ⅩⅡ-Ⅲ 彼女たちの論難と彼女の腹案
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更に翌日、弥生は朝からずっと物思いに耽っているようだった。
授業中もずっとぼんやりと頬杖をつき、そして時々メモ帳のページを繰っては思案気な表情で、心ここにあらずという様子。
だがあまりにも堂々としているので、教師たちも注意しにくそうにしていた。
実際、注意をした教師には「それで、授業の進行に何か支障が出ますか?」と弥生に真顔で問い返され、言葉に詰まっていた。
弥生は平均して成績のいい生徒である。
問題行動と言っても勝手に屋上に上がることくらいなので、教師たちもたまにぼんやりしている程度では強く注意できないようだ。
しかしこんな風に教師に反抗することなど――厳密に言えば、正論による反論はあったが、今回のは正論とは呼べない――今まではなかった。
――いや、いくらなんでも、今日のあいつはおかしい。
一海は、今までの行動パターンから大きく外れるのはわかっていたが、弥生に声を掛けてみようと決心する。
今日の弥生の態度は、授業中も少なからずクラスメイトの注目を浴びていたので、このタイミングで声を掛けるというのは、あらぬ誤解を生み出してしまうかも知れない――いや、あるのかも知れないが――とりあえずそこは置いといて。
――以前の様子――禅二郎のことを誰かに伝えたいのに言い出せず、言葉を飲み込んでひとりで抱えてしまっていた、あの時のあいつと似ているんだよなぁ……
そう考えると、一海は昼休みまで待っていられなかったのだ。
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しかし一海よりも先に、お喋りでお節介な女子のグループが我慢ならなくなったらしい。
四時限目が終了した直後、屋上に逃げられでもしては元も子もないとばかり、数人の女子が弥生の机へ歩み寄ったのだ。
一海が知らなかっただけで大半のクラスメイトもこれから何が起こるのかを知っていたようだ。普段なら我先に購買へダッシュしたり弁当を広げたりするクラスメイトたちがなかなか行動を起こさず、息をひそめて教室に留まっていたことに、一海はようやく気づく。
「……女子っておっかねえな」
鳶田も弁当を開けずに口をぽかりと開けて様子を見守っている。一海は内心どぎまぎしながら鳶田に向かって囁いた。
「口閉めろよだらしねえ。ってか何この茶番、誰が決めていつの間に開催が決まったんだよ? ったく、くだらねえことをよ」
言っているうちに段々イライラして来て、最後はほとんど吐き捨てるような言葉になっていた。
トラブル嫌いで、なるべく回避する性格だと、周囲の人間も一海のことを認識しているので、鳶田も、一海自身もその剣幕に驚く。
「ま、まぁ落ち着けよ」
鳶田がなだめる。
「ってか、二時限目の数学ん時、松村が注意したじゃんよ。あれに横峰が口答えした直後っぽいぜ。メモ飛び交ってたし……ってか、教室ん中あんなにざわついてたのに、お前気付かなかったのかよ?」
弥生ばかり気になっていて周りの様子なんて気付かなかった……とはさすがに言えないが、女子がざわつくのはいつものことなので、それほど気にしていなかったせいでもある。
一海はそう言い訳をした。
「なぁ木ノ下よお――あれ、あんま荒れないうちに、お前止めに入ったら?」
坂上が一海の前の席に座りながら目配せをする。その口調はのんびりしているが、一海は坂上に気持ちを見透かされているような気がした。
一海自身もできればそうしたいのは山々だが、これまでは何事に対しても『頼まれてから動く』というスタンスを貫いて来ていたつもりだったので、「なんで俺が……」と面倒臭そうな表情を作った。
「あれ? こっちの机の方が少し高いんだな……」
坂上はそう言うと座った席の机をくるりと回し、一海の机と向かい合わせに付けていつものように昼食を摂る準備をする。
「なんで、かぁ……なんでって、ん~、そうだ、あれだ、お前生活委員だろ? んで、生活委員って『なんでもやる課』みてえなもんじゃん。だからこういうクラス内のもめごとを調整するのも、生活委員の仕事じゃねぇの? ってよ」
それは絶対違うと言ってもよかったのだが、一海のつまらない茶番に付き合ってくれている坂上に合わせて、一海も曖昧にうなずいた。
「あぁ……そう、なのか? んじゃ、やばそうになったら行くわ。とりあえず弁当食おうぜ」
大したことじゃない風にそう言いつつも、弁当箱の蓋に手を掛けたまま、一海の視線はどうしても弥生の方へ向かってしまう。
しかし今回ばかりは、鳶田も坂上も、他の生徒もみな同様らしかった。
「――ねえ、前から思ってたんだけど」
弥生を取り囲んだひとりがおもむろに声を上げる。鷹野の取り巻きでもあるその女子は、普段はそれほど目立たない存在だ。一海も彼女の名前はうろ覚えである。
「あなたねぇ、他の人たちのことなめてない? 今も全然質問に答えないし、さっきの授業中もさ、なんなの? あの態度」
どうやら、最初の方はただ取り囲んでいただけではなく、小声でちくちくとやっていたようだ。
「ヨリ子こわぁい」
「もっと言ってやってぇ? 言われなきゃわかんないのよ、この人」
他の女子たちの声も徐々に大きくなって来る。
わざとらしいやり取りの中にいて弥生がどんな表情をしているのか、一海の席からはよく見えなかった。
今すぐ弥生のそばへ行き、くだらない真似をしている女子を怒鳴りつけて蹴散らしたいという衝動がこみ上げて来る。
「……木ノ下、やっぱもう少し待て」
そう言って坂上が一海の手の甲を軽くつついた。その刺激で我に返った一海は、いつの間にか爪が手のひらに食い込むほど手を握りしめていたことにようやく気付く。
「いや、これは……」
自慢じゃないが、常にほどほどのローテンションで喜怒哀楽も低空飛行であることを自覚している一海にとって、ここまで激しく怒りを感じたことはついぞ覚えがなかった。
BWエージェンシーでの不快なイラつきに続いて、自制が効かなくなりそうなこの怒り。最近の自分はどこかおかしい……さすがにそう自覚して、少し冷静になる。
だが言い訳しようとした一海に対し、坂上は無言で人差し指を口に当て示した。
「――そっかぁ。やっぱり荒井さんだったのね」
急に、弥生の声が一海の耳に飛び込んで来た。それはいつもと変わらぬ、落ち着いた、平坦な声だった。
「やっぱり、ってどういうこと?」
ヨリ子と呼ばれていた女子の隣で、少し意地の悪い笑顔を作っていた荒井が一瞬眉をひそめる。
弥生を取り囲んでいた他の女子たちも、一瞬きょとんとしてお互いの顔を見る。
「わけわかんない言い掛かりやめてくれる? 今は横峰さんの話で――」
ヨリ子を挟んで、荒井の反対側にいた乃木山がポニーテールを震わせて抗議すると、弥生は乃木山をじっと見つめた。
「教えてもらったの。それに、荒井さんだけ被害がなかったもの」
「な、何が? っていうか、誰に――」
問い返した乃木山に、ふっと余裕の笑みを浮かべる弥生の横顔が、一海にもはっきり見えた。
――とりあえず怒ってないし、悲しんだりもしていないようだ。
と場違いな安堵をする。
「あれよ、携帯の、ユーレイ」
弥生の声はそれほど大きかったわけではないが、よく通った。いや、いつの間にか教室内が一層静まり返っていた。
一海は周囲に視線を走らせる。
クラスメイトたちは弥生の言葉がなんの意味を持つのかわからないという顔で固まっている。弥生を囲んでいる女子のグループも、少し離れた場所で戸惑いながら見守っている鷹野たちも。
その中でひとりだけ、いち早く反応した女子がいた。
「あたしだけじゃないじゃん! 他にも被害に遭ってない人はいるじゃない!」
ひゅっと息を吸い込み、鋭い声で言い放つ荒井の目は険しかった。
「それにあたしが犯人だったら、わざわざあんな大騒ぎする? 騒いだらそれだけ目立つじゃん。怪しいじゃん? 普通しないでしょ? あたしは関係ないよ、ねえ?」
荒井は、弥生を莫迦にしたような口ぶりで乃木山たちに同意を求める。
「この人、何言っちゃってんの? こんな、根も葉もない言い掛かりつけて、ひどくない?」
「あ、うん……」
「まぁ……そうね」
だが返って来たのは、戸惑いが混ざった曖昧な相槌だった。
「ねえだって、この人ってあれでしょ? 誘拐されてから、ちょっと変になったっていうじゃん? 長浜さん、そう言ってたよね。こんな人が言うこと、みんな信用するのっ?」
荒井は次第にムキになり、ほとんど叫ぶように訴える。
教室内が再びざわめき始めた。
「……それこそ、根も葉もない噂、よね。そんなくだらない噂をいくら流されたって」
弥生は、ふっと笑顔を見せて静かに反論した。
「私が誘拐じゃなくて交通事故に遭ったってこと、知っている人たちは知っているから。私のことを信じてくれる人たちがいるのも知ってるから、私は平気よ」




