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ⅩⅡ-Ⅱ 弥生の行動と一海の視線

 弥生は(たか)()()の指摘にはっとして、胸元に手を当てた。


「そんな野暮ったいものでは重くて肩が凝るでしょう? もっと素敵な品をわたくしが見立てて差し上げましょうか」


 一海は弥生の方を振り返らなかったが、ペンダントは外から見えない状態であることを知っている。にも関わらず高千穂が指摘したということはつまり、寧々の説明によれば、この男はこの石と――それは等しく一海や弥生たちと、反発し合う存在の『何か』だということなのだ。


「……どうかお気になさらず。私はこれが結構気に入っているんです」

 気丈にきっぱりと言い切った弥生の声がかすかに震えている。


「――それに、親しくない方から分不相応な物をいただくわけにはいかないので、お断りします」


「気に入ってる? ――まさか」


 にたり、と莫迦にしたように笑うと高千穂の口は横に大きく裂けて見えた。


 一海も咄嗟に助け舟を出す。

「あー、俺らまだ高校生なんで――安物ですみませんね。大人になったら、もっと素敵な品を贈れるように頑張りますよ」



 高千穂は一海の言葉を聞いて目を丸くして見せた後、またにやりと笑った。


「おや、お坊っちゃんがお贈りした物でしたか? それは失敬……てっきりあの雌猫が首輪をつけたのかと」


 まるで、『お前らの事情は知っているのだぞ』と言外に知らせているようにも感じられ、一海は言葉に詰まる。


「しかし……わたくしの話を奴らにしなかったのはお坊っちゃんの失態でありましたなぁ。わたくしと接触したと知れば、あの怪我でも用心棒役を買って出たはずですからね……」


 紙やすりをこすり合わせるような笑い声がもれる。その不快さに眉をひそめそうになりながら、一海は問う。

「怪我……? あんたはさっきからなんの話をしているんだ?」


「おや、これもご存じない? ふぅむ。巻き込みたくないと考えておるのか……それとも」


 高千穂は弥生にちらりと視線を向ける。

「――本性を明かしたくないと考えているのか。いずれにしろ時が来れば他人事ではなくなるというのに。甘いな……」



 意味深長な言い回しと人を莫迦にした態度、何より強い不快感と緊張に、一海はそろそろ耐えられなくなって来た。


 ――これ以上こいつと対峙してたら下品な暴言を吐いちまいそうだ。

 一海は高千穂から視線を外し、弥生に軽く微笑み掛ける。


「行こう、横峰」


 ――喧嘩の時には先に視線を外した方が負けだという話もあるが、今はそんなことはどうでもいい――やはり仮にも、いや仮じゃないけど男子としては一緒にいる女子に危険が及ぶ状況になってしまうのは面目ない。


「女の子の一人や二人を守れないような情けない男にはなるな」というのが父、(けい)()の唯一の教えだ。今ここでそれを実践せずにいつするのか、と一海は自分に言い聞かせていた。



 信号が青に変わったと同時に、弥生を先に行かせる。続いて一海も自転車を走らせようとした瞬間、高千穂が口を開いた。


「ご用心めされよお坊っちゃん。どうやらよほど良質な血筋の生まれのようですが、所詮まだコントロールもままならぬ仔猫。奴らは、あの黒猫どもは、あなたの能力を利用しようと考えてるだけですよ」


 そしてまた耳障りな笑い声をたてる。一海は軽く振り返り、高千穂を睨む。


「なんの話かわかりませんけど、寧々さんたちが俺を利用するなんてことはないですから。じゃあ失礼します」



 耳障りな笑い声が追い駆けて来るような不安と不快さが入り混じり、一海たちは振り返らず、会話もほとんど交わさないままに自転車を走らせた。


 弥生が住んでいるマンションの駐輪場に到着してから、「なぁ、横峰……」と、一海はようやく声を掛ける。


 まだ周囲を警戒しつつのため、その声は抑え気味だった。

「今度またあいつ(高千穂)が――」

「一海くん」


 弥生は一海の言葉を遮り、笑顔を向けた。


「お、おう?」


「守ってくれてありがとう」

 安堵した表情で、弥生はそう言った。


 一海は、そんな場合ではないと思いつつもその笑顔にみとれそうになる。だが先ほどの自分の頼りなさを思い出し、唇を噛んだ。

「……守れてねえよ。全然」


「そう? 上出来よ。一海くんにしては」

 弥生は屈託のない笑顔から、いつものようなからかうような表情に変わり、一海の顔を覗き込んだ。


「なんかそれ、イマイチ褒められてねえような……」

 一海は口を尖らせ、それを見てまた弥生はくすくすと笑った。


「ふふ。じゃあまた明日学校でね」

「おう……またな」


 ――どっちが守られているんだかわかんねえな、これじゃ。

 自宅までの道のり、一海はそう思いながらも胸の中がほっと温かくなるのを感じていた。


 * * *


 翌日。

 一海たちが昼食を摂っているところに、弥生が澄ました表情でやって来た。

「ねえ、食事中に悪いんだけど、ちょっといい?」


 一海も坂上たちも、一海に用事があるのだと当然のように思った。

 なので一海は困惑したような表情を作りながら、坂上や(とび)()はどことなくニヤニヤしながら弥生を見て次の言葉を待つ。


 だが弥生は、「あ、鳶田くんに用事なんだけど」と、表情を変えずに続け、逆にそこにいた全員は一瞬にして驚愕の表情に変わった。


 指名された鳶田などは驚愕どころか、ついに年貢の納め時か――とばかりに蒼ざめている。


 ――こいつ、俺の言い訳をいちいち本気にしてたんだ……単純というか、人が好いというか。

 鳶田の助けを求めるような目を受け流しながら、一海はそう考える。


 弥生は鳶田をどこかに連行するわけではなく、一海たちの席のすぐ後ろ、窓側の教室の隅に連れて行き、何事か訊きながらメモを始めた。

 坂上はその様子をちらりと一瞥し、「あー、そういうことか……」と独りごちる。


「なんだよ?」


 一海が訊くと、「なんでもねえよ――そのうちわかると思うし。お前はなんも心配しなくていいからよ」と、坂上はニヤニヤした。


「ばっ、な……なんも心配とかしてねーし」

 一海は否定するが、まさか坂上からそんなことを言われると思わなかったので、顔が熱くなるのは止められなかった。


「……なんつーか、お前はもう少し肩の力抜いてもいいと思うんだけどなぁ」

 そう言って坂上はため息をついた。



 弥生が「ありがとう、助かったわ」と礼を言って去ると、安堵した表情で鳶田が戻って来た。


「なんだった?」

 守屋が鳶田のカバンから雑誌を出しながら訊いた。一海は興味がない様子で弁当をつついていたが、耳だけは鳶田の話に集中させていた。


「ん~、なんか、ソーマと荒井がいるグループについて訊かれた。俺がわかる範囲でよければ、って教えたけど。あと、あの件の当日のメンバーがわかるか、とか。当日ソーマはおばさんと一緒にうちに来てたから、行ってねえのは知ってるけど、あとはわかんね、って」


 禅二郎の事故の件を調べているのか、と一海は考えた。

 養殖生霊(にせもの)だと寧々たちが言ったが、あれはあれで存在しているものだったのだから、写真に写っていてもおかしくはない。


 だが、寧々に訊いていた話もあるので、クラスの『呪い』の件そのものについて調べているのかも知れない。



「呪いの件かなぁ?」

 久保がカップ麺のスープを飲み干してから訊くともなしに言う。


「あ、それに関しても、データ消えた奴や場所とか時間、わかる範囲で教えてくれって……」


「そういや、鳶田(おまえ)ら数えてたっけなぁ。何が楽しいのかと思ってたけど」

 坂上が興味なさそうに言う。

「楽しいってか、なんか気になんだよそういうの――時系列に並べたりして」

「お前、歴史は苦手なのにな?」

「うっせえよ」


 坂上たちが軽口を叩き合ってじゃれていると、「うっそぉ?」という甲高い声に続き、わざとらしい悲鳴が数人分、教室の前方であがった。


 騒ぎの中心は鳶田の幼馴染である(そう)()だった。デコってある携帯(ガラケー)をパカパカと鳴らしながら、「嘘じゃないってぇ」と声を張り上げる。


「でさぁ、昨日の塾で、休み時間に確認したんだけどさあ。そん時に気付いたんだよね。あたしも学校かスマホに何かあるのかと思ってたから、ガラケーは大丈夫だと思ってたし」


 話の流れを推測するに、今日は――いや昨日は相真のデータが消えたらしい。なんとなく相真や荒井のデータは消えないものだと一海は考えていたので、これは意外だった。



「相真のも、消されたんだな……? しかしあいつだけスマホじゃないし、塾で、となると……」

 坂上の声には戸惑いが混ざっていた。どうやら一海と同じような見解を持っていたらしい。


「うん、ほんとなんなんだろうな、これ」

 一海は相槌を打ちながら弁当箱を片付ける。カバンにしまうついでに自席にいるはずの弥生を探すが、見当たらなかった。



 ――図書館に行く時は声掛けて来るよな。どこに行ったんだろう……


「ああ、相真が騒いでんのを聞いた後、メモ帳とシャーペン持って出てったぜ」

 坂上がこともなげに言う。


「え……? いや、あ……うん」


 咄嗟の返事ができなかった。



 どうやら坂上には完全にバレたらしい。そう思った途端、改めて顔が熱くなる。坂上はその様子を見て、まるで自分には余裕があるようなことを言う。

「これだから空気系はよぉ……もう少し慣れろや。世の中の半分は女だぜ?」


「っせーよ」と返すので一海は精いっぱいだった。

 ――くっそ。へちゃむくれの饅頭がニヤニヤしやがって……


 坂上と一海のやりとりが理解できなかったらしい鳶田が、きょとんとした顔で見ていた。


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