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一目惚れは持続するか(3

※シスコン注意

 サーシャは上を見上げる。

 そこには派手な服装の男が2人、ニヤニヤと笑っている。曲芸師だろうか。

 一人は片腕がなく、もう一人はヒョロリと全体的に細いのに腕だけが異常に太い。その手で果実を握って砕くのも余裕そうだ。

 

 腕の太い方が袖の膨らみに手を突っ込む。

 移動テントを見に来た子供たちに配るためだろう、薄紙に包まれた砂糖菓子を取り出すと、サーシャたちに見せる。

「お嬢ちゃんたち、ほうら見てごらん、これね。あまーいお菓子。これがねえ、あっちにねえ、沢山あるんだよう」

 男の間延びした猫なで声にサーシャは鳥肌が立つ。

 ちらりと辺りに視線をやれば、数人の気配を感じた。これは彼らとは別、領内の……公爵家の者だろう。

 

 ――ここで奴らをのしてしまうのは簡単だ。さてどこですべきか? 付いていって人気のないところに連れ込むべきか? このままここに引きずり込むべきか?

 と、サーシャは他人が聞けばどちらが人攫いかわからない事を考えていた。

 

「おっ……お待たせ!」

 突然サーシャの目の前にさっと茶色のふわふわした小動物が現れた――ように見えたがそれは少年の頭だった。

「ふ、2人ともほらあっちで皆待ってるから、いいい行こう!」

 彼はソーニャを手招きしてサーシャと手を繋がせた。サーシャの空いたほうの手は彼がしっかり握る。微かに震えていて、彼女は小さく息を飲んだ。

 

 ――こんなに怯えて怖がっているのに助けてくれるというのか。ソーニャですら怯えておらぬのに。何と……。

 

 サーシャは彼より少し大きい。彼女の目線には彼のふわふわした髪の毛がよく見える。そっと視線を彼の顔に落とせば、青ざめていて一文字に引き結ばれた唇も震えている。

 サーシャの胸は針で刺されたような小さな痛みに煩く音を鳴らし始めた。握られた手は温かい。胸はどきどきと鳴り続けていて息が苦しく、サーシャは初めての経験に狼狽えていた。

 

 そして曲芸師の男たちはと言えば苦々しげに少年を睨みつけていた。少年があっち、と顎で示した方向には帽子を被った少年と厳つい屈強そうな男が数人こちらを窺うように見ていて分が悪い。

 

 彼らは舌打ちするとちらちら振り返りながら移動テントへと戻って行った。その後を数人の男女が付いていくのを見て、サーシャはもうあの曲芸師のいる移動テントは2度と見ることはないなと思った。

 

 男たちが消えると、慌てたように少年は握っていた手を離した。

「よ、良かった! ぼくのあるじ……っと、友人がね、君たちを見つけて危ないから助けてやれって。それでね、あるじ……じゃない。でん……じゃない、友人がね一緒に見て回らないかって」

 しどろもどろになりながら、少年は必死にサーシャたちに話している。

 

 帽子を被った少年に言われて助けに来てくれたと言うが、ハッキリ言って護衛であろう男たちに守られているお前(帽子野郎)が来いという話だ。

 サーシャはあわあわと話す彼への好感度が更に上がる。このまま彼と回って色々話すのも楽しそうだ、と思った時にソーニャが先に口を開いた。

 

「ありがとうございます、だけどそのお気持ちだけで結構ですわ。……おそらくお忍びでいらっしゃるのでしょう? グラスペイル公爵家から後程感謝の気持ちを王家にお伝え致しますので、どうかこれにて」

 少年にそう言って、彼曰く友人の元へとやんわりと押し出した。

 

「……え、お忍びと分かっ……え、グラスペイル……あっホントだ、髪、黒っ」

 少年は振り返りつつあたふたと主の元へと戻って行った。

 ソーニャは微笑みながら彼らを見送る。対してサーシャは珍しくぼんやりしていた。

 

「……サーシャ、あなた意外と王道を行くのね」

「……あれは卑怯だろう……可愛い、可愛いがすぎる」

「あれは第3王子の従者だわ。ええと、名前は何と言ったかしら」

「ソーニャ、見たか。主に良いように使われていると分かっていても、抗えぬから仕方なくだとしても、私たちを守るために震えながら立ち向かう姿を」

「……だから、サーシャが王道好みとは思わなかったわ。あなた一目惚れしたのよ、彼に」

「……ひとめぼれ」

「恋よ、サーシャ。恋だわ!」

「そうか、これが恋か!」

 

 彼らの行った方向を見たままの2人が交わした、頭のやや宜しくなさげな会話を聞き、ギョッとした者たちは顔を見合わせる。

 ――あの少年の詳細な情報を仕入れなければならない、と。

 

 

       * * * * *

 

 

「駄目だ! サーシャ駄目だ!」

 まるで子供の駄々のように繰り返されるダーニャの言葉は悲鳴のようだ。

「決めました、アレを貰い受けます」

「まあ、素敵ねえ、一目惚れなんて」

「わりとサーシャは乙女なほうだと知ってましたけれど、ここまで王道(テンプレート)通りとは思いませんでしたのよ」

「殿下、おめでとうございます、これで恋する私の気持ちがわかりましたよね? ロリコンを撤回して下さい」

 

「いやお前はロリコンだろうがニエム」

 

 各々好き勝手に喚いているどさくさに紛れたニエムの言葉にサーシャは冷静に突っ込んだ。

 真顔で言い返されてニエムはしおしおと落ち込む。

 

 公爵家の邸に戻ってきたサーシャのおかしな様子に言及したダーニャにニエムが洗いざらい吐いてしまったため、現在ダーニャとサーシャの言い争いが勃発していた。

 

「……駄目だ、側室ならともかく」

「ダーニャの指図は受けません。正室と後宮(ハレム)については私に一任されています。アレがいい」

「アレってサーシャ、犬猫じゃないんだぞ! 犬猫だっていらないから返してくるねって言って返せるものじゃないのに!」

「返しません、アレは私の正室にします! 皇配にします! それなら返したくても返せません」

 

 睨み合う兄妹を見ていた公爵夫人が驚いたように言う。

「アレクサンドラ様のこんな情熱的な姿は初めて見たわ。皇族方にも旦那様にも見せてあげたい」

「お母様、サーシャはぼんやりもしてましたわ」

「まあ。恋って凄いわね、無関係な所から見るとほんと面白いわ」

「面白いならニエムもいるじゃありませんか」

「ニエムは無関係じゃないもの、当事者としては面倒なのよ」

「お義母様、ソーニャ、本人の目の前で扱き下ろさないで下さい。面倒と言われても添い遂げますが」

 ニエムが胸を張る。

 

「いやあね、ニエム。あなたも勿論とっても面白くてよ? ただ、面倒なだけで。ソーニャを想ってくれているのは本当に嬉しいのよ」

「いや、面白さを競っているわけでは……」

「ニエム、(わたくし)面白い方は明るくて良いと思うの」

「ガンバリマス」

 

 ニエムが新たな決意を胸に誓っても、まだ兄妹の言い争いは決着がつかなかった。

「ダーニャはならばどんなのなら良いと言う? どれも駄目だって言うだろう?」

「当然だ! サーシャはいつまでも俺だけのサーシャだから」

「重い! ダーニャはシスコンが本来のシスコンになってる! ルキは私が選ぶなら何でも許容するが!?」

「ルキはなんちゃってシスコンだからだ! 俺はできることならサーシャを娶りたいくらい愛している! 俺こそが本物のシスコンだ!」

 

 静まり返る中、サーシャは天を仰ぎ額に手をやる。

「ダーニャ、とりあえずシスコン談義はよい。側室ならば良くて正室が駄目なのは……身分か?」

 不貞腐れながらダーニャは頷く。

「――そうだ。いいか、皇帝の伴侶だぞ? 皇配だぞ? 王国でどの位置か知らんが、せめて侯爵……うう……百歩譲って伯爵だ。それ以下では厳しい」

 

「……ふむ。男子の皇帝であれば正室の身分は関係ないのに、過去の女帝たちの男を見る目がないせいで」

「 好いた者には甘くなるのだよ、そこで何を許し何を許さないかで差が出ただけだ。中枢に関わらせない女帝もいたし、側室に中枢まで食い込まれた皇帝もいた、だが母数から考えて女帝の方がおねだりに弱いのだよ」

 

 言ってダーニャはひとつ大きな息を吐く。

「恋とは熱病のようなものだと言うが、中でも一目惚れは単なる勘違いであることが多いと言う。そのうちまた他の男に目を奪われることもある。サーシャ、お前の一時(いっとき)の気紛れで選ばれる相手のことも考えてやれ」

「では、私のこの気持ちが持続するかということと、()の者の身分さえきちんとしておれば良いということだ。ダーニャのダメ出しをクリアできれば敵は殲滅したも同じ、やってやろうじゃないか」

 

 サーシャのやる気に満ち溢れた笑顔に、ダーニャは肩を落とした。

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