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240.崖上

 窓の外を流れる青い光の速度が徐々(じょじょ)に遅くなり、静かに静止すると扉が開いた。


 等間隔に青いライトで照らされる地下に作られた通路を通って、メキアたちは崖の上に移動してきたのだった。


戦況(せんきょう)はどうなっていますか」


 直径30センチほどのパイプの上を走るモノ・キャリッジと名付けられた小ぶりな乗り物から下りながらメキア女王が尋ねる。


「まずは、こちらへおいでください」

 出迎えた兵士が、マイスとともに陽光が差し込む展望バルコニーへ招く。


 歩きながら振り返ると、もう一台のキャリッジから、サンクトレイカ女王が部下と降りるところだった。


 彼女たちを迎えているのは、棒きれのように細い白衣白髪はくいはくはつの男、コラド・ドミニスだった。

 サンクトレイカ女王は、悪趣味にもニューメアの医学者にして科学者でもあるコラドと懇意こんいにしているようだ。

 科学者の青白くせた横顔を見て、メキアは軽く身震いする。

 自分なら、人の身体に爆弾を仕込むような異常者と親しく話はしない。


「お掛けください」

 兵士にうながされて、メキアは、広い荒野を一望(いちぼう)できる崖の上に作られたバルコニーのソファに身を沈めた。

 隣にマイスが座る。


「戦況は――」

 彼が促すと、兵士が状況を説明し始めた。


「魔王が現れてすぐに、予定通り魔法部隊200名とロボット兵による雷球アラメイの一斉攻撃を行い、続いて、サンクトレイカの狙撃部隊6500名によるレイル・ライフルの一斉攻撃いっせいしゃげきをおこないましたが……」

「結果はあれか」

 マイスが眼下に広がる戦いを指さした。


 赤い馬のようなものに乗った漆黒くろの魔王は、疾風はやてのように不規則に動きつつ、正確な射撃を続けていた。


 こちらの攻撃はまったく当たらないのに、向こうの射撃は面白いようにサンクトレイカの狙撃兵に当たっている。


「被害は大きいようだな」

「当方の兵たちは、ニューメアから渡されたたてよろいを身につけているため、派手に吹っ飛んではいますが、死んではいないようです。距離もかなり離れていますので」

「ここは大丈夫なのですか」

「バルコニーを(おお)う透明な壁は、魔王の離れた攻撃程度では破壊されないそうです。背後の入り口から敵が来ても、撃退する武器も設置されています」

 女王の問いかけにマイスが答えた。


 言われて初めて、メキアは目の前に透明な膜があることに気づいた。


 マイスが合図をすると、壁の半分が不透明になって、そこに大きく魔王の戦う姿が映し出される。

「ディスプレイという、離れた場所を映し出す道具だそうです」


「ニューメアの高位魔法カガクというのは、どれほど進んでいるのでしょうね。考えてみれば恐ろしいことです」

「いずれは、敵対することになるでしょう。しかし、それはその時にお考えになればよいかと。今は、とにかく魔王を倒し素体を手に入れることを最優先にお考え下さい」

 メキアは、扇を取り出しながらうなずいた。

「わかっています――それにしても、今の状況は、いたずらに兵力を消耗しているだけのように見えます」

「これまでの攻撃は、わたしたちがこの場所に来るまでの、まあ時間稼ぎのようなものです。被害を受けているのも、ほぼサンクトレイカの狙撃兵だけですので――」

 マイスの答えに、メキアが手にしたおうぎで、口元を隠して言う。

「それが気になるのです。不利な戦況であるのに、あの気位の高いルミレシア女王が落ち着き過ぎている――」


 マイスが、メキア女王の視線を辿たどると、彼らのいる場所から20メートルほど離れたバルコニーのソファにサンクトレイカ女王が座るところだった。

 三人は、にこやかに会話を続けている。


 「あるいは、何か我々の知らない手駒(てごま)を隠し持っているのかもしれません。まあ、その心配もあとに回しましょう」


「わかりました――しかし、魔王とは、どれほどの怪物なのです」

 西の国(サイアノス)女王メキアは、奇妙な叫び声を上げる赤馬を自在に操って、荒野を縦横に駆けながらライフルを打ち続けるアキオの姿を見て、感嘆したように言う。


 最初に彼を見た時に抱いた弱者の印象は、すっかり消え去っていた。


「ニューメアの宰相が、たったひとりのために兵士1万、ロボット9万の兵力を用意させた理由がわかりました」


「そうですな。しかし、今までの火器かきによる闇雲やみくもな遠隔攻撃とは違って、冷静な指揮のもとに展開される近接戦闘(きんせつせんとう)の第2幕をこれから始めます」


 マイスは、衛士が運んできた飲み物を二つ受け取ると、そのひとつをうやうやしくメキアに渡した。


(イモータル・)兵士ソルジャー部隊を率いるニル・サンドル、魔法部隊を率いるヨスル・ド・コント。そして、そろそろノラン・ジュードも、彼が率いる硬化外骨格ハードエクソ部隊に合流しているころでしょう。これらの部隊は、この数か月、様々な連携コンビネーション・戦闘コンバット演習を繰り返してきました。きっとその成果を見せてくれるでしょう。彼らは指揮官として一流ですから」

「それで――あなたはどうなのです。マイス。一流ですか」

 問われて、奇抜(きばつ)な髪型の男は、まるで地球人のように肩をすくめると言った。

「もちろん一流ですよ、女王さま。口だけは――ご存じのように、わたしは口先だけのダメ貴族です。それゆえ、わたしが指揮、決断をしなくてよいように優秀な部下を選びました。さあ、これから戦況は変わります。どうか、じっくりとご照覧(しょうらん)あれ」


 そう言って、マイスは、手元に置かれた薄い板のような装置に指を(すべ)らせ、耳にイヤフォンを差し込んだ。


 彼の指示で、崖上がけうえに待機していた兵士たちが一斉(いっせい)に斜面を下り始める。


「これまでの遠隔攻撃の目的の一つは、魔王に、連続して武器を使わせることでした。どんな強者でも無限にたまを持ち運ぶことはできません。これまでに奴は相当量の弾丸を消費したはずです。破壊力の強い武器が使えなくなった今こそ、接近戦(せっきんせん)が有効になるのです」


 マイスが話している間も、三国の統合インテグレイテッドアーミィの色であるオリーブドラブ・カラーの兵士たちが、様々に攻撃展開型フォーメーションを変えながら、アキオを強襲(きょうしゅう)し始めていた。



 圧倒的な戦闘力をもつアキオも、(イモータル・)兵士ソルジャー硬化外骨格ハードエクソ兵の連携攻撃の合間に、魔法使いたちによって効率的に打ち込まれる雷球アラメイによって、確実に追い詰められていく。


 その様子をディスプレイで見てメキアがつぶやいた。

「さすがの魔王も、圧倒的な数の前には、(くっ)する(ほか)はないのですね」

「女王さま――」

「なんです」

「いえ、残念そうなお声に聞こえましたもので」


 幼馴染(おさななじみ)の問いに、メキアは年齢にふさわしい臈長ろうたけた笑顔を見せた。

「魔王が、これほど()()()()()()をするとは思わなかったのです」


 マイスはうなずく。


 彼も、魔王は高位魔法(カガク)を用いた、広範囲を()ぎ払うような派手(はで)無慈悲(むじひ)な戦い方をすると思っていたのだ。


「もちろん、魔王をとらえ、素体を取り戻すのは当然です。しかし、ひとりの人間がどれほど強くなれるのか、それを見てみたいとは思いませんか、マイス」

 男は、いつものにやけた笑顔を消して、まじめに答える。

「確かに、お気持ちはわかります。しかし、最優先事項を忘れてはなりません」

「わかっています」

「それに、メキアさま」

「なんです」

「案外、まだ、魔王は力の底を見せていないかもしれません」

「まさか――」


 きわどく攻撃を交わしていたアキオの赤馬に攻撃が命中し、黒服の男は地面に降りた。


 さらに、ワイヤーを使って、(イモータル・)兵士ソルジャーを切断していくが、ついに、その体に雷球アラメイ命中クリーンヒットした。


 一瞬動きの止まった魔王に、銃弾が集中する。


「いや――さすがに、もう終わりでしょう。それでも、1万の兵士のうち三分の一近くは戦闘不能になっています。たいしたものですな」


 膝をついた魔王に、残り少ない(イモータル・)兵士ソルジャー部隊が殺到した。


「終了です」

 そういって、マイスは、衛士に手を上げて持ってこさせた飲み物を女王に渡そうとする。


「待って――」

 緊張した面持ちで、それを拒絶する女王に怪訝(けげん)な顔のマイスが尋ねた。

「どうしました」

「まだ終わりではないようです」

 メキアの形のよい指が、ディスプレイを指さす。


 マイスが眼を向けると、ちょうど二十人近い(イモータル・)兵士ソルジャーが、土煙(つちけむり)の中から胴体を真っ二つにされて、吹き飛ぶところだった。


 その背後から、顔と髪の毛の半分近くが銀色になった魔王が風のように走り出た。

 手足だけを使って残りの強化兵の身体を破壊していく――


「どうやら――」

 マイスが飲み物を衛士に返してソファに座った。

「第3幕が始まったようですな」


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