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ⅩⅡ-Ⅳ 彼女の弁論と事件の結論

 * * *


「横峰、急にどうしたんだ? あんなキャラだったっけ?」



 (とび)()が一海と坂上にだけ聞こえる小声で囁いた。

 一海は振り返らず首を横に振る。弥生が何をしたいのかはなんとなくわかったが、何故、という疑問がやはり残る。



 弥生は首を傾げて乃木山たちをゆっくりと見た。


「ねえ、心霊写真はともかくその後の事件って、広がり方も被害者の顔ぶれも不自然だったでしょ? 誰もおかしいと思わなかったの?」


「だからそれは、クラスの中で呪いが……」



 乃木山が恐る恐るといった様子で答える。弥生は首を振った。


「呪いを掛ける人や幽霊が本当にいたとしてだけど、その場合クラスの中とか外とか関係ないはずよね? 逆にクラス内だけで呪いが発動するのだったら、それは空間? それとも人間関係? って、疑問に思ったのよ」



「ん~……空間なんじゃないの?」


 少し考えてから乃木山が答える。弥生はうなずくが「でもそれなら」と右手の人差指を立てて微笑み掛けた。


「この教室に来ている先生たちや、選択で使っている他のクラスの生徒にも、被害が出るはずでしょ」


「そういえば、英語の特進クラスが使ってるよね」

 ヨリ子もすっかりペースに乗せられてうなずいている。荒井は渋い顔をして黙り込んでいた。



「それは……呪いを持って来ちゃったのがあかねちゃんだからじゃないの? だからあかねちゃんの周りで――」


 自席で見守っていた相真が立ち上がり、口を挟む。援護射撃のつもりなのだろう。荒井へ気遣う視線も送っている。



「でもプリクラを撮った当日、三組の子や一組の子も一緒だったはずよね。そして人数的には三組の子が一番多かったのだと聞いているけど?」


「それは……」



 荒井はすがるような目で相真を見つめているが、当日その場にいなかった相真には、否定も肯定もできない。



「人数は関係ないとしても、クラスが違うと被害がない、って不思議よね。放課後は一緒にいることが多いのに」


 荒井がこのクラスの中で特に仲がいいのは相真だ。それは一海も知っている。

 だが、他のクラスに友人がいるとまでは――普通に考えればいて当然なのだが――頭が回らなかった。



「それで俺に、荒井のグループのこと訊いて来たんだ……」


 鳶田は今更のようにうなずいている。相真の幼馴染なら、相真経由の交友関係も知れると弥生は踏んだのだろうか。




「なぁ、横峰何が言いてえんだ? 俺、全然わかんねえんだけど」

 上条が貧乏ゆすりをしながら突然割り込んだ。


「俺が鷹野のスマホを拾ったのは教室じゃなかったぜ?」



 弥生も、荒井や相真たちも驚き、目を丸くして振り返った。


「んだよ……俺だって質問する権利あるよな?」



 ――てか、上条が昼休みここにいるのが異常じゃね?


 思わず心の中で突っ込んだが、一海にもわからないではなかった。上条は危うく、犯人にされるところだったのだ。心霊現象ならまだしも、真犯人が別にいたとなればまた思うこともあるのだろう。



「そうね、上条くんがスマホを拾ってくれたお陰で、この矛盾に気がついたといっても過言ではないわ。つまり、上条くんのお手柄でもあるわね」

 弥生は大袈裟に言って、上条に微笑み掛ける。



「被害者がこのクラスの生徒に集中してることや、被害がほぼ学校にいる時間帯のみって――ああ、例外があったわね。相真さんの携帯。塾の休み時間に気付いたんだっけ?」


「そうなんだよねー。塾で気付いた時は超びびったんだけど」

「ほら、学校以外でも消えてるじゃない」



 相真が頭を掻きながら答えると、荒井がすかさず追い討ちを掛けた。


 しかし弥生は慌てた様子もなくくすくすと笑う。



「ねえ……相真さん。『塾で消えた』のと『塾で気付いた』では全然意味が違うわよ?」



「え、つまり消えてたのはもっと前になるの?」


「常識的に考えると、そうなるわねぇ。ひょっとして相真さん、塾が始まる前にチェックしてないんじゃない?」



 相真は少し考え込む。その時の様子を思い出そうとしているように。


「うん……してないかも。でも」



「消えてるはずがない、って思ってたとしても、今まで散々クラスで騒ぎになっているんだから、無意識に心配はしてたはずよね」


「だから休み時間に確認して」


「でも、その写真が消えたことは、相真さんが次の日学校で話さなきゃわからないわよね。いつ消えたのかも」



「あたしが嘘ついてるって言うの?」



 追求を続ける弥生に対して、相真は心外だとばかり声を荒げる。今度はヨリ子と荒井がおろおろし出した。


「私は可能性の話をしているだけ。相真さんが塾の前にチェックしてるかどうかを知っている人なら、そういう賭けに出るのかなぁ、って。責めてるように聞こえたなら謝るわ――ところで鳶田くん。あなたのスマホの画像も消されたのよね?」



「え? 俺?」


 急に指され、慌てた鳶田は椅子を跳ね飛ばすように起立した。


「おい、立ち上がる必要はねえんじゃねえの」

 坂上が笑いをこらえながら小声で突っ込む。


「うるせえほっとけよ。急に話振られたんだからしょうがねえだろ」と、赤面しながら鳶田は口を尖らせる。



「えーと、うん、消えてたけど、坂上がソフト貸してくれたから復活したぜ?」



 鳶田のこの言葉には教室内がどよめいた。

 消えたデータが復活するなどということは、普段携帯電話しか扱ったことのない大半の生徒には衝撃の事実だったらしい。



「そこなのよね……超常現象だとして、消されたデータがそうやすやすと復活するのかなぁ? ってのも疑問じゃない?」


 弥生が当然のように話を進めているが、一海は内心穏やかではない。


 確かに鳶田の件について弥生には話のついでに教えたが、鳶田や坂上は弥生がその情報を持っているのを不審に思わないのだろうか。



「そりゃ所詮は機械なんだから」


 坂上も当然のように言葉を返して笑う。

 弥生は坂上に軽くうなずき、演技過剰な様子で周囲を見回しながら言葉を続ける。


「でもじゃあ、幽霊がカチカチと携帯を操作して消してるの? 人間には(あらが)いがたいはずの呪いが、機械には負けるの? 幽霊ってずいぶん自意識過剰なのね。フィルムに焼きつけるんじゃなくデジタルのカメラに写り込んでみたり、スマホ操作して嫌がらせしてみたり……どうせ消すなら全消去する方が楽でしょうにねぇ」


 と、腕を組み、大袈裟にため息をついてみせる。



「それはきっと幽霊の良心が」

 オカルト好きな相真が食い下がる。しかし弥生はものわかりの悪い子どもに言い聞かせるように、相真に向き合った。



「本気で言ってる? そんな良心があるなら、最初から呪いを掛けたり嫌がらせしたりしないと思うの。なんなら、データが消えたって人たちはみんな、坂上くんのソフトを試してみればいいのよ」


 ……今度はさすがに誰も言い返せない。



 いや、消去された画像が復活するかも知れないという期待が出て来たために、幽霊騒ぎなど、もうどうでもいいという空気にすら変わり始めていた。



「で、でも……」

 顔を真っ赤にして、荒井がようやく声を絞り出す。


「呪いの心霊写真と、スマホの件は関係ないかも知れないじゃない……確かに、あたしが騒いじゃったから関係あるみたいになっちゃったけど、それが勘違いだってだけなら」



「……そうね。荒井さんが犯人じゃないという選択肢もあるわね。そこは決めつけちゃいけなかったわ」


「でしょ? でしょ?」



 弥生が認めたので、荒井は鼻息荒く、彼女の『友だち』の顔を見回す。


 しかし半信半疑の表情ばかりだった。



「そうだ荒井さん。あなたにだけ、いいことを教えてあげるわ。ちょっとこっちへ来て?」


 弥生は突然、何かを思いついたように手を打つと、荒井を手招きした。

 むっとしながら荒井が近付いて行くと、笑顔を浮かべて耳元で何事か囁き始め――何故か荒井の顔が徐々に青ざめて行った。



「……ほんとなの?」



 弥生が顔を離すと、震える声で荒井は問い掛ける。

 弥生はゆっくりとまた微笑み、もう一度荒井の耳元に口を寄せて囁く。



「今ここで試してみる? でも自分で話しちゃった方がいいと思うわよ?」


 弥生はそっと荒井から離れると、かろうじて一海の席に聞こえる程度の音量でそう言った。荒井は怯えるように、大きく身震いをした。



「試すなんて無理ですっ。そんな、あのっごめんなさい!」



 悲痛な声で叫ぶと、荒井はそのまま声を上げて泣き出してしまった。

 弥生と荒井を除く全員が、ただ茫然とその様子をみつめる中、昼休み終わりの予鈴が鳴り始める。



 どうやらこのクラスは全員、昼食抜きで午後の授業を受けなければならないらしい。


 * * *


 果たして。


 その後、一連の騒動は荒井と益田がやったことというのが判明した――というか、本人たちからの弁解と謝罪があった。



 『心霊写真』の件で散々からかわれた腹いせ半分と、騒ぎになればみんなが本気で心配してくれて、解決策も見えて来るのではないかという、深く考えないでの行動だったらしい。



 携帯電話(スマートフォン)のデータは全員分が無事復活した。

 坂上と一海と弥生で担任(ようちゃん)に事情を説明し、放課後になってから坂上のノートPCを持ち込み、担任立ち合いで復旧作業が行われた。


 だが中には「いらないもの(データ)まで復活した」と二度手間に文句を言う者もいた。そこで弥生が「じゃあ全消去してあげるからスマホ貸して?」と凄惨な笑顔で迫ると大人しくなったらしい。



 こうして、約二週間に渡って一海たちのクラスを騒がせた事件はようやく収束したのだった。


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