フランソワーズを縋るように見れば、彼女はカードを手に取りじっと見ていた。
「マルタ、でもこれ貴女の書き方の癖よね? どう見てもマルタのものに見えるわ」
「『本日午後フランソワーズに私たちの秘密について明かします。フランソワーズを慰めるためにも伯爵家のパーラーにピエール様といらして下さい。あなたのマルタ』。親友の手前、秘密裏に育んできた愛を明かす時が来た、そんな感じだね」
――どういう、ことなの? 全くわからない。
この場にいる3人の、6個の目が強い疑いの色で私を射貫いている。
認めてはいけない、だって私ではない! 私ではない!
「ジョエル、これまでのやり取りをした手紙は取ってあるかい?」
「ああ、もちろん」
頭から冷水を浴びせられたような感覚。寒い、怖い。
さっきまで私は傍観者だった。
修羅場に巻き込まれただけ。
フランソワーズも、ピエール様も。ジョエルも、困惑しつつも私に鋭い窺うような視線を送ってくる。
「……私、ではないわ……信じて、お願い」
強く、強く震える身体を抑えるように手首を握る。
「――わけない」
フランソワーズが俯いた。
「フランソワーズ……違う、違うの、私は」
「信じられるわけないじゃない! どう見てもこれはマルタのものよね!?」
「でも、でも私はギエスタ子爵子息とは本当に何も」
「何も、だと?」
ジョエルがわなわなと拳を震わせた。
「僕を弄んだのか?」
「弄ぶですって!? 私はあなたのことは最初から何とも」
「マルタ、1年近くやり取りをしている手紙を僕は持っている。ラブレターだ、何よりの証拠だ。確かに僕が先に君への想いを持った。けれどもフランソワーズは親友で、想いも知っているからこそ手紙で、と」
「……は!? 私には覚えがないんです! そんなことはしません! しかもあなたのことは本当に全く興味がないんです」
「平行線の水掛け論だ。埒が明かない」
ピエール様がフランソワーズを優しく抱いたまま、渋面で言う。
「そうは言ってもマルタ嬢、カードもそうだが手紙もジョエルは持っている。しかもフランソワーズが君の筆跡だと言う。これはね、何よりの証拠になるんだ」
ふ、と皮肉気な笑みが彼の顔に浮かぶのが見えた。
「ジャイノ伯爵家の跡取りとして、可愛いフランソワーズの兄として君を許す事は出来ない。まあ、フランソワーズ次第だが」
フランソワーズは俯いていた顔をキッと上げる。そこには見たことのない表情が。
侮蔑、怒り、哀しみ。それらが入り混じって、強くこちらを睨み付ける瞳は綺麗だ、胸が痛くなるほど。
「私は、マルタを親友だと思っていたわ。だけどこんな、こんなに馬鹿にされていたなんて……もう、もう二度と貴女には会わない。親友なんかじゃない、絶交よ」
それは死刑宣告のよう、私を打ちのめすに十分だった。




