228.流星
夕食の後、アキオが研究室でジーナに残っている資料の整理をしていると、ピアノがやって来た。
「お風呂に入りましょう」
「わかった」
アキオが少女について部屋を出ると、ピアノが振り返った。
「今日は、アルメデさまが、初めて一緒に入られる日なので――」
アキオはうなずいた。
おそらく、他の少女がそうであったように、彼女だけが先に入ってくるのだろう。
そうすることの意味が、今一つ分からないが、彼女たちがそうしたいなら別に構わない。
明日は、データ・キューブを回収するために出かけなければならないから、できることは今夜のうちにやっておいたほうが良い。
アキオは、赤い眼の少女に手を引かれ階段を降りた。
天然の壁面にそって造られたジーナ城の、緩やかに湾曲した回廊を出る。
庭園に作られた小道を、紫色に発光する恋月草を見ながら浴場に向けて歩いていく。
「きれいですね」
ピアノが足元を優しく照らす光を見つめる。
恋月草は、3つある月の光を受けると、それに呼応するように、花の形をした巻き葉が発光する。
あたかも、月に見つめられて恥じらう少女のように――
「君とカマラが丁寧に世話をしてくれるおかげだ」
「アキオは恋月草のいわれを知っていますか」
「知らないな」
ピアノは立ち止ると、洞窟の天井に投影される星と月を見上げながら語り始めた。
「むかし、ある少女が月に恋をした。3つある月は夜毎、その位置を変え輝きを変えて……少女には、それが気まぐれに彼女を招く恋人の誘惑に思えた。彼女は月を抱きしめたいと願ったけれど、空にある月には手が届かない。やがて、彼女は月に恋するあまり、食事も喉を通らなくなって、やせ細り――ある夜、森に出かけ、水面に映る月を抱きしめようと湖に入って溺れ死んでしまいました。後に、その湖畔で、彼女の紫の髪と同じ色に光る草が見つかり、恋月草と名付けられたのです」
「月に恋をするのか」
ふふ、とピアノは可愛く笑い、
「アキオには分からないかもしれませんね。ミーナによると、この場合の月は、手の届かない美しいものの例え、らしいです」
「そうか」
「地球語で月を表すルーナは、狂気の語源でもあるようですね。わたしの名前もピアノ・ルーナ。世界は違っても、月の光は人を狂わせるのでしょうか――こんなふうに」
そういって、ピアノは、アキオの首に手をまわすと、彼の口に激しく唇を押し当てた。
「失礼しました」
しばらくして、顔を離した少女が囁くように言う。
「いいさ」
アキオの返事に笑顔を返し、少女は彼の手を取ると、恋月草に輝く道を急ぎ足で歩いていく。
「では、お入りください。わたしたちは、あとで行きますから」
そういって、ピアノは彼を風呂場に送り込んだ。
アキオは、いつものように、さっさと服を脱いで湯殿に向かう。
扉を開けて中に入ると、女性用の入り口からやって来たアルメデと行き会わせた。
「あっ」
アルメデは、彼の姿を見たとたん、小さく叫んで、掌で体のあちこちを隠そうとするが、面積が足りないことに気づいて、結局、両手で顔を覆ってしまった。
その姿を見て、アキオは、さっき見た恋月草を思い出す。
ナノ・ファイバーで、外光が取り入れられているため、浴場の光量は落としてある。
月明かりに、ぼんやりと浮かぶ少女の姿を見て、彼は思ったままの言葉を口にした。
「美しいな」
アキオは、動かないアルメデに近づくと、短い髪を優しく叩いて、腕をとって浴槽に連れて行った。
肩を押してしゃがませて、掛かり湯をさせ、自分も湯を掛かると、女王の手を引いて、湯につかった。
「女王でも恥ずかしいのか」
アキオが尋ねる。
ユイノはともかく、彼の知る王族、ユスラやシミュラ、ピアノなどは、まったく裸を恥ずかしいと思っていないようなので、素朴に疑問を感じたのだ。
「これまで、そのように思ったことはありませんが――なぜか、いまは恥ずかしいと感じました」
アルメデは、少し他人行儀な口調になり、
「おそらく、あなたに見られることが恥ずかしいのでしょう。でも、だんだん慣れてきました」
そういって、女王は、泳ぐようにアキオに近づくと、彼の首に手をまわした。
「もともと、あなたのミニョン、アルメデなのですから」
あやうく、君は君自身のものだ、と口にしそうになったアキオは、アルメデの短い髪に手をやって、代わりの言葉を口にする。
「ゆっくりと温まって、あと、ひと晩眠れば、体調は完全にもどるだろう」
「わかりました」
アキオは昼間のアルメデのダンスを思い出す。
「あれだけ踊ることができるなら、もう大丈夫だろうが」
「楽しかったです。また踊ってくださいね」
「もちろんだ」
その後、黙ったまま、しばらくふたりで天井に投影された星空を眺めていると、にぎやかな話し声とともに、少女たちが入って来た。
「失礼します」
次々と、皆が湯につかっていく。
その陰に隠れるようにして、ユイノが最後に湯に体を沈めた。
「噂に聞いていたとおり、ユイノさんは恥ずかしがりですね」
「い、いや、これが普通だろう。みんながおかしいんだよ」
ユイノが顔の前で手を振る。
「そろそろ慣れてもいいんじゃないか、って話だよね」
「いえ、あまり慣れてもいけないと思います」
ヴァイユがまじめな顔で言う。
「シジマの言葉で思いましたが、最近のわたしたちは、少し、その――恥じらいが薄くなっているような気がしますが、それはよくないと思うのです」
「そんなこと、こやつが気にすると思っておるのか。なあ、アキオ」
「どういうことだ」
「まあ、こんな感じじゃな」
シミュラは、そういって、浴槽にもたれ、両手を上げて大きく伸びをする。
「お、流れ星じゃ」
「え、どこです」
「もう消えた」
「そういえば――」
アルメデは、アキオの腕にもたれたまま、尋ねる。
「この世界でも、流れ星には願いをかけるものなのですか。これまで、あまり意識したことがなくて、わたしは知らないのですが」
「ああ、あたしの村ではそうだったよ」
「サンクトレイカのたいていの街ではそういわれてますね」
「エストラでもそうじゃな」
「流星は、いつ見えるか分からなくて、輝くのも一瞬だから、運の良さを試す意味でも、願いをかける行為に結び付くんでしょうね」
ミーナの声が響く。
「でもさぁ」
シジマがぼやくように続ける。
「いまのボクたちなら、流星を見つけるのも簡単だけど、見つけてから消えるまでに、願い事が20個は、いえちゃうよ」
「そうね」
珍しくカマラが上機嫌に笑う。
「そう考えれがお得かも。反射速度が上がっているから、お願いはしたい放題――」
そこまで言うと、遠い眼になって続ける。
「でも、こんなふうに話をすることになるなんて思いも――いいえ、そう考えることさえできなかった。ひとりで洞窟で住んでいるときには、夜空を見ることもほとんどなかったから」
「カマラ――」
「あ、流れ星」
シジマの言葉で、全員が天井を見上げ、そこに投影される流れ星を見つめた。
「で、何をお願いしたんだい」
ユイノが皆に尋ねる。
「内緒だよ」
「秘密です」
「いいたくありません」
「なんだい、つれないねぇ」
「だったら、ユイノさんは、何を願ったの」
「たぶん、あんたたちと同じことさ」
舞姫の澄ました顔に、シジマが吹き出した。
「だよね」
少女たちの他愛のない会話を、心地よい音楽のように聞きながら、アキオは眼を閉じる。




