236.急襲
アキオは、硬化外骨格から覗く、ノラン・ジュードの決意に満ちた顔を見た。
鋭い金属音が響いて、黒い仮面がノランの顔を左右から覆う。
ゴーグル状の眼が紅く光った。
アキオは黙って剣を構えた。
戦闘に必要な強化は、すでに終えてある。
爆裂音と共に、目の前にノランが現れた。
素晴らしい跳躍だった。
アキオは、剣を折らないように注意して、ノランと刃を交える。
光沢と重さから、地球の技術を使った強化合金であることは分かっていたが、安易に使って、見かけ上の武器を失いたくはなかったのだ。
剣は衝撃に耐えた。
が、同時にアキオは、後方へ弾き飛ばされる。
硬化外骨格込みのノランの体重は彼の3倍以上あるため、相対的に軽いアキオが弾き飛ばされたのだった。
空中を飛ぶアキオに向かって、ノランが凄まじい跳躍を見せた。
放物線運動をする、身動きのとれない彼を上段から叩き斬るつもりだ。
もし、アキオが剣で斬撃を防いでも、体重差で地面に落とし、有利に攻撃を進められるとの考えだろう。
物理法則に則ったよい攻撃法だ。
アキオは、コートの左襟の裏から軟化プラスティックの細杭を取り出すと硬化させ、床に向かって投げた。
杭から伸びるナノ・ワイヤーを引いて、空中で向きを変える。
彼が少年の頃から使ってきた戦闘技術だ。
魔法のようにアキオの姿が消えたおかげで、ノランの剣は虚しく空を切った。
素晴らしい速さで床に着地したアキオは、杭を抜くと、床石を割って跳ね上がり、そのまま空中にあるノランの身体を斬り上げた。
もちろん、ただの剣で硬化外骨格は斬ることはできない。
ノランは、猫のように身体を捻って地面に降りた。
膝をつく。
さすがに外骨格の緩衝装置を使っても、今の衝撃は骨身にこたえたらしい。
だが、すぐに立ち上がると、同様に地面に着地したアキオに向かって風のように駆け寄ってきた。
今度は、アキオも彼我の体重差を考えて、剣を合わせるのを避けて体を躱した。
紙一重で避けた剣先の、凄まじい剣風が彼の髪を舞いあげる。
戦いながら、アキオは、どうやってノランを無力化するか考えていた。
右襟に仕込まれた、単分子ワイヤーを使えば、一瞬でノランを細切れにすることができるだろう。
切断は、単分子ワイヤーの第一の機能だ。
分子の幅しかないワイヤーにとって、切断できない物質はほとんどない。
しかし――
アキオの脳裏に、漆黒の髪の美少女の笑顔が浮かぶ。
敵であるにも関わらず、彼はノランを殺したくなかった。
数合打ち合って、意識を奪えばよいだろう。
自身も、かつて機械化兵、Ⅰ兵士であったアキオは、硬化外骨格との戦いには慣れている。
彼の蓄積された戦闘技術に、データ化された戦闘用補助脳は遠く及ばないのだ。
ノランが彼に勝つことはない。
広間に入ってからずっと、戦いが始まってからも、彼は、室内の敵の状況を把握していた。
監視用のカメラが数台、近代兵器を持たない通常の衛士が10人、生身の腕に偽装したアーム・バンドのソリトン・レーダーによると、硬化外骨格兵がもうひとりいて、部屋に特殊なトラップは仕掛けられてはいない。
現状の敵兵力は、彼にとって警戒すべきものではなかった。
見かけ上は、剣以外の武器を持たないように見えるアキオだが、今の状態でも、通常兵士60人の一個小隊と戦える兵力はあるのだ。
ノランの剣を、自らの剣刃に滑らせ、受け流したアキオは、さらに騎士の裏をかいて素早く背後に回った。
そのまま、彼の腎臓と肝臓に向けて、衝撃を与えるべく、剣を放して両手を硬化外骨格に押し当てる。
その刹那、彼の身体を衝撃が駆け抜けた。
咄嗟に、ノランの身体を突き放して、10メートルほど背後に離れるが、身体が満足に動かない。
膝をつく。
わき腹のあたりを長さ30センチほどの針が貫通していた。
針先から蒼白い放電光が見える。
どうやら、高電圧を発生する針を体内に打ち込まれたらしい。
ノランのベルト付近に針の射出孔らしきものが見えた。
ナノ・コートを硬化させていれば、簡単に防げたはずだが、ノランの戦闘能力が想像以上に高かったために、そこまで注意が回らなかったのだ。
雷球などの、外部からの電撃は接地と空中放電によって、ほぼ無害化できるのだが、体内に打ち込まれた針からの電撃は避けようがない。
「効いたようだな」
ノランが、ゆっくり振り向くと、剣を構えた。
近づいて来る。
アキオはノランを見つめた。
考えている。
この世界に来て、電撃に対するナノ・マシンの脆弱性を思い知った彼は、いくつかナノ・マシン自体に改良を加えていた。
その一つが、復帰時間の短縮だ。
これまで十数分かかっていた回復時間が、いまでは、3分程度になっている。
だが、今の状況では、15分が3分になっても変わりがない。
アキオは、右の襟に手を伸ばした。
こうなれば、単分子ナノ・ワイヤーを使って――
そう考えて彼は気づく。
おそらく、ナノ・ワイヤーも電撃の影響で結合力が弱くなり、実際の使用には耐えなくなっているだろう。
さらに――
近づくノランに油断は見られない。
漆黒の魔王が、いかに危険な相手かを熟知しているのだ。
予備動作なく、ノランが剣を横に薙ぎ払った。
ぎりぎりの反応速度でアキオはそれを躱した。
ふらつく膝に力をこめて、何とか立ち上がる。
次の斬撃も背後に跳んで避けたが、その拍子に彼の背中が壁に当たった。
もう逃げ場はなさそうだ。
超合金の刃がナノ・コートに当たっても、切断されることはないだろう。
だが、衝撃は完全には殺せない。
何回か斬撃を受ければ、彼は行動不能になるだろう。
それだけは避けなければならない。
あと1分待てば何とかなる
アキオは考える。
腕一本で、なんとかできそうだ。
ノランに腕を斬らせて、あと一撃を避けることができれば――
アキオは、床に転がった。
ノランが、剣ではなく、右腕から先ほどの針を打ち出したからだ。
連続で発射する。
狙いは彼の頭のようだ。
どうやら、正々堂々と剣を交えるのはやめたらしい。
もちろん、兵士であるアキオはそれを卑怯とは思わない。
勝つ確率を上げるのは当然の行為だ。
だが、現実問題として、これはまずい状況だった。
コートからフードを出してヘルメットにする暇はない。
自動小銃のように打ち出される針を、コートの腕で払いながら、彼は逃れ続ける。
あと30秒――だが、これ以上避けるのは無理なようだ。
仮面越しなので、ノランがどんな表情をしているかはわからない。
今度は無言で、左腕を上げるとそれも彼に向けた。
左右の同時攻撃、そしてあと15秒――
とても避けられそうにはない。
アキオは、射出孔を静かに見つめた。
「終わりだ、魔王」
ノランの声が響いた、その時――
豪快な爆発音が響いて、広間の天井がはじけ飛び、黒い塊が落ちてきた。
その塊は、奇妙な音を発すると空中で向きを変え、ノランに向けて一直線に飛んでくる。
咄嗟に身体を反らせて避けたノランの顔をかすめたそれは、硬化外骨格の仮面を弾き飛ばして騎士の顔を剥き出しにした。
魔王の前に落ちたその塊は、ゆっくりと形を変えて、一人の美しい少女になる。
黒紫色の髪の美少女は、片手に杖を持って床に突き立て、もう片方の手を形の良い腰に当てると、胸を反らして言い放った。
「騎士ノラン・ジュード。わたしの男に手をだすんじゃないよ」




