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【本編完結】ワケあり皇帝のワケあり後宮  作者: 桜江


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41/68

巷にあふれ返っている物語

終章4/4

 


 ファン帝国の空は朝から澄み渡り、雲ひとつない快晴。

 まるで国だけでなく天もこの日を祝福するような鮮やかな空色に人々は歓喜する。

 

 芸術品のように美しく、黒鷲のように気高く、老若男女問わず魅了し、他国にもその名を轟かす。

 女帝アレクサンドラ・ファン・メイエットの姿を一目見ようと皇城には帝国民が押し寄せ詰めかけている。

 

 皇城からやや離れた周囲には屋台が出てお祭り騒ぎが既に始まっている。

 そして彼らの噂話の中には女帝だけではない、皇配の噂もある。 

 女帝の夫となる皇配は、元フィリア王国で流行り病が王家を襲うもただひとり打ち勝った王子だ。彼は女帝を見初め、彼女への愛の証に王国領土領民の全てを持参して捧げたのだと言う。

 

 それも帝国民が熱狂している理由だ。愛のために一国を捧げるなど長い帝国の歴史上初めてな上、他国ですら聞いたことのない壮大な話だ。

 人々は興奮し頬を染め、そこまでした王子とそこまでさせた女帝に対し称賛と祝福、羨望と感嘆を口々に上らせる。

 

 その人々は今か今かと待ち構えているが、婚姻の儀式はやや先だ。国の頂上に立つ2人はその姿を国民に見守られ、国の全てを幸せに導くため彼らを見届け人として目の前で誓い合うのだ。

 

 帝国万歳、女帝陛下御夫妻万歳の声もあちこちで響いている。 

「――ご覧、今日はめでたい日だよ」

 祝いの場には削ぐわぬフードを深く被った男が、屋台で買った川魚の焼いたのに(かぶ)り付きながら、皇城を指差して隣にいる女へと言う。

 女の髪はくすんだ緑でところどころ斑に薄くピンクが見える。

「はあ、スパダリ皇帝なんていないのね」

「いつも言うね、すぱだり」

「だって皇帝が女ってワケわかんないし。なんで来ちゃったんだろあたし」

 女も持っていた焼き魚の背をもぐもぐ食べながら呟く。

「婚礼だからね、見たいかなと思って。女の子は好きでしょ? そういうの」

「あたしは好きじゃない。他人の幸せなんかどうでもいい」

「そう? じゃあ、帰る?」

「……うん」

 男は女の頭を優しく撫でると、食べかけの川魚を祝いのおこぼれを狙う野良犬にくれてやった。

「……わー、勿体な」

「魚嫌いなんだよね僕。帰ったらお肉食べよう」

 

 皇城を背に2人は歩き出す。男が女と手を繋いだ。

 男がふと振り向いて皇城を眩しそうに見た。

「……おめでとう、アレクサンドラ。君の物語は『めでたしめでたし』だ」

 

「何て?」

「おめでとうございますって言ったんだよ」

 聞き咎めた女に男はそう言って、2人は雑踏の中に消えていった。

 

 

       * * * * *

 

 

「へ、へ、へへへへへへへいか、ここここ」

「どうしたリュイ? 壊れたか」

 皇城の一室に、本日婚姻の儀式を行う女帝アレクサンドラことサーシャと、その皇配――フィリア・リュイと名を改めて式に臨む――リュイと愉快な仲間たちは現在衣装の披露目中だ。

 

 婚姻の儀式と言うことで、リュイが着ている帝国式の礼装軍服は黒地に銀糸で鷲と薔薇が丁寧に刺繍され、マントも同じく黒地に銀糸で帝国旗の図柄が刺繍されている。

 (つば)のない円筒形の帽子も黒地、銀糸は太く縁取りに使われ、大きな黒い鳥の羽があしらわれていた。

「何と男前だろうなリュイ! やはり帝国の礼装軍服とフィリア式は相性が良い! ……私もそちらを着たかった」

 サーシャはベタ褒めである。一言おかしいが、リュイに気付く余裕はなく真っ赤になっている。

「さすがリュイだ、よく着こなした。サーシャと並んでも遜色ない。私のセンスに間違いはなかったな、なあタウシャよ」

 ルキはリュイとサーシャを交互に見て満足そうに頷く。

 ルキに同意を求められたタウシャも興奮したように首を縦に振っている。

 

「ああありがとうございます! だけどサー……んんっ。陛下の、衣装はその、露出度高すぎやしませんかね!?」

「むしろ露出を減らしたほうだこれは」

 サーシャが笑う。

 

 サーシャの衣装も黒地に銀糸。黒いフェイスベールには銀を塗られた薔薇と黒い鳥の羽が飾られ、耳飾りから腕輪に至るまで装飾品は全て銀で作られている。

 胸はサーシャのお悩みである浅い谷間は見えないようにされている。下腹部は一見すると装飾品だけ。そう見せかけているだけなのだが艶かしいことには違いない。

 太ももの中央辺りから下は足捌きしやすいよう二股に別れていて裾がふんわりと広がる形になっている。

 刺繍は胸に後宮(ハレム)の彫刻と同じ意匠のリスが細かく、足に鷲が大きく、ベールの後ろに帝国旗の図柄がやはり銀糸で刺されている。

「これ以上隠すのは帝国の流儀としてダメだ」

 ぐっ、と押し黙るリュイにサーシャが微笑んでみせるが、少々機嫌が悪いようで彼女は首を傾げる。

 

 そこに(ユゥィ)がそっと耳打ちをした。

「ご正室様ガ嫉妬サレておいででス」

 それを聞いたサーシャはやんわりと微笑み、頬と眦に見る見る紅が差す。リュイの背筋にぶわりと鳥肌か立った。 

 色香に当てられたためだ。

 ただですら妖艶な色気の持ち主のサーシャだが、既に彼女はリュイという男を知っているため、磨きがかかってしまっている。

 

 全員がサーシャに見惚れる中、ルキだけはにこにこしている。

「うむ、さすがサーシャだ。この分なら噂はやはり真実だと皆信じるだろう」

「噂?」

 リュイが聞くとルキがきょとんとした顔で言う。

「いや、前に言われなかったか? フィリアを手土産に輿入れしたと言う設定(・・)を」

「……確かに聞きました」

「あれは民に聞かせる為のものだ。もうずいぶん広がっている。尾鰭も付いて広がったろうから楽しみだなリュイ!」

 ルキはバンバンとリュイの背中を叩く。リュイは白目になりながらそう言えば、と言い出す。

 

「……ダニール義兄上は」

 きょろきょろと辺りを見回すリュイに、一同が渋い顔をした。サーシャが眉を下げて困ったように微笑みながらリュイの顔を両手でふわりと包み込む。

「リュイ、アレは本物のシスコンなのだ。だから放っておけば良い。私の衣装見たさにどこかにはおる、どこかにはな」

「……な、なるほど?」

 

 リュイが納得したところで、皆そろそろ時間だと部屋を出て行く。残ったのは儀式の進行と手伝いのためのルキと(ユゥィ)、ベラと護衛の兵たちだけだ。だが、彼らも空気を読んで『しばし外すから』と部屋の外へ出て行った。

 

「……宴席にソーニャとニエムも来るし、バリス兄上はフィリアを離れられぬから残念だが、代わりにナーシャ姉上とマルタが来てくれておる」

 リュイが頷けばサーシャが嬉しそうに笑う。

「本当に良く似合っておる、惚れ直したぞリュイ」

 サーシャにそう言われ、リュイは照れた笑顔を浮かべる。

 リュイはひとつ息を吐くと彼女の手を持ち、自分がその手に持っていた物をそっと握らせた。

 

「……何だ?」

 サーシャが手のひらを広げてみれば、そこには小さなリスのブローチがある。

 

 サーシャがゆるゆると顔を上げ信じられないと言う面持ちでリュイを見た。

「陛下、遅くなりましたが素敵な品をありがとうございます。どうか陛下の手ずから私に付けて下さいませ」

「リュイ……とっくに捨ててしまったろうと……私の名で贈ったものでもないし……忘れられているのだと……」

 サーシャがリスをリュイの胸元に付けながら珍しく言い淀む。かすかに震えるサーシャの手をリュイが温かく包んだ。

 

「陛下、いえ――アレクサンドラ、愛してる」 

 

 サーシャの瞳が痛みを訴えるように細められ、じわじわと潤んでくるのを見たリュイの胸もづくり、と甘く痛む。

 リュイは胸に入れていた手巾を取り出し、優しくサーシャの目元に当てた。

 

 そして見つめ合い、どちらともなく顔を近付ける――「はい、時間ですようーお2人様ぁー」

 手をぱんぱん叩きながらベラが2人の間に割って入る。

 

 リュイとサーシャは呆然としたままベラと(ユゥィ)によってテラス側に向かされた。 

「はあい、お化粧なんとかヨシ! 衣装も……乱れナシ! 髪もヨシ! ですわあーリュシアン様ー」

 テラスの窓辺でルキが頷く。

「うむ、ベラご苦労。2人ともカーテンの前に立て。(ユゥィ)、良いか?」

「いつでモ」

「……ベラ、鐘を鳴らさせろ、3回鳴ったらカーテンを引け、間違えるなよ(ユゥィ)

 

 ベラが部屋を出てすぐに城の鐘が鳴る。3回鳴らされたところで(ユゥィ)が微笑みながら重く厚いカーテンを引いて開けた。

 

「本日の主役のお出ましだ!」

 ルキが満面の笑顔でテラスと室内を隔てる大窓を開ける。

 

 

       * * * * *

 

 

 国民の熱狂的な大歓声の中、女帝と皇配は迎えられた。

 テラスに現れた2人を見られた者は歓喜し、感極まって涙を流した者も多くいた。

 

 遠くて見られなくても、テラスに女帝夫妻が出てきたのは皆の興奮ぶりから分かるので、それぞれが各地に伝わる婚礼を祝う歌を歌ったり歓声をあげたりと後方も大騒ぎだ。

 

 突然前方から一際大きな声が響いた。歓声、 冷やかしの混じった笑い声などがどよめきと共に後方へ伝わる。

 見えない者たちは(ざわ)ついていたが、何が起きたか伝わってくるのを待った。

 すると――

 

「儀式の途中で皇配陛下が女帝陛下をマントで隠して下がっちまったってよ!」

 

 国を愛のために捧げたという皇配のこの狭量さは笑い話としても、幸せな夫婦の物語の象徴としても帝国民の間で長く語り継がれていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――めでたしめでたし――?


















 たくさんある中から見つけて読んで頂きありがとうございます。


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©️2022-桜江

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