227.激震
女王メキアから直接呼び出しをかけられたマイスは、彼女の居室に赴いた。
西の国、サイアノス城にある女王の私室は4部屋あって、それぞれ色の名前がつけられているが、彼が呼び出されたのは、彼女が一番好きな白の間だ。
その名の通り、純白の扉を叩いて返事を待たず中に入る。
内装、調度品も白色で統一され、まるで雪の中にいるような部屋の中央に、鮮やかな藍色の髪の女王は立っていた。
「例の計画はどうなっていますか」
彼が挨拶をするより早くメキアは尋ねる。
「準備は最終段階に入っています」
「それで、確実に素体を手に入れられるのですね」
「その予定です――昨日の時点で、西の国のⅠ兵士は、300人を超えました。それぞれが一騎当千の兵士です」
メキアは、歪で不格好な兵士の体形を思い浮かべ、吐き捨てるように言う。
「あの者たちは好きません」
「あなたの兵です」
「強くなるためだけに、自分の体を捨てるような者は、部下に持ちたくはありません」
「彼らの多くは体は弱いものの、女王さまへの忠誠心が厚く、生身を捨ててまで、お役に立ちたいと考えている者たちです」
話しながら、マイスは、今さらながら自分の口の回りように嫌気がさしてくる。
彼にも、女王がⅠ兵士を嫌う気持ちはよくわかるからだ。
マイスの眼から見ても、彼らの多くは肉体でなく精神を病んでいる。
おそらく、そんな奴らに、超人的な力を与えるのは間違っているのだろう。
だが、ニューメアのキルス宰相は、魔王を捕まえるためには、Ⅰ兵士を1個大隊300人は用意しろと厳命し、その資金と技術力を提供してきたのだ。
「――特に、何といいましたか、あの医者」
「コラド・ドミニス」
「あの男は不気味で嫌いです」
腹の中では、マイスも同意見だ。
ニューメアからやって来た、高位魔法を用いて、人間をモノのように扱い切り刻む男――ニューメアの言葉でなんといったか――そうマッド・サイエンティストだ。
「そんなことを仰られてはいけません」
マイスは苦言を呈した。
あまり露骨に、コラドを嫌う素振りを見せられても困る。
素体を取り戻したら、不具合の出た身体の部品を取り替えるのに、コラドの手術を受けねばならないのだ。
「わかっています。おぞましいことですが仕方がありません」
メキアは、骨格は大きいが肉が薄く、白衣を着ていると、いわゆるシーツおばけのように見える医者の姿を思い浮かべ、身震いした。
「噂では、あの男は以前、魔王の愛人、魔女の体に爆発物を埋め込んで殺したそうではありませんか」
「人間爆弾、あの男はそう呼んでいました」
「口にするだけでも汚らわしい行為です」
「それでも、魔王を捕まえることはできなかったのです。負傷させることはできたそうですが――ですから、今回は途方もない戦力で、一息に奴を無力化するのです」
「死んでしまいませんか。殺してはいけませんよ、素体が手に入らなくなりますから」
「もちろんです」
魔王を殺しても、その後のやり方次第で、素体を手に入れることはできるだろう。
だが、それでは時間がかかってしまう。
年齢からいっても、メキアには王女病の発病までの時間が残されていない。
一刻を争うのだ。
マイスは、かつて会話したことのある魔王の姿を思い出す。
魔王は強かった。
そうでなければ――
もう少しで、なぜか突然気を失った銀色の髪の素体を捕獲することができたのだ。
「どうして、そんな迂遠な方法をとるのですか。呼び出しなどせず、ひと息に全員を捕えればよいではないですか」
マイス・フィン・ノアスは奇妙な髪形の頭を振る。
「前にもお話したように、魔王たちの潜んでいる場所が特定できないのです。しばらく前までは、魔女たちとよく街に出ていたのですが、我々の監視に気づいたのか、ここひと月は、まったく表に出てきませんので――」
「後を追うことはできなかったのですか」
「どのような手練れを使っても不可能でした」
それだけでなく、キルス宰相から渡された高位魔法を使ってさえ追跡できなかったのだ。
その意味で、あの男は正しく魔王だった。
「素体が魔王と共にいるのは確かです。そして、素体確保の最大の障害は魔王の存在でしょう。ですから、まず、魔王をおびき出して叩き、捕まえる。そうすれば、魔王から情報を聞き出すことも、奴を助けに来た魔女たちを捕まえて情報を得ることも可能です。先ほどあなたは迂遠だと仰いましたが、遠回りに見えて、これが最短の道だとわたしは思います」
「そうですね。もう、悠長に魔王の本拠地を探す時間はありません――でも、本当に魔王は来ますか?罠であることはわかりそうなものだし――」
女王は振り向き、
「それほどまでに、こんなものが大切なのかしら」
部屋の隅の台に置かれた虹色に変化する四角い箱を見る。
「置物として見れば綺麗だけど」
「奴は、なんとしてもこの立方体を手に入れたがっています」
かつて魔王に会ったとき、キルスに言われたとおりにカマをかけてみたが、それは正しかった。
魔王は立方体を渇望している――
「女王さま、ご安心ください。素体は必ず手に入れてみせます」
「信じていますよ。マイス」
「よく仕上がっているようだな」
西の国を出て、決戦の場であるサンクトレイカとの国境近く、ラトガ海北部のドッホエーベ荒野にやって来たマイスをキルスが出迎えた。
「来ておられたのですか」
「太陽フレアで通信がうまく通じなかったため、2日前からここに滞在していた」
「熱心ですな」
マイスが皮肉をこめて言うが、キルスはそれを、まったく無視する。
「最終決戦が間近だからな――それで、部隊編成はどうなった」
「I兵士一個大隊300名はニル・サンドル、硬化外骨格部隊三個連隊3000名はノラン・ジュードに率いさせます。そして魔法部隊二個中隊200名はヨスルを隊長に据えました」
「ニル・サンドル、それは確か君の――」
「異母弟です。庶子の」
「一度、話したことがある。切れる男だな」
「下町育ちなので、荒っぽい連中の扱いも慣れている。まじめな男だ。わたしとは違って――」
「髪型も普通で、妙な髭も生やしてはいない。きわめて正統的な印象だったな」
キルスが、マイスには分からないニューメア語で言う。
「ヨスルというのは」
「サンクトレイカの内務部部長の妹ですな。兄の推薦で使ってみましたが、腕もなかなかのものでした。調べさせたところ、彼の国の、今は無き暗殺結社シュネルに所属していたようで――個人的に魔王と魔女に恨みがあるとのこと。資料を見てみますか」
「いや、お前の判断に間違いはないだろう」
「信頼していただいて光栄です」
言ってから、マイスはわずかに口元をゆがめる。
「傭兵部隊はどうなっている」
「そっちはサンクトレイカの持ち場なので知りませんな――しかし、噂では、ニューメアのライフルで武装した6500名の傭兵が練度を上げているようです」
その時、虫の鳴くような静かな男がキルスから響いた。
「通信が回復したようだ。失礼」
そういって、キルスは、彼から数歩離れて、服から取り出した小さな板を耳に当てた。
「なんだって!」
突然、マイスが聞いたことのないような大声を発して、キルスは走り出す。
「どうされたのです」
背後から投げかけられる言葉に答えず、長身の宰相は、とても彼の追いつけない速さで連絡艇の発着場へ向けて走り去っていく。
「いったい何ごとです」
マイスは、見たことのないニューメア宰相の動揺ぶりに驚きながらつぶやいた。
彼は、この出来事が、今回の作戦の内容と意味を大きく変えるものだとは気づかずにいたのだった。




