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275.ナノ・マシン、

 ある意味、アキオは痛みに関するプロだ。

 兵士時代に、さまざまな苦痛を散々経験している。


 戦闘時負傷(WIA)で、腕を、脚を、下半身を吹き飛ばされたこともあるし、戦争捕虜(POW)となって送り込まれたサイベリアの収容所ラーゲリで、長期間にわたり、想像を絶する拷問を受けたこともある。


 だが――

 U.(アルティメット・)C.(コンバット・)N.(ナノ・マシン)B.(・ブラック)がもたらす苦痛は、別次元のものだった。


 すでに弱っている心臓に、高温ですさまじい圧力の、金属交じりの液体が注ぎ込まれ、爆発しそうになるのを感じる。

 いや、一部亀裂が入るのを、ナノ・マシンの修復機能でなんとか保たせているのが現状だ。


 さらに、()()()()()()()するために、ナノ・マシンによる苦痛緩衝ペイン・アブソーブ機能がオフになっている。


 よって、直接ダイレクトに、脳に注ぎ込まれる苦痛情報の大きさと量は、()()()()()()()()しかねないほど激しいものだった、


 アキオの身体がふらつき、荒野に膝を屈しそうになる。


 一般的に、脳は苦痛が続くと、それに慣れてしまう。

 だから拷問官は、適度に間隔をあけて苦痛を与えるよう教えられ、片や拷問を受ける方は、苦痛から逃れるために、拷問時には、少しでも早く、故意こいに意識を失うよう訓練を受ける。


 兵士であって諜報員ちょうほういんでないアキオは、対拷問の訓練など受けてはいなかったが、経験によって、限界を超えた苦痛を与えられると自動的に意識を失うことができるようになっていた。


 しかし、いかにU.C.N.B.の苦痛が激しかったとしても、ここで気絶するわけにはいかない。


 苦痛を感じた時のかつての癖で、一瞬、意識が途切れかけ――


 彼は、壕で眠るユスラとヴァイユ、身体を破壊されて寝かされるミストラを想った。

 そして、キラル症候群シンドロームに冒された他の少女とシミュラ、アルメデを――


 彼が少女たちの、()()()()なのだ。

 だから、彼は必ずこの戦いで、最後に(ラストマン・)立つ者(スタンディング)とならねばならない!


 兵士として戦っていた時には感じたことのない高揚感こうようかんが、彼の魂をわしづかみにし、アキオは、途切れようとする意識をつかんで、むりやり引き戻した。


 屈しかけた膝に手を当て、身体を引き起こす。

 天を仰いだ。


 全身の細胞から染み出た、高熱のブラック合金アロイが、一瞬でアキオの顔を完全に包み、鋭角的な形状シェイプの仮面となって、彼の頭部を守りながら内部を焼き始める。


 鎧の上に浮かび出たアーム・バンドに稼働可能限界である30分が表示され、100分の1秒単位で目まぐるしく数値が減り始めた。


「始めるぞ、メデ」

 ドン、と腹に響く音を残して、アキオの姿が消えた。

 後には、1メートル近くめり込んだ足跡が残る。




 カヅマ博士とアキオのナノ・マシン技術テクノロジが、他者の追随ついずいを許さないのは、主に、生体細胞の分裂加速クロック・アップがあるためだ。


 青年時代に、ほんの遊びで作ったテミス粒子をベースに、娘を救うための、生体修復能力を高めたナノ・マシンへと進化させようとした博士が、ぶつかったのは細胞分裂の遅さだった。


 人体の細胞数はおよそ60兆個、それを構成している細胞は約250種であり、その更新速度は、表皮、角膜、消化器系上皮組織、リンパ組織などすみやかに入れ替わるものから、生涯更新されない神経、心筋細胞やセルトリ細胞まで4種類に大別される。


 その中で、速いとされる皮膚で1ヶ月、胃の粘膜で3日、最速とされる腸の微繊毛びじゅうもうでさえ1日の速さでしかない。


 それでは、とても次元孔に吸い込まれていく娘の細胞補完さいぼうほかんには、なりえないのだ。


 そこで博士は、執念しゅうねんと偶然で、()()()()すべての細胞の分裂タイミングを加速させる方法を発見したのだった。


 鍵は、次元の先にあった。


 博士が、次元孔(ディメンジョンホール)の向こう側で手に入れた、コスモk線と呼ばれる放射線の周波数を上げて分裂細胞に当てると、DNA複製が加速され、核分裂、細胞質分裂が500~1000倍に加速されることが判明したのだ。

 それで、腕ぐらいなら、骨ごと1日足らずで修復できるようになる。



 さらに、コスモk線による分裂加速クロック・アップは、認知思考速度にんちしこうそくどの加速という予想外の副産物も生み出した。


 さすがに()()()()()()放射線も、損傷を受けてニューロン・ネットワークが破壊された脳を元通りにすることはできなかったが、かわりに健常な脳をクロック・アップすると、反応速度が100・9倍になることがわかったのだ。


 単純計算で、あの50ブローニングで打ち出されたライフル弾、時速3204キロメートルが、加速された感覚の中では、幼児が投げる時速32キロで飛ぶ野球ボールに見えるようになった。


 ナノ強化された筋肉ならつかみ取ることすら可能だった。


 カヅマ博士は、生涯、クロック・アップを研究時間の伸長(しんちょうにしか使わなかったが、兵士であるアキオは、ナノ・マシンによる筋力強化、神経伝達速度の向上と組み合わせた、超音速運動スーパーソニック・キネティクスを開発したのだ。


 いま、アキオは、ブラック合金アロイと、文字通り身を焦がす高熱によって、ナノ活性された肉体を、クロック・アップした知覚で存分に扱おうとしていた。



「あ」

 アルメデが、思わず声を上げる。


 火神アグニそばで、しばらく立っていたアキオが、少しよろめき、全身を黒く染めながら天を仰いで、ひと声話しかけた途端(とたん)、その姿が消えて、あとに衝撃波が襲ってきたのだ。


 ほぼ同時に、槍状になって、フォーメーションを作り終えようとしていたホイシュレッケが、荒野のはしから仕掛け花火が破裂していくように、連続で爆発していく。


 ――アキオだ。


 アルメデの胸が、実際の痛みを伴うように締め付けられる。


 あの人は、U.C.N.いや、金属の色から考えて、さらにレベルが上の戦闘ナノマシンを使っているに違いない。


 先ほどまでU.C.N.を使っていたアルメデは知っている。

 あの形態が、どれほどのダメージと苦痛を肉体に与えるのかを。

 女王は、まだ指先に、剥き出しの骨が見える左手を見た。


 しかも、彼は、今日、二度目の戦闘形態ナノマシンなのだ。


 死なないで、アキオ――


 ()()()()()()、数百万単位のイナゴが破壊され続ける光景を見ながら、アルメデは、そっとつぶやくのだった。

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