270.大樹
「聞こえますか、キィ」
崖の上に立ち、戦車から湧き出るイナゴの群れを見上げる少女の耳に、アルメデの声が響いた。
「はい、女王さま、あの黒い霧は――」
「ホイシュレッケと呼ばれる兵器です」
そう言って、アルメデが現況を簡潔に伝える。
「わかりました。それで、わたしたちのこれからの行動は?」
「もうすぐユイノとミストラが、空でホイシュレッケを相手に、派手な陽動を始めます。あなたたちは、それを利用して巨大戦車の上部デッキに移動してください。そこには、わたしが先ほど破壊した固定砲台があります。その亀裂から内部に入ることができるでしょう」
「了解しました」
「今、いったように、アキオたちは、ホイシュレッケを無力化するために、戦車の下部ハッチから機関室を目指しますが、戦いに勝利するためには、最終的に指令室を制圧しなければなりません」
「つまり、下からはアキオたちが、上からは、わたしたちが指令室を目指すわけですね」
「危険ですがお願いできますか」
「ご命令を」
「行きなさい」
「はっ」
会話を終えて、キィは空を見上げながら拳を握るノランとシェリルを見た。
「あんたたち、聞いてくれ」
彼女が話し終わるとノランが尋ねる。
「ユスラさまは」
「無事だ。アキオと共におられる」
キィは、鉄の意思で感情を表に出さずに答えた。
彼女は、アルメデからユスラが倒れたことを聞かされている。
これまでに倒れた回数から考えても、彼女の意識が戻ることはもうないかもしれない。
シェリルがノランの肩を叩いた。
「行きましょう」
「ああ」
ノランが噴射杖をつかむと、キィがアーム・パッドで飛行経路を打ち込んだ。
彼が、まだ杖の扱いに慣れていないからだ。
シェリルとキィは、一つの噴射杖につかまる。
「空で騒ぎが始まったら、杖のスイッチを押すんだ、いいね」
「わかった」
そう言ってから、ノランがキィを見つめる。
「なんだい」
「いや、姿は変わっても、男前な性格や話し方は変わらないと思ってな――強さも」
キィが長い髪を揺らして、からっと笑った。
彼女に身を寄せるシェリルの頭をポンポン叩いて続ける。
「この子の前で、そんな話をするんじゃないよ」
キィは、シェリルの恋心に気づいている。
一見、大人びた女性に見える彼女が、意外に幼いことにも。
そう、シェリルはカマラに似ているのだ。
「マキィ、俺は――」
「キィだ、間違えるな。そして、覚えておけ。わたしの髪の毛の先からつま先、過去から未来に至るまで、全部アキオのものだということを――」
「そうなのか」
「そうなんだよ」
空の一角がオレンジ色に輝き、激しい爆音が轟いた。
「行くよ」
キイは、そう言い残すと、戦車に向けて飛び立っていく。
ユイノとミストラの陽動による混乱のおかげで、三人は無事デッキの上に立つことができた。
キイは、戦車の前方にある巨大な固定砲台を見上げる。
「あれだね」
砲台の後部には、凄まじい力で切り開かれたような裂け目が見えている。
「さすがはアルメデさまだ」
ノランたちに先立って、キイは警戒しつつも身軽にその裂け目に飛び込む。
明るいデッキから中に入ると、内部は真っ暗だった。
暗視強化をしようとした時、
「明かりをつけるぞ」
あとから入ってきたノランが、肩に埋め込まれたライトを付けた。
白い光に、おびただしい数の、冷却パイプらしい管と配線が走る細い通路が浮かび上がる。
「保守用の通路みたいですね」
ノラン同様、ライトをつけたシェリルが、そうつぶやいて歩いていく。
砲台といっても、その大きさはけた違いだ。
おそらく大邸宅の広間ぐらいの大きさはあるだろう。
その最外縁部にある通路の長さも尋常ではない。
「マ――キィ」
「なんだ」
背後から声をかけられて少女が応える。
「さっき、おまえは、自分のすべてが魔王のものだといったな」
「そういった」
「ユスラさまもそうなのか」
「そうだ」
「だが……それでいいのか」
キイはノランの質問に怪訝な顔をするが、騎士が何を言おうとしているのか気づいて笑顔になる。
「ホンジュラの樹を覚えているか」
突然、話題が変わって、ノランは驚いた顔になる。
ホンジュラの樹は、シュテラ・ナマドの中央公園に立っている巨木だ。
「子供の頃から、あの樹にはよく登ったな」
「確かに」
「おまえはあの樹が好きだったろう」
「そうだな」
「わたしも好きだった。ハッシュ、マルカ、ビヨド……あいつら全員が、あの木を好きだった。それで――おまえは皆に嫉妬したか」
ノランは、キィが何を言おうとしているか気づいた。
「バカをいうな。樹と人間は違う」
「樹のように300年以上生きて、辛いこと悲しいことを見続けてきた人間なんだ。大きな人間だ。傍にいるだけで安心できる」
「ユスラさまも同じなのか」
「前に、そういっておられたな――もちろん」
キイは立ち止まってノランを振り返る。
「わたしはアキオを男としても好きだぞ。あの人は、わたしたちを娘のように思っているのかもしれないが、いつか――」
キィは、青い瞳を優しく揺らすと前を向いた。
シェリルを追って早足で歩きながら言う。
「つまり、そういうことだ」
暗い通路は長かった。
かなり歩いて、やっとハッチを見つけたシェリルは、回転ロックを外して、ゆっくりと扉を開ける。
中から明るい光が漏れてきた。
内部は、乳白色の光に満たされた広い通路だった。
「アルメデさま」
キィがインナーフォンに指を触れて、女王と連絡をとろうとするが返事はない。
「つながらないのか」
ノランに問われてキィはうなずいた。
「俺が先行しよう」
騎士が先に立って歩き始める。
通路は、わざと見通しを悪くするためなのか、数メートルおきに左右に曲がり角が作られていた。
何気なく角を曲がったノランの前に、いきなりガーディアンが現れた。
油断していたわけではないが、ノランの反応が一瞬遅れる。
「わたしが!」
彼の背後にいたシェリルが、外骨格のパワーを使って、横をすり抜けるように走り、カメラ・アイに深く剣を突き立てた。
グレイ・ガーディアン同様に、バッテリーを破壊されてロボットは制止する。
「こいつらは」
「色がグレイじゃありませんね」
「名前通りのガード・ロボットさ。高い城の庭で見たよ」
「ニューメアに行ったのか」
「色々あってね」
そう言うと、キィは、静かにするように身振りで示すとあたりに気を配る。
「どうやら、こいつらは崖上のグレイ・ガーディアンと違って連携していないようだね。次々と連続で襲ってくる気配はなさそうだ」
「番犬みたいに、ただ戦車内を、うろうろしているということですか」
「そうだね。とりあえず下へ進もう」
通路を先へ進んで見つけた扉を開けると、下へ向かう階段が見えた。
「このまま降りていくけれど、相手が人間だったらわたしに任せてほしい」
そういって、キィは、コートから取り出した長い針を見せる。
「ただの兵士なら、眠らせるだけで充分だろう」
だが、彼らを持っていたのは、連携せずに単独で動く数多くのガーディアンだった。
グレイ・ガーディアンより戦闘力は低いが、階段の高低差と狭さを利用した嫌な攻撃を仕掛けてくる。
屋内戦に特化されているのか、かなり強力な短針銃を撃ってくる。
それぞれの攻撃は、さほどではないが、連続で当てられると、キイはもちろん、硬化外骨格すらダメージをうけるような攻撃力だ。
戦闘が始まると、敵の攻撃方法を判断して、自動的に魔法使いの帽子からフェイスガードが伸び、キィの顔を覆う――
すべてのロボットを破壊し、階段の一番下に降りた頃には、かなり時間が経っていた。
「降りた距離から考えて、この階層付近に司令室があるはず」
アーム・バンドを見てキィが言った。
その時、不気味な振動が彼らを揺さぶり始めた。
「なんだい、この揺れは――」
「地面が揺れているのか」
「その割には、なんだか嫌な感じの揺れ方をするじゃないか」
不審げなふたりに、シェリルがいつもの落ち着いた口調で告げた。
「ノラン、この揺れかた――信じられないだろうけど……間違いないわ。この巨大戦車は空に浮かんでいるのよ」
キィがアーム・バンドで確認する。
「確かに浮かんでるね――」
少女は、マスクの下でつぶやくように言い、
「ちょっとまって――ピアノの会話が聞こえる。この向こうが司令室のようだ。行こう」
ふたりの先に立って、駆けるように通路を進んでいく。




